羽撃く翼は自由を謳う

気づいたら米がカニバってました。ぼかしてはありますが、苦手な方は逃げてください。
モブキャラあり。けっこう出しゃばってます。






遠い異国、魔の物と人の共存する世で。



ここは、王国の最西端の地。
王国の威光の届かぬ最果てには、荒涼とした景色が広がるばかりだ。
赤茶けた大地。陽炎の立つ行路。砂塵の舞う荒野。
痩せた土地に食物は育たず、水は山からの僅かな雪解けに頼るのみ。
照りつける太陽も、吹きつける突風も、この地のすべてが、が生き物を排斥するかのように働いたとしても。

人は、確かにこの地で生きている。確かに時を刻み続けている。
岩を一つ一つどかし、道を拓き、街を作り、水を汲み、作物を育て、子をなして……
だから、その営みは美しく、尊いのだと、語ったのは誰だったろうか。

赤茶けた土地、山。

ここは空ばかりが青い。

なによりも、どこよりも。
この大地を覆う天蓋は高く、青い。

遥か高き山々から生まれ出でた浮き雲は、その影を遮るもののない大地へと落とし、空を流れていく。
それらの影に混じって流れていく影がある。雲よりも数段速く大空を滑空していくそれは、鳥の形をしていた。
空を見上げれば、大きな羽が太陽を遮り鈍く金色に光る。

自由な魂をその翼に乗せて羽ばたく、黄金の鷲だ。
きらり、きらり、と時折その脚の金環が太陽を反射して輝く。
本来ならば太陽をそのまま納めたような金色をしているはずのその双眸は、天高く掲げられた空を溶かしたような青色だ。

笛を鳴らすような甲高い鳴き声が空に木霊した。



鷲が虚空に舞う下で、周囲の景色とよく似た砂色のマントで体を包み込み、岩場にひっそりと身を隠す人影があった。
ギラギラと肌を焼く日光に辟易しながら、アーサーは体にマントを巻き付け直した。マントを掴むその指に、きらりと光を反射するものがある。
ぐ、とマントに身をうずめたアーサーは空を見上げて、忌々しく太陽を睨んだ。
眩しい、暑い、熱のこもったマントが気持ち悪い。カラカラに乾いた喉を持て余しながらも、アーサーはただ待ち続けていた。

「大丈夫?アーサー」

若い男の声が問い掛ける。

「俺は大丈夫だ。それより、アル、奴らは見つかったか?」
「あいつらどころか動くものひとつないよ」

そうか、と呟いてアーサーは目を閉じた。強い日差しは赤い闇を瞼に焼き付ける。

「『眼』、借りるぞ」
「えぇー、あれ嫌いなんだって」
「文句言うな」

不満そうな声を流して、アーサーは深く息を吸い込んで呼吸を整えた。

ゆっくりと、瞼の裏の闇が質を変えていく。
瞼越しに目を焼いていた太陽光が薄れてゆき、真黒の夜へと、そしてぼんやりとした光の渦へ。
パチン、と何かがはじける。
眼下には荒涼な大地が広がっていた。

確かに、赤く乾いた大地に動くものはない。だが、隠れられそうな岩場など、この土地にはいくらでもある。
そんな岩場のひとつにうずくまる影を見つけてなんとも奇妙な感覚に襲われた。何度やっても、自分を見下ろすという行為に慣れない。
褪せた金髪から目を流して、他の岩場を探る。
一様に岩場が広がるように見える大地にも、よく見れば特徴がある。

例えば、大地を削って伸びる一本の溝。
地上からでは些細な溝など見落としてしまう。現にアーサーが歩いて回った時には気付けなかった。
大空から見下ろすことで浮かび上がるそのラインは、

枯れた川の跡。

形跡をそこに遺しつつも、水は一滴も流れていない。
その跡に沿って進めば、下流であった方向にはこの地域ではそこそこの大きさの街がある。
そしてもう一方は。

空色の瞳がかつてあった川の流れを辿る。

「見つけた」

アーサーがぱちりと目を開けた。
視界を繋げていた余波のせいで瞳の色が僅かに揺らいでいる。
青みを帯び始めていたそれを数回のまばたきで鎮めて、アーサーは立ち上がった。

見つけた標的は、そう遠くない。

「アル、先に行くぞ」
「え、ちょ、アーサー?!」
「お前は北側から回れ!」

そう叫んで、アーサーは返事を待たずに駆け出した。
足場の悪い岩の上をものともせずに、身軽に駆けていく。その姿はまるで、

「君は猫か何かかい……?」
「うっせ」

独り言を聞き取られてしまった。

たんっ、たんっ、とアーサーが岩から岩へと飛び移る。ある程度の補助魔法をかけてはいるものの、ほとんどはアーサーの身体能力だ。
ここまでアクティブな魔道師も彼くらいのものだろう。

鷲の鳴き声が響きわたる。
天を舞っていた金色の鳥は高度を下げ、川の跡を辿るようにして滑空していった。



岩場は自然が作り上げた要塞だ。
堅固な岩に囲まれた小さな広場程度のそこは天井がなく、だが高すぎる外壁のおかげで日光の直接射さない空間は適度な温度を保つ、貴重な場所だった。
そう、ゴロツキ共が根城にするにはもったいないほどの。

「かしらぁ、ホントにこんなんでうまくいくんですかい?」

そう尋ねたのは、こめかみに傷のある、痩せた男だった。面長な顔立ちと特徴的な歯列のせいでネズミのように見える。
答えたのは大柄な男だ。この男がリーダーらしい。さしずめこちらはイノシシといったところか。額に布を巻き、髪を上げているせいで余計にその印象が強くなる。

「当たり前だろ。この地域の水源はあそこしかねぇ。あれを止めちまえば、あいつらは干からびて死ぬしかねぇんだからな」
「で、でも、あいつら、全然要求を飲まないじゃねぇですかい。もしかしたら、向こうにも何か策があるんじゃ……」
「はっ、何のために高い金払って用心棒雇ったと思ってやがる。あいつらは払った金の分だけは働くから問題ねぇ」

そう言ってかしらは視線を根城の隅へと向けた。そこに腰かけていたのは行商人風の男だ。こんな形をしてはいるが、この男魔道師である。その出で立ちは魔道師というよりも、市で露店を出していそうなものだったが、服の袖から覗く手や腕には魔道師特有の魔道具らしき貴金属がつけられていた。
視線を向けられたことに気づいてニコリと笑う男はどこか胡散臭い。それでも、腕が立つことは確かだった。
このあたりの水源を封印したのもこの男だ。
いくら魔道に疎くとも、それにどれほどの力がいるかくらいは、盗賊たちもぼんやりと理解していた。

「それが、おかしら」

話を聞いていた使いぱっしりが口をはさむ。

「何だ」
「あいつら、どうやら人を雇ったらしいですぜ」
「だからなんだ。都で懸賞金がかけられるような魔道師を倒せる奴をあいつらが雇えるものか」
「でも……」
「いいから黙ってろ。あんたも、向こうが反撃してきたらそれの処理も、って契約だったよな」

かしらが呼びかけると、魔道師がコクリと頷く。一見無邪気なように見えて、邪な何かを内包した笑みは味方であっても気味が悪かった。

「ええ、確かにそれも契約に含まれていますよ。あなたが先ほどおっしゃったように、払っていただいた代金の分は働かせていただきます。まあ、こんな田舎に私が出なければならないほどの者がいるとも思えませんが」
「それを分かってるからあんたと契約したんだ。確かにあんたはこの地域じゃ最強だ」
「へえ、最強か、ぜひ会ってみたいものだな」

聞き慣れない声。
誰もがギョッと目を剥いた。
居並ぶ盗賊たちの中に混ざった、見知らぬ男。
金髪緑眼の青年、アーサー・カークランドは、敵陣の真ん中で不敵に笑って見せた。

「こんな片田舎に、最強も何もない気がするが」
「これはこれは、ずいぶんと古めかしい姿の魔道師殿だ」

アーサーの重苦し出で立ちを指摘して、行商人風の魔道師は笑う。

「何だ、同業者か。お前、恥ずかしくないか、こんな泥臭い盗賊どもに担ぎあげられて」

はぁー、と心底可哀想なものを見る目でアーサーがため息をついた。

「そちらこそ、あの村人たちに雇われたのでしょう? まったくあの方々も愚かだ。役立たずを雇うよりもこちらの方々に早く金を渡した方が得策でしょうに」
「盗賊に払う金よりずっと安い金で話が解決できた方がいいに決まってるだろ?」
「ほう、それっぽっちの金銭で雇えるのですね、あなたは」
「お前がそいつらから貰ってるよりは多いと思うぜ。お前、こいつらが村にいくら吹っ掛けてるか知らねえだろ」
「随分はっきりと断言しますね。それほどに金銭の価値を知らないと?」
「自分の働いた分しっかり金銭変換できるなんて無駄なスキル持ち合わせてないんでね」
「ほう、それで自分の働いた分より安い金銭で満足してしまうのですね。村人も随分安い金で人が雇えたと喜んでいるでしょうが……計算もまともにできない魔道師が役に立つはずありましょうか」
「や、俺だって金さえもらえればしっかり働くぜ。貰った金の分の仕事したら尻尾巻いて逃げちまう誰かさんよりはな」

いつの間にやら毒舌合戦へと突入している魔道師二人を盗賊達がはらはらと見守る。魔道師特有の矜持の高さに、一般人は付いていけないようだ。
とある金髪青眼の青年に、「魔道師はねちっこい、嫌味っぽい、そんでもって根暗」などと言わしめる彼らのプライドをかけた舌戦は、時間を追うごとにその粘度を増していく。

魔道師二人、盗賊沢山。そんな根城の中で、一番冷静だったかもしれないのは盗賊のかしらだった。だが、その冷静だった頭の使い方を少々間違えた。もとより中身のない頭はヘタに使わない方がよかったかもしれない。
あろうことか、盗賊のかしらは自分の味方の魔道師の助太刀に入ったのだ。

「あんたには悪いが、この男は、モードレッドって言って都で懸賞金が掛ってるような奴でな。怪我したくなかったらこのまま帰って村の奴らに要求をのむよう説得するんだな」

魔道師の中でもよりねっちこい、いや、山より高く海より深いプライドの持ち主のアーサーに、その発言は火に油を注ぐようなものでしかない。

「懸賞金?そんなものが掛るほど手際が悪いのか。都で、とは言っても国賊なんて大それたものじゃないよなぁ。じゃあ何か、酒場でイカサマでもしたか?」

はっ、と吐き捨てたアーサーはとても楽しそうだ。モードレッドがギリ、と歯を食いしばり怒りに燃えた目でアーサーを睨む。毒舌でアーサーに勝てる人ってなかなかいないと思うよ、とこれは例の青年の話。

「あなたの様な魔道をイカサマにしか使えない人と一緒にしないでいただきたい。私にかかった懸賞金の意味、その体をもって知りなさい!」

モードレッドが手を振りかざす。袖がずり下がり、その白い肌とそこに食い込んだ幾つもの貴金属類を晒した。魔道師にとって貴金属類は契約の道具であり、その数が、結んだ契約の数がその魔道師の技量だ。

「随分と契約を結んでるじゃないか、これは厄介だ」
「あなたの契約は、その錆びついた指輪だけですか?」

対して、アーサーのつけた貴金属類と言えばその左手に光る金の指輪だけだ。

「こいつをなめてると痛い目見るぜ」

指輪をかざして笑うアーサーに危機感は全くない。そんな態度が、モードレッドをさらに煽る。ぐ、とその瞳が色を深めると、腕輪の一つが光った。風にあおられるようにモードレッドの衣服がはためく。

「汝闇に孵りし翼 逝く先を裂きて道をなせ」
「はっ、あれだけ言っときながら召喚法は古風なんだな」

古めかしいと言われた事をまだ根に持っていたらしいアーサーはそう嘲笑の言葉を投げかける。
3倍返しおまけ付きがアーサー・カークランドという男のやり方だ。

「いでよ!」

モードレッドの背後の空間がゆがむ。空間を切り裂いて現れたのは真黒の鳥だ。耳をつんざく鳴き声が根城の壁に反響し、増幅される。鳥は一直線にアーサーへと向かって飛んできた。
盗賊達が耳を押さえてうずくまる中でアーサーは軽く手で空間を薙ぐような仕草をした。

「爆ぜろ」

言霊を一つ。
鳥の翼が不自然に膨張すると、パンっと破裂した。鳥の羽がまだついた肉片が周囲に飛び散る。
体の大半を欠いた鳥はさらりと闇にとけて消えた。

「くっ……」
「あの威勢のよさはどこ行った? それとも、水源の封印を続行しながらだときついか?」
「水源の封印など関係ないでしょう。あの鳥の使用期限が近かっただけのこと。次はこうはいきませんよ」

再びモードレッドが腕を振り上げる。
だがアーサーはそれに対して構えをとることさえせずに腕を組んで見せた。

「何も知らない魔道師殿に僭越ながらこの俺が講義をして差し上げよう。水源なんてそうやすやすと封印できるようなもんじゃねぇんだよ。封印できる対象は、個体で、独立した、事象、または物体だ。そんでもって水の流れは瞬間じゃない。連続だ。それに無理矢理蓋をしてるんだから魔力も持っていかれるわなぁ。もしかしてそんなことにも気づいてなかったのか?」

くすり、と憐れむように笑う。誰よりも舌戦を得意とする彼の人は、誰よりも他人の神経を逆なですることに長けている。

「では、そろそろ“彼女”を開放していただこうか。山の水源は雪解け水だ。氷の女王に連なる“彼女”は少々荒っぽいんでね。いい加減放してやらないと後が怖い」

そう言ったアーサーは初めてその泰然とした姿勢を崩した。真摯な瞳がうっそりと青みを帯びる。かざした手には確かに水の気が集まり始めていた。

「汝は水煙……汝は乙女……その名を封じ込めた楔を放て……」

「まさか……この場で水源の封印を解くつもりですか」

モードレッドは己が思い違いをしていたことを悟った。
村人が貧窮した財で呼べる魔道師など碌なものであるはずがないと、そう高をくくっていたのだ。
事実、やってきたのは契約の指輪を一つつけただけの若造だった。簡素なそれに宿る使い魔など、取るに足らない。実力とて、使い魔に比例したものだろう。そう思っていたのに。
なんだ、これは。
封印が揺らいでいることを感じる。自分の持てるすべてを注ぎ込んだはずの戒めが、すでにほつれ始めていた。

歯を食いしばると、ギリ、と嫌な音がした。
自失したままだった盗賊に指示を飛ばす。

「時間を稼ぎなさい! 少々面倒なことになりましたが、相手は一人です」

そう叫んで、モードレッドは詠唱を始めた。念には念を入れて。封印が破られかけているとはいえ相手はただの子供。だが、ここで手を抜いては手痛いしっぺ返しを食らう。それは魔道師としての経験だった。

我に返った盗賊のかしらが手下をアーサーへ嗾ける。それをいなし、潰し、叩きのめしながら、アーサーは詠唱を続けた。
突進してきた男の腕を掴んで、勢いを殺さずに方向を変えさせる。それは後ろに迫っていた別の男とぶつかって共倒れになる。
斜め後ろから来た男に振り向きざまに肘を叩き込み、その勢いのまま伸ばした腕で男の頭を鷲頭かむと地面へと沈めた。
横薙ぎに振り込まれた剣を屈んで除け、空ぶった腕を掴んで肩に担ぎ、勢いをつけて立ち上がればバキ、と骨が折れる音がする。
力を失った腕から剣を奪い、右方向から切り込まれた斬戟を受け止めた。
その男の鳩尾を蹴り飛ばして距離をとり、振り向くと同時に剣を突き出せば、それは背後で斧を振り上げていた男の腹に吸い込まれていった。
腹に剣を生やした男が倒れかかったので回し蹴りで倒れる方向を調節した。斧を振りかざしたまま、仲間の方へと男が倒れる。

ホント、こんなにアクティブな魔道師ほかにいないよ。
ここにはまだいない青年の声がするような気がした。

しかして、アーサーの唇はどんな乱闘となろうとも、一定のリズムで言葉を紡ぎ続けていた。息切れなどと無縁だと言わんばかりに唇の端を持ち上げて、

「汝の歌声は息吹、流れを留めることなかれ、奏でよ! 汝を縛りし枷はない!」

最後の言霊を響かせる。

パリーン、と玻璃の砕けるような澄んだ音が響く。
封印がはじけ飛んだことを示すように、清涼な風が吹き込んだ。

だが、

詠唱を終わらせたのは、アーサーだけではなかった。
モードレッドが詠唱の輪を完成させた。

「汝ら集いて我の牙となせ!」

腕にはめられた腕輪が強く発光する。一つではない。二つ、三つ、四つ、……。それはいくつもの輪が連なった腕輪だった。
モードレッドの陰から追従するように狼が現れる。
輪の数だけ、狼が現れる。その数、およそ15。だが、多分まだ呼んでいない狼がいるはずだ。これ以上は、彼らの狩りに支障が出るから。

「群狼か、なかなかいいものを持ってるな」
「そろそろあなたもその指輪の使い魔を呼んでみたらどうです?」

より上位の使い魔を召喚したことで余裕を取り戻したのか、モードレッドは泰然と言ってのけた。

「そうさなぁ……」

モードレッドの言葉にアーサーが天を仰ぐ。切り取られた青空に、鳥が舞うのが見えた。
アーサーの行為を絶望からくるものだと取ったモードレッドが薄く微笑んだ。己の勝利を確信した目だ。ス、と手を挙げて狼たちに合図を出そうとする。

「遅い」

アーサーが突然発した言葉は咎めるような響きがあった。
視線はモードレッドに向けられたままだ。しかし、声をかけられたのは別の者。

「これでも全速力」
「だからもっと痩せろって言ってるんだ。絶対自重が重くてスピード落ちてるだろ、お前」
「そ、そんなことないんだぞ!」

根城の入口である暗がりから人が出てくる。
太陽の光を集めたような金髪、空の色を溶かしこんだような青色の瞳。
少年から青年へと過渡期にある年若い青年だ。
なぜこんなタイミングで人が来るのか、そうモードレッドが疑問に思ったのも一瞬だった。
この青年からは死臭がする。それを敏感に嗅ぎ取った狼たちがそわそわと体を揺らした。
この青年は、今自分と対峙している男の仲間だ。

よく見れば青年の着ている服は所々破けていたり、返り血が付着していたりしていた。一体どこから来たのか。
見張りは何をしているのかと、モードレッドは舌打ちをした。

青年、アルフレッドがアーサーに駆け寄る。その頬には、返り血が付いていた。

「あー、たく、こんなとこに血ぃ飛ばしやがって」

手を伸ばしたアーサーが親指で汚れを拭う。その手を取ったアルフレッドが親指に移った血を舐めとった。

「あのさ、アーサー。俺、水源のとこと他のとこにいたのとかも全部潰してきたんだから、相当働いてるよね」
「おう、お疲れさん」
「その間君はここでお楽しみだったわけ?」

アルフレッドが不服そうな顔を作ってアーサーを見た。

「別に遊んでたわけじゃない」
「好き勝手暴れてたくせに」
「メインディッシュは取っといてあるぜ」

そういう問題じゃないよ、とアルフレッドがため息をつく。
二人の世界を作るアーサーとアルフレッドに呆気をとられつつも、モードレッドは動くことができなかった。あのガラ空きの背に狼を嗾けることなど容易いはずなのに。合図を出した瞬間に自分の命はないような気がして。
ごくりと、生唾を飲み込んだ。
こいつら何者だ。特にあとから現れた青年など、武器も道具も一つも持たない丸腰なのだ。身につけている装飾品と言えば、左手の、金の指輪だけ。魔道師の男と揃いの指輪だけ。
まさか。

青年がモードレッドを見た。その瞳にヒ、と背筋が凍った。

「ま、まさか……、ヒトガタ……」
その呟きに答えを出すものはいない。


アルフレッドは標的を見定めて、薄く笑った。
引き込まれるような青色の虹彩が針のように細い。
真っ赤な舌がぺろりと舌舐めずりをした。
さわさわとアルフレッドのまわりの気配がざわめいている。
さわさわ、さわさわと。
髪の毛が風もないのに揺れる。ぱきぱきと乾いた音がした。
爪が鋭く伸びて、人外のそれへと姿を変える。
ばさり、と不可視の翼が羽撃く。

「ねぇ、アーサー」

血の匂いに触発されるように、本性が顔をのぞかせる。



「喰べていい?」



己の主へと、許可を求める。
アーサーがアルフレッドの頬へと手を伸ばした。愛おしげにその頬を撫でる。

「あんなの喰ったら腹壊すぞ」

軽口を叩くように、けれど睦言のような甘さを伴って。
アーサーが形ばかりの制止をかけた。

「君の料理よりはマシだと思うんだけどな」
「う、不味くて悪かったな、ばかぁ」
「で、喰べていい?」

きょとりと首を傾げて再度許可を求める。ゆらりゆらりと炎の揺れる瞳が我慢の限界を訴えている。
アーサーがふ、と笑った。皮肉を語るように、その口角を釣り上げる。

「喰い過ぎんなよ。また太る」
「OK!」

許可を得た獣が大きく跳躍した。ばさりと巨大な翼が顕現して、その姿を巨大な鷲へと変える。
笛を鳴らすような甲高い鳴き声を響かせて、群れをなす狼たちへと流星のように急降下した。

モードレッドと狼たちの悲鳴が上がる。
ああ、だから太るからそんなに食い過ぎんなって。
モードレッドが次から次へと狼を呼び出しているのが原因だが、もうしばらくすれば体力が切れるだろう。

「あ、」

アルフレッドの食事を、巻き添えを食わない位置まで離れて見ていたアーサーは、唐突に間の抜けた声を上げた。

「くっそ、アルに頭残すように言うの忘れてた」

これでは懸賞金が出ないではないか。まあ、今回は懸賞金目当てではなく街からの依頼だったから一定の代金は出るが……それでも惜しい。



今回の依頼の報奨金を計算しながらアーサーが物思いにふけっている間に、いつの間にか食事は終わっていたらしい。
ぼすりと、背後から抱きつかれる。
自分の両肩を抱くように回された手は人の手と区別がつかない。当たり前だ。区別など、そもそもないのだから。
手の前にある腕を抱きしめて、アーサーは背後の熱に背を預けた。

「ねぇ、アーサー」
「ん?」

アルフレッドが熱のこもった声を耳に吹き込む。

「食べていい?」

ぺろりと項を舐められて、不快感ではない何かに背筋が泡立った。
求められていることは知っているけれど。

「さんざん食べたろー?」
「じゃあ食後の運動」
「言い方変えただけじゃねぇか」

甘えた仕草を見せるパートナーにくすりと笑みを漏らして、アーサーは腕を抱く力を強めた。

「とりあえず街に帰って、報奨をもらって、宿でひと休みしてからだな」
「え〜」
「えー、じゃない。何が楽しくてこんな血生臭いとこでヤらなきゃならねぇんだ」
「なんか興奮しない?」
「お前だけだ」

それからじゃれ合いなのか言い合いなのか判別しづらい言葉のやりとりを重ねて、理由もなく笑いあって、ほうと一息ついた。



帰りの道中、滾々と流れる川を眼下に見た。
人の営みは美しく、尊い。だが、それ以上に自然は輝かしく、強かだ。
所詮はその中に組み込まれた一つ。

だからこそ、押しつぶされぬようにと、強く生きようと、あの日誓った。
この柔らかな命に出会ったときに、そう誓った。




アルフレッドに「食べていい?」って言わせたかった。
よもやにんげんたべるとはおもわなかった。
相変わらずの妄想小説にここまでお付き合い頂きありがとうございました。(07/26)
Q.何で鷲?  A.や、国鳥だし