Circus

街に夜が降りる。闇の帳に包まれた世界は、”彼ら”の領分だ。


街外れの古びた劇場。荒廃したそこには奇怪な噂が流れ、その不気味な外装とともに人々の畏怖の対象となっていた。
そんな、人の立ち寄らない忌み嫌われた地の、その劇場の尖塔に男が降り立った。古びたフロックコートが風を受けてはためく。
細い足場の上で器用に直立した男はシルクハットのつばに手をかけ、眼下に広がる街並みを睥睨した。
その時、男の周囲を渦巻いていた風の流れが変わり、乱れた髪が男の頬を打った。風に運ばれて、闇が男に追従するように屋根に降り立つ。人の形をとった闇たちは、何かを待ちわびるように男の指示を待った。

闇の期待を受けて、男は芝居がかった仕草でシルクハットを脱いだ。
すべての始まりを告げるように、大きく手を広げる。

「さあ、開演だ!」



アルフレッドは頬杖をついて窓の外を眺めていた。
田舎くさい街だ。じめじめとしていて、暗く、淀んでいる。
この街は嫌いだ。人の繋がりだとか、そんな上辺だけの事ばかりを気に掛けたがる。もっと大きな街に行きたい。もっと、人と人とのつながりが希薄な世界に。
そうすれば、もっと、

「おい、聞いているのか、ジョーンズ」

名指しで呼ばれて、アルフレッドは視線だけを声の方にやった。目の小さな、初老の教師が教壇の上からこちらを睨んでいる。
あ、授業中だっけ。くだらない。
クスクスと潜めた、けれどあからさまな笑い声が周囲から聞こえた。目をやる必要すらない。まだプライマリーだというのに大人たちから傲慢さと陰険さだけは教わっているらしい。

ああ、くだらない。

「ジョーンズ、今回の話は特にお前みたいな奴が一番良く聞いておくべきことなんだぞ」

教師の指摘にまたクスクスと笑いがおこる。
お前みたいな奴、ね。お前みたいに人の話をよく聞かない奴? お前みたいに授業をまじめに受けない奴? お前みたいに、もういいや。指摘される要因はいくらでもある。

「ほら、プリントを見ろ」

プリント? ああ、さっき配られたやつか。アルフレッドは机に伏せたままだったプリントを裏返した。もとはカラーであったであろうチラシを粗悪な紙に印刷したプリント。
一番最初に目に飛び込んできたのは派手な装飾文字で書かれた『シルク・ド・フリーク』という、タイトルと思しき単語だった。「必聴!セイレンの歌声」「女? 男? 二つの顔を持つ麗人」「見逃すことなかれ! 世紀の魔法使い」ざっと目を通して見ると、サーカスのチラシのようだ。開催場所などは黒く塗りつぶされている。
で、これが何?

「昨日の夜から今日の明け方にかけてこのようなプリントが配られた。タチの悪い悪戯だとは思うが、今後は絶対にチラシを受け取らないこと、行ってみようなどとは絶対に思わないこと」

絶対に、と強調しながら教師はアルフレッドを睨んだ。ああ、俺はこういうのに行くような生徒な訳だ。

「ここにある『フリーク』というのは異形という意味だ。手が三本あったり、体がくっついてしまっている双子を君たちもテレビなどで見たことがあるのだろう。そういった人たちを見せ物にして商売にする輩が昔は本当にいたんだ。今は、禁止されているがね」

教師の言葉に、生徒たちが口々に酷い、だの、残酷、だのと言いたてる。酷い? 残酷? 今だって舞台が小さな見世物小屋からより多くの大衆に曝される場所に移っただけじゃないか。そうやって同情して自分は迫害する側ではないと主張でもしたいの? うそつき。だって現に君たちは、

「私の生徒たちにこのような物に行きたいと思う人はいないだろうと信じているよ」

どうせそこに俺は入っていないんだろ?
これ以上教師の話に耳を傾ける気になれなくて、アルフレッドはまた視線を外の景色へと戻した。



「フリークだってよ、行きたいと思わねぇ?」
「先生はああ言ってたけど、どうせ作りもんだろ」
「だいたい、フリークが見てぇんなら、」

自然に耳に入っていたクラスメイトの会話が不自然に途切れる。そして突き刺さる視線。
面倒臭いなと思いながら、アルフレッドはチラシに目を落とした。

『シルク・ド・フリーク』

シルク、サーカス、フリーク、異形、フリーク。フリーク、ねぇ……。
作り物か、それとも。行ってみる価値は、ある、かな?
チラシの公演の日時までは消されていない。開演は深夜0時。場所には、心当たりがあった。


旧市街の中心部にあった劇場。その付近には見覚えのある教師が何人も見回りをしていた。ばかだなぁ、これじゃあここだって言ってるようなもんだ。
でも殺気だった気配をむんむんと出しているから、それを読んで避けるのは難しいことじゃない。
無事劇場にたどり着いたアルフレッドは、その幼さを咎められることもなくショーを鑑賞した。

結論から言えることは、このショーは本物だということ。
作りものでも偽物でもない、本物の異形と呼ばれる者たちが演目を演じていた。ただそれは学校で教師が話していたような見世物というよりは、彼らは自発的に演じているようで。

アルフレッドは翌日、学校帰りに再びその劇場を訪れた。
夕暮れの劇場は、夜のそれよりも不気味さを増しているように見えた。闇に包まれているのなら安心できる。夕暮れの入り混じった不明確な感覚は嫌いだった。そしてそれは、自己嫌悪に近い。

扉は押しても開かない。鍵がかかっているようだった。
アルフレッドはだんだんと拳で扉を叩き始めた。それでも反応はない。ならば、とアルフレッドは扉から一歩後ろに下がった。

片足を体に引き寄せて、扉に垂直に叩き込む。

鈍い音を立てて、重厚なはずの扉のノブの部分を脚が貫通した。
あ、蹴破ろうとしたのに失敗した。
しかし本来は扉の施錠部分を蹴りで壊すよりも、その部分を蹴り抜く方がずっと力がいる行為であり、それはまだ10歳程度の少年が出せる力ではなかった。
脚を引き抜き、アルフレッドは重たい扉を再度押しあけた。

「おいおい小僧、何も蹴破ることないんじゃないの?」

劇場に足を踏み入れると、隣から声をかけられる。腕組みをして扉近くの壁にもたれる男がいた。暗い劇場内では、肩まであるウェーブのかかった髪くらいしか確認できなかった。
男を睨みつけながらアルフレッドは口を開いた。

「ノックしてるのに開けないのが悪いんだよ」
「不法侵入のくせに随分と不遜だねえ」
「団長に会いたい。取り次ぎを頼めるかい」

アルフレッドの発言が相当意外だったらしく、男が目をむく。

「団長? か弱き一般市民のガキが一体全体何の用かな?」
「それは、団長に直接話すよ」
「おーおー、お兄さんには言えないって? 年上には敬意を払うもんよ?」
「とにかく、団長に合わせてくれないかい」

頑として口を割ろうとしないアルフレッドに、男は眼だけで笑った。少しため息をついて、唇も持ち上げる。
「面白いね。いいぜ、ついて来な」

男はアルフレッドを先導して劇場の奥へと歩いて行った。ホールの方ではない。スタッフルームの方向だ。
長い通路を進み、「関係者以外立ち入り禁止」のプレートのかかった扉を開ける。なぜか、水の臭いがした。

「団長は一番奥。ビビらずついてこいよ?」

そう意味ありげに男が笑った意味はすぐに分かった。
部屋は人一人通れるほどの通路を残して荷物が積み上げり、その上や空いた空間にサーカスに出演していた異形達が並んでいた。全員が奇異の瞳でアルフレッドを見下ろしている。
ひそひそとした話声は、教室で聞いた時のように不快感をもよおすものではない。それは声に込められているのが純粋な好奇心だけだからだろう。

ぴちゃん、と水音がした。そちらに目をやれば、水槽が置かれていて大きな魚が中を泳いでいた。否、魚ではない。

「フランスさん、そいつだれっすか?」
「んー? 団長に用があるらしいよ?」

ぱしゃん、と水槽から顔を出したのは長い黒髪の少女だった。この少女は知っている。ショーに出ていたセイレンだ。魚の半身を持つ、人魚の少女。

「おーい、イギリス、客だぜ」

もう奥についたのか。アルフレッドはフランスと呼ばれた男の背中越しに前を見た。
大きなデスクが置かれていて、その奥に腰掛けた男がいる。この男がイギリスだろう。
フランスがアルフレッドを前に押し出した。数歩よろめいて、アルフレッドは今度こそしっかりと目の前の団長を見た。

団長はショーにも出演していたが、ショーが始まる前に口上を述べただけだったため、後ろの方にいたアルフレッドにその顔はよく見えなかった。
しかし、今こうして見ている顔は意外にも若く、険はあるが大きめの瞳のせいで幼いといってもいいほどの容貌だった。
シルクハットの下の、翡翠の目がアルフレッドを射る。

「何の用だ、小僧。ここは子供の遊び場としてはちょいと危なすぎるぜ」

取り合う気すらないイギリスの言葉にアルフレッドは眉をひそめた。ちゃんと順序立てて説明する気だったのだが、その気も失せてしまった。
だから、


「入団希望だよ」


本題を早々に切り出すことにした。

「入団? このサーカスにか?」
「それ以外に何があるって言うんだい」
「ここの名前を知ってるか? 『シルク・ド・フリーク』 異形のサーカスだ」
「分かってるよ、分かっていたからここに来た」

そう言うと、イギリスはほぅ、と目を細めた。続きを促すような仕草にしかし、アルフレッドは言葉を発しようとはしなかった。代わりに両手を筒のようにして口元にあてる。
大きく息を吸い込んで、喉をのけぞらせる。


「アオォォォォオオオオオオオン――――――――――!」


突然の遠吠えに部屋中の異形が顔を上げた。
イギリスも驚いたように目を見開いている。出しぬけたようで何となくうれしくなった。
だが、すぐに表情を元のものに戻してしまう。

「巧いじゃないか。どのくらい練習した?」
「鳴き真似じゃないよ。正真正銘、狼の遠吠えだ。なんだったら、変身もできるけど?」
「いや、いい。狼男か。先天、後天、どっちだ?」
「多分先天かな。俺父親がいないから」
「随分と自己分析ができてるんだな」

今回は本当に感心しているような声でイギリスが言った。

「力のコントロールもだいたい出来るよ」

この劇場は、その訓練のためにアルフレッドが良く利用した場所だった。
10歳かそこらの少年は、それよりもずっと幼いうちから己の力の危険性に、特異性に、そしてそれが忌み嫌われるものであることに気付いていた。
だから、一緒に連れて行ってくれとアルフレッドは再度懇願した。

「なるほど、入団資格があることは認めよう。だが、だめだ」
「理由は」
「お前はまだ子供だ。このご時世、子供が突然消えるといろいろ煩い輩がいるんでね」
「その点も問題ないよ。俺の母親はもともと望んで俺を生んだわけじゃない。ついでに言うと、俺が初めて変身した時に狂っちゃったから。俺はもう、この街に居たくないんだ」

そう言って真っ直ぐにイギリスを見る。青と緑の睨み合いが続いた。
しばらくの後、イギリスがふと眼を弛めて立ち上がった。その表情が微笑んでいるように見えたのは、きっと今までがほとんど無表情であったためだろう。

「いいだろう。入団を許可する。日本」
「はい」

立ちあがってイギリスが声をかけたのは部屋の隅で水晶を抱えてうずくまっている男だった。長いフード付きのローブがその顔と体格をほとんど隠してしまっていたが、声に顔を上げたことによって黒髪黒眼をしていることが判明する。

「新入り、お前には名前を捨ててもらうぞ、いいな?」
「もとから、そこまで愛着があったものじゃないしね」
「そうか、日本、こいつの名前は何がいいだろう」
「そうですね……アメリカ、がよろしいかと」

水晶玉を覗き込んでいた日本と呼ばれた男が、ぼそぼそと消え入りそうな声で返した。

「よし。いいか、お前の名前はアメリカ。アメリカだ」
「アメリカ、ね。いいんじゃない?」

アルフレッドの、アメリカの返答を確認し、イギリスは高らかに宣言した。

「おい、新入りを紹介しよう! 名はアメリカ。狼男だ。皆、仲良くしてやってくれ!!」

イギリスの言葉に、部屋中が沸いた。今までの重く暗い空気が消し飛び、すべてはアメリカを威圧するためだったと知る。

「さあ、これでお前は俺の団員だ、よろしく、アメリカ」
「よろしくなんだぞ、イギリス」


さあ、サーカスの始まりだ!










突発で書きたくなった。異形’sだし、ハロウィンネタでもよかったかな。 裏設定いっぱいあったけど書き切れなかった。 何となくサーカスの団長やってる偉そうな眉毛が書きたくなったのです(11/04)