何も挿入されていない新規メールの白さばかりが目立つ携帯の画面を睨み、アーサーは文を打っては消し打っ
ては消すを繰り返していた。
「坊ちゃ〜ん、何時までそれやってるの?もうすぐ消灯なんだけど」
「あ、ああ、もう少し」
それさっきも言ってたぜ、と言いかけてそれを飲み込んだフランシスは溜め息をついた。
「風呂、先に使うよ」
上の空の返事にフランシスはもう一度溜め息をついた。
なんというか、ある意味それってすごい惚気だよね。
普段のメールは事務的で簡潔明瞭。そんなアーサーが本文の内容にこれだけ悩んでいるのだから。
フランシスが風呂を使う音を聞きつつ、アーサーはまだメールを打てずにいた。
後数時間で「今日」が終わってしまう。7月4日、アルフレッドの誕生日が。
仮にもこ、こここここ、こいっ、恋人なのだから、おめでとうの一言くらい告げねばと思うのだが、なんと書けばよい
か分からない。
祝いの言葉だけでは素っ気ない気がするし、だからといって他に思いつくのは客観的にみても背中がむず痒くな
るようなものばかりで。
これなら直接電話をしたほうがいいだろうか。
それも何度か考えたが、今日はアルフレッドの家でバースデーパーティーをすると聞いていたので、それを邪魔
したくもない。
考えれば考えるほど深みにはまっていく。
祝いたい。けど、どれが最良か分からない。
今日になった瞬間にメールを送るのは他の友人の中に紛れてしまうようで嫌だった。
朝出発前に顔を出すのは気恥ずかしい。
朝の移動中は不覚にも寝てしまい、その後は吹奏楽部や合唱部の発表を聴いていたから時間がなかった。
それが終われば別会場で各校の生徒会が集まるサミット。これがまた白熱してしまい、メールをしている時間が
なかった。
そう言い訳を積み重ねているうちにこんな時間になってしまった。
悩んだ末にメールを再び打ち出す。おめでとうと、それから、
なんとか自分の伝えたいものの輪郭が見えてくる。
これでやっと……
そう思った時、ピーと無機質な電子音がした。
ディスプレイに表示される充電切れの文字。
「は?」
嘘だろ!?
かちかちとボタンを押して見るが、待ち受けは真っ暗なままで起動してくれない。
充電機は……!
慌てて鞄をひっくり返したが、見つからない。どうやら忘れてきてしまったらしい。
よりにもよってこんなときに……
己の忘れ物癖に絶望しつつ、アーサーは次の行動を全力で考えていた。
アーサーの携帯は旧式のものだ。メールと電話程度しか使用しないから買い換えずにいたのだ。もう何世代も前
の携帯に対応した充電機を持っている者など、ここにはいない。
公衆電話を使うか?って電話番号なんて覚えてねえし。
この時アーサーは冷静な判断力を欠いていた。アルフレッドの携帯番号など、ほかの生徒会メンバーに聞けば
わかることなのだ。
それとも
誰かに頼るという選択肢がもとより彼にはなかったのか。
最終的にアーサーが取った行動は、鞄の中身が散乱したままのベッドの上から財布を拾い上げて部屋を飛び出
すというものだった。
丁度風呂からあがったフランシスの「アーサー!?」と叫ぶ声は無視して、エレベーターを待つ時間すら惜しくて、階
段を駆け下りた。
そんな状況下で彼が思いだしていたのは、
先日調べた電車の時刻表。
乗り換えが一回あるそれの終電になら、走ればまだ間に合う時間だ。
アルフレッドの家の最寄り駅に着くのが11時48分。
そこからは自転車で5分ほどの距離だから、走ればなんとかなるかもしれない。
アルフレッドに祝いの言葉を送るならメールでもいいだろうと思っていたのだ。
最悪、休み明けの学校でだって構わなかったはずなのだ。
なのに
メールすら送れない状況になった時、ふいにおそろしくなった。
襲ってくるのは後悔ばかり。なんでメールでもいいかなどと思ってしまったのだろう。
自分の誕生した日を祝ってもらえない。
さみしい かなしい むなしい おそろしい
それは、アーサーがずっと抱え続けてきた感情だった。
特別な日なんだ。誰かにおめでとうと言ってほしかった。誰も言ってはくれなかった。
その日が特別なのは自分自身だけだった。他の誰かにとってはただの日常だった。
おめでとうと言って。ケーキも御馳走もプレゼントもいらないから、ただその一言でいいから。
誕生日というのは、特別なんだ。
こんな偏った考えをしているのは自分だけだろうと云う事をアーサーは自覚していた。
自分の考えをアルフレッドに押し付けるつもりはないし、何より、
あいつは俺と違って祝福してくれる奴がたくさんいるから。
それでも、とアーサーは駅の改札をくぐりながら思った。
こんなとき電子定期は便利だ。切符を買う手間が省ける。出発直前の終電に飛び乗って、
それでも、「おめでとう」は今日言わなくてはいけない気がした。
終電ともなると乗客は酔っぱらいばかりで、席もまばらだ。
酒の匂いのなるだけ届かない位置に腰掛けて、アーサーは眼を閉じた。
おめでとうと、それから。
ここから電車で30分。乗り換えてまた30分。走って10分。
「今日」中につけるかはかなり微妙なところだった。
「今日」が終わらないうちに、早く、早く。
なあ、
どうしてもお前に伝えたい言葉があるんだ。
この後駅からアルフレッドの家まで雨の中を走って行くわけです。
感情のままに書きなぐったら、とても突拍子もないことをしでかす眉毛様になってしまいました。 (06/30)