7月4日24:04

アルフレッドはもう何度目かもわからないメールの問い合わせをした。

受信メールは0件。

待ち受けに戻って時間を確かめると、あと十分足らずで今日が終わろうとしていた。 溜め息を一つ。
アルフレッドは脱力してベッドに倒れこんだ。ばふ、とスプリングがアルフレッドを受け止める。

見慣れた天井を見上げて、アルフレッドは眼を閉じた。外ではいつの間にか降り出した雨がさあさあと音を立て
ている。
7月4日。今日はアルフレッドの誕生日だった。

リビングには、バースデーパーティの残骸がまだ散らかっている。
友人である菊やマシューを呼んだパーティーは楽しかった。
気になっていたゲームのソフト、クールなアクセサリー、お気に入りのメーカーのリストバンド、プレゼントだってた くさんもらえたし、沢山の人に祝ってもらえた。

そのことに関して文句を言うつもりはない。むしろ、良い友人を持ったことをうれしく思う。
折角の誕生日を最悪なものにしている原因は、

「メール一つなし?」

それはちょっと薄情過ぎないかい?
待ち受けに張られた時計が「今日」の残り時間を刻々と削っていく。

「恋人としてそれはないんじゃないのかい?アーサー……」

7月4日。アルフレッドの誕生日。
一番祝ってほしい人からの連絡は、まだない。





時は昨日の昼時までさかのぼる。

「アーサー、購買に行かないかい?」
「悪ぃ、職員室に行かねぇとならねぇからからパス」

アルフレッドの提案をそっけなく振り払って、アーサーは席を立った。普段はぶつぶつと文句を言いながらも着い てくるアーサーの行動が意外で、アルフレッドは茶化すように大袈裟に目を見開いた。

「職員室?君ついに素行の悪さがばれたのかい?」
「違ぇよ、ばかぁ。これだ、これ」

そう言ってアーサーは机から取り出したプリントを突き出した。それはバスケットボール部に所属するアルフレッド にとってなじみ深いものだった。

「公欠届け……?」

大会や合宿の際には公欠を取らなくてはならないのだが、それを取るために必要なのがこの書類だ。公欠する 教科の担当教師一人一人にサインをもらわなくてはならないこの書類は、はっきり言って煩わしい。
アーサーの突き出した書類も、明日の1校時から6校時までの教科と、担当教師のサインで埋まっている。あい ている2、3校時は今日はなかった科目だから、それのサインをもらいに職員室に行くのだろう。

それは、理解できた。でも、なんでよりにもよって……

「何?これ」

出した声は思いのほか低くなってしまった。それに気づかなかったのか、アーサーが続ける。

「文化部の大会なんだが、観客の頭数合わせに生徒会が借り出されてな。他校の生徒会も集まるから、ついで に生徒会サミットをやろうって話になったんだ。ちょっと遠いんで金、土泊りがけだ」
「理由なんてなんだっていいよ、そうじゃなくて、なんでよりにもよって明日なんだい?しかも泊り!?」
「仕方ねぇだろ。他校との兼ね合いがあるんだから」
「そういうことが聞きたいんじゃないよ!」

成立しない会話にアルフレッドは髪を掻きまわした。だいたい、そんな大事な話をなんで前日にするんだろう、こ の人は!

「別に、公欠なんて珍しくもないだろ?てか、回数的にはお前の方が多いし。俺が一日二日いなくたってなんも困 ることなんてねぇぞ」
そう眼を逸らして言い訳のように言ったアーサーは、アルフレッドの苛立ちを理解していない。

ああ、覚えてないんだ。

その事実はアルフレッドの胸にストンと落ちてきた。よしんば覚えていたとしても、自分がいなくても困らない、な んて、

この人は本当にアルフレッドの中の自分の大きさというものを理解していない。

俺としては、出来る限り伝わるように行動してきたつもりなんだけどな。
アルフレッドはそれ以上言及することなく、アーサーに早く職員室に行くよう促した。





忘れらてれるわけじゃないと信じたかった。

メールの一通くらい、彼のことだから皮肉や照れ隠しが散りばめられているであろうメールの一通くらい、くれるん じゃないかと期待していた。

しかし

7月4日0時00分、一斉に送られてきた友達からのメールの中に、アーサー・カークランドの名前はなかった。 その後も彼からのメールは来ることはなく。

まだ時間はある。これからメールが来るかもしれないという希望。
もうこんな時間だ。やっぱり本当に忘れられているんだろうかという懸念。
時間が過ぎればすぎるほど、後者の比重が大きくなっていく。

折角の誕生日なのに、機嫌は降下するばかりだ。
どうして誕生日だってのにこんな暗い気持ちにならなくちゃいけないんだい?!

物思いに沈んでいたアルフレッドの意識を携帯の着信音が引き上げた。
慌ててベッドから跳び起きて携帯をチェックする。
受信メールが一件。

2010/07/04 23:59
From 髭
【happy birthday】
やあ、フランシスお兄さんだよ。一番最後に祝ってやろうと思ってメールしたけどどうだったかな?

メールの差出人を確認して、アルフレッドはがっくりと肩を落とした。よりにもよって今年最後のお祝いの言葉が 髭からなんて。

そもそもアーサーからのメールは着信音を変えてあるのだから、音楽を聴いた時点でアーサーからではないこと に気付くべきだったのだ。

フランシスこと髭も生徒会役員である。もちろん今回も公欠を取ってサミットとやらに参加している。つまりはアー サーと一緒にいるのだ。
そのことだけでも十分腹立たしいのに、一瞬でも期待してしまったところを突き落とされてせいで、その怒りは倍 増した。

次会ったときに毟ろう。アルフレッドはそう決意した。

「あれ?まだ続きが」

フランシスからのメールをかちかちと下へスクロールする。少し白い空間が続いた後に、こう付け足されていた。

『そろそろいいものが届くころだと思うよ』

「いいもの?」

その一文だけだ。意味がわからない。
届くと言っても今は深夜だ。こんな時間に配達してくれる業者などいない。
とりあえず毟る本数を増やすか、とアルフレッドが考えていると、

ピンポーン、とチャイムが鳴った。

まさか本当に何かが届いたのだろうか。もしかしたらフランシスが誰かに頼んでおいたのかもしれない。

ピンポーン、ともう一度チャイムが鳴った。

「今行くんだぞ、っと」
そう独り言を落として、アルフレッドは玄関へと向かった。
そんな短い間にもチャイムとチャイムの間隔はどんどん狭まっていく。

ピンポーン     ピンポーン     ピンポーン    ピンポーン    ピンポーン   ピンポーン  ピンポー ン ピンポーン ピンポーン ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

何やら焦燥のにじんだチャイムの音に急かさせるように、アルフレッドは急ぎ足で玄関までたどり着いた。
深夜12時を回ったころ。こんなにチャイムを連打されるのは近所迷惑以外の何物でもない。

外にいる奴は何をしてるんだ、とアルフレッドはドアスコープで外を確認することもなく玄関のかぎを開けた。
鍵の開くちいさなカチリという音が聞こえたのか、チャイム連打は止まる。

とりあえず顔を見たら近所迷惑を考えろと怒鳴ってやろう。
アルフレッドがドアノブに手をかけようとすると、それよりも早くノブが回った。

勢いよくドアが開く。

その勢いに釣られて前に傾いだアルフレッドに、何かが思いっきり飛び込んできた。

はじめに確認できたのは褪せた金髪だった。
続いて腹部への衝撃及びTシャツ越しの濡れた感触。
腕の中の細い体からは濃厚な雨の匂いがした。

「ア、 アーサー?!」

生徒会で不在のはずのアーサーが、そこにいた。
アルフレッドの肩に額を押しつけるようにして抱きついている。

「ある、アル、ごめん、あるふれっど、ごめん、アルっ」

熱にうかされたようにアルフレッドの名前と謝罪の言葉を繰り返すアーサーを抱き返すべきかとアルフレッドはや り場のない腕をさまよわせた。

アーサー越しに、勢いよく開けたドアが反動で閉まるのが見えた。
ばたん、という音に我に返ったアルフレッドは、少々乱暴にアーサーを引き剥がした。

髪も服も水をたっぷりと含んでびしょびしょだし、全力疾走してきたように息も荒い。紅く充血した瞳、濡れた頬は 果たして雨のせいだけだろうか。

なんで君がここに……

言いたいことは沢山あったはずなのに、引き剥がした時に不安げに揺れた瞳にすべてがどうでもよくなった。

「ああ!まったく君って人はっ」

もう一度、今度はアルフレッドから強く抱きしめた。

「君って本当に行動が予想つかないよね」

少しだけ呆れをにじませた声で言えば、理性をある程度取り戻したらしいアーサーが耳を赤くする。
どうしようもなく、いとおしいと思った。

アルフレッドがアーサーを抱きしめたまま、いったい何から問おうかと悩んでいると携帯が鳴った。
着信は髭から。今度は電話だ。

「何?」

『ちょっと、開口一番それはないんじゃないの?』

「今取り込み中なんだけど」

『お、てことは届いたんだな、いいもの』

「いいものって、これのことだったのかい?」

『そうそう。ついでにもう一ついいもの。その坊ちゃん、明日一日好きにしていいから』

その言葉に慌てたのはアーサーだった。至近距離にいたから、電話の内容が聞こえたらしい。
ちょっと貸せ、と有無を言わさず携帯を奪い取った。

「おい!髭、どういうことだ」

『どうしたも何も、あれ終電だったんだからこっちに戻ってこれないでしょうが』

「明日朝一で行く」

細かいことばかりに目がいくアーサーだ。自分の仕事を途中で放り投げてきてしまったことに責任を感じているの だろう。
いままでの取り乱した様子を垣間見せることもせず、そう言い切った。

『お前がつくころにはサミットも終わってるって。諦めてそっちでおとなしくしてな』

「そういうわけには……!」

なおも食い下がろうとするアーサーからアルフレッドが携帯を奪え返した。

「そこまで言うんだから、そっちの始末はしてくれるんだろ?」

『その点はお兄さんに任せておきなさいって』

「君がそこまで精力的に動くのってなんだか気持悪いんだぞ」

『グサッ。えらい直球だねぇ。お兄さん傷つくわ〜』

フランシスが白々しく言う。

『ま、誕生日だしね。俺からのプレゼントってことで。何なら首にリボンでも巻いておくんだ、』


ブツリと携帯を切ったのは再び携帯を奪ったアーサーだ。
真っ赤な顔で携帯を睨んでいる。

「で、君はどうして戻ってきたんだい?」

アーサーの真っ赤な耳を見下ろしながら、アルフレッドはそう聞いた。
アーサーがばっと顔を上げる。

「携帯の充電が切れたんだよ、ばかぁ!」

まるで全てこちらに責任があるような言い方だが、内容は完全な八つ当たりだ。
だいたい、携帯の充電が切れたことはアーサーがここに来る理由にはならないはずだ。

終電で帰って来て、この雨の中走ってきて。その理由が、

「どうしても『今日』じゃなきゃだめだと思ったんだ。走ればなんとか間に合うと思ったのに、雨は降りだすし、もう5 日になっちまったし……」

その理由が、すべて俺のためだと、そう誤解してもいい?

アルフレッドはお決まりのネガティブ思考を発揮する恋人の頬を挟むように両手を添えた。ぐい、と雨に濡れた顔 を上向かせる。

拍子に瞳にたまっていた涙が一滴、頬を流れた。
それを親指で拭いながら、アーサーの顔を覗き込む。

「言い訳はもういいからさ。俺に何か言うことはないのかい?」

「でも、もう12時過ぎちまってるし……」

「俺が聞きたいんだよ」

そう幼子に言い聞かせるようにゆっくりと言うと、アーサーはあ、う、と意味をなさない言葉を発しながら目を泳が せた。

「えっと、あー、その……」

もごもごと呟くアーサーを、アルフレッドは期待にランランと輝いた瞳で見つめた。
アーサーの苦手な目だ。そんな目をされたら何が何でも期待に応えてやりたくなるじゃないか。

けれど羞恥心を捨てきることはできなくて。

「、……とう」

目を逸らして小さく呟いた言葉では、アルフレッドは満足してくれなかった。

「はっきり言ってくれないと聞こえないんだぞ」

アルフレッドが無理やり目を合わせた。アーサーの瞳の中に自分の姿が確認できるほどに顔を近づける。フォレ ストグリーンがその中にいる自分のスカイブルーが混じって形容できない色合いを醸し出していた。

「う、だから、その……ありが、とう……」

「え?」

「だから、ありがとう……」

アーサーがアルフレッドの胸に顔をうずめた。
甘えているというよりも、自分の顔を見られたくなくて咄嗟に取ったような行動だ。

ありがとう

それは何に対して?

うまれてきてくれてありがとう?
おれとであってくれてありがとう?
おれを、あいしてくれてありがとう?

ほら、早く何か言わないと俺の好きなように解釈するよ。

そう心の中で呟いても、アーサーは胸に顔をうずめたままだ。だから、アルフレッドは目の前にあるその細い体に 大袈裟に抱きついた。

アーサーが思わずといった様子で顔を上げる。

戸惑うような表情に、一番の笑顔を返して、


「Thanks アーサー!!」




ただ、どうしようもなく幸せだと思った。







フライングメリ誕
お互いにツンが家出中の米英 誰だこいつら
タイトルはアーサーが家に着いた時間のイメージです
この設定でくつっくまでも機会があれば書きたいです (06/30)