「さて困ったことになったぞ、アル」
「……一体何だい……」
困ったという割にはその人の横顔は酷く楽しげで。いやな予感を抱えながらアルフレッドは続きを促した。
「路銀がそろそろ底をつきそうだ」
「……で、どうしたいの?」
旅に一番必要なものといえばやはり金子だろう。町から町を渡り歩く生活には何かと金が要りようだ。
そんな旅の中に身を置くアーサーとアルフレッドの主な収入源は街で依頼を受けることや懸賞首を捕まえることなどだが、それらは安定的とは言えなかった。そもそもアーサーは、魔道師向けの依頼の斡旋を行っている魔道師会に所属していない。そのせいでアーサー達に依頼される仕事は魔道師会に依頼するほど大きくないものか、何かしらの裏がある話ばかりだ。
よって、彼らの収入は不定期且つ微細なものである。
このような路銀不足も、さほど珍しいことではない。
そんなときの最終手段。
アーサーがにぃと唇を持ち上げる。それはそれは愉快そうに。
「賭場に行くぞ!」
高らかな宣言に己の予感が外れていなかったこと知り、アルフレッドはかすかな頭痛を覚えた。
ガヤガヤとした空間。酒場を兼ねた賭場には街のならず者たちが集まる。アーサー達が店内に入ると、店中の視線が突き刺さった。外界から持ち込まれた異物を品定めする、無遠慮な視線だ。
アーサー達が賭場の注目を集めるのは、その外見の若さからではない。このような末場の酒場では金さえあればだれにでも酒を出すし、それを咎める者もいない。
問題は彼らの服装にあった。片方は魔道師と言われればだれもが思い描くような外套姿で、もう片方も小奇麗にまとめられている。つまりは浮くのだ、ならず者の巣窟の酒場では。
そんな視線をものともせずに堂々と歩くアーサーの後を、いつもよりも幾分か大人しいアルフレッドが付いていく。酒場の乱雑な空気に辟易してるわけではないことが、その顔を覗きこめば分かるだろう。荒くなる呼吸を鎮めるように薄く開いた唇から深く息をし、時折何かを耐えるように瞳を閉じる。
「アーサー、結構しんどい……」
「あと少し我慢しろ」
訴えをバッサリ切り捨てられて、アルフレッドは視線を足元に落とした。アルフレッドの不調はその突き刺さる視線にある。入り込んできたカモを品定めする視線、異物に向けられる嫌悪を含んだ視線、好奇心を隠そうともしない視線。差はあれど、そこに含まれるのは敵意、突き詰めれば殺意だ。
向けられる殺気に本能は否応なしに反応を示す。つまりは向けられる視線に、そこにある感情にあてられているのだ。
もちろんこんなところで本能の赴くままに暴れるわけにもいかず、アルフレッドは暴走しそうな本能に必死で理性という封印をかけていた。
「じゃあ俺はあのテーブルに行ってくる。お前は好きに見てろ」
「えっ、ちょ、アーサーぁ……」
単独行動を取ろうとするアーサーにアルフレッドが珍しく弱弱しい声を出す。そんな声にすら耳を貸さずに、アーサーはカードに興じているテーブルへと歩いていってしまった。その後をついていくべきか否かアルフレッドが躊躇する。
やがてより注目を集めているのはアーサーであることに気付き、この場合は近くにいない方が得策だとアルフレッドはアーサーのテーブルから距離を置いた場所に落ち着いた。
数十分後、先ほどとは違う意味で賭場の視線を集めるアーサーの姿があった。
「フルハウス」
静かな、けれど自信を孕んだ声とともに手札をテーブルに広げる。宣言通りの役に、見物していた者たちから歓声が上がった。すでにアーサーの連勝記録は10を突破している。
テーブル上のコインをかき集めながら、アーサーは向かい側に座る大柄な男を見た。怒りか羞恥か、その顔は真っ赤に染まっている。アーサーは己の倍は体重があるであろう大男を見上げ、挑発的に微笑んで見せた。
「どうする? まだやるか?」
「くそっ、もう一回だ!」
テーブルが壊れそうな勢いで掌を叩きつけ、大男は叫んだ。
そんなやりとりをアルフレッドは離れた暗がりで見ていた。そんなアルフレッドに声をかけるものがあった。
「そこの兄さん、アレあんたの連れだろう?」
「大変悲しいことにね」
「じゃあ兄さんも強いんだな」
「いや、カードはからっきし」
「なら、賽の目当てはいかがかな?」
やけに絡んでくるなと思ったらそう言うことか。
店の客の大半がアーサーのゲームの見物に回ってしまって客がいないのだろう。そこでゲーム見物に熱中するわけでもなく、他のゲームに興じるわけでもなく立っているアルフレッドに白羽を立てたらしい。
そわそわした様子や、ゲームにいっさい手を出さなかったことから、カモりやすい初心者だとでも思ったのだろう。まあ、間違ってないけど。
普段ならこういう手のものは断るところなのだが、退屈していたことと、アーサーの快進撃に触発された事もあり、アルフレッドは一回くらいなら、とそのゲームを受けることにした。
「ルールは?」
「お、やってくかい? そうこなくっちゃな。じゃ、よく聞いとけよ。ここに赤と青、二つのサイコロがある。目はどっちも1から6だ。これをこのカップに入れて振る。で、こっちの盤に伏せる。兄さんは出る目を当てるだけだ。当て方はいくつかあるぜ。合計が奇数か偶数かとか、どちらの色の目が大きいかとかだな。倍率が一番高いのは、赤と青の数字を当てることだ。なんと掛け金が50倍になる。ま、初心者向けは合計が奇数か偶数か当てることだな、兄さん、どうす、」
「赤3、青6」
アルフレッドが短くそう告げると賽振りは仰々しく驚いて見せた。
「おいおい、まだ賽を投げてないぜ、兄さん。しっかし、いきなり一番倍率高いのに来るとはすごい度胸だな」
「どうせなら一番当たった時に嬉しいのがいいだろ?」
「ははっ、違いない。じゃ、掛け金はいくらにする?」
「手持ちがあんまりないから、コイン一枚で」
「よしきた。これで赤が3で青が6だったら、これは兄さんのもんだ」
そう言って賽振りはテーブルの上にずっしりとした袋を置いた。アルフレッドも懐からコインを一枚取り出してその隣に置く。
「もう一回確認するぜ。赤青の順で3,6。これでいいんだな」
「もちろんさ」
アルフレッドの返答を確認して、賽振りがサイコロをカップに投げ入れた。カロンカロンと軽やかな音を立てる。数回サイコロをカップで転がしたのち、バン、と机の上にそれが伏せられた。
「さあ、どう出るかな? 3、6。3、6だ。…………おっしい、3、4、だ。これはどっちも当たらないと、」
「ねぇ、よく目を見てみなよ」
「は?だから3、4だ……って、3、6?! んなまさか!」
「当たったから、これは貰っていいんだよね」
テーブルの上の袋をつかもうとしたアルフレッドの手を、賽振りの手が引き留める。その顔は今までの愛想のよさが剥がれおち、見開かれた眼だけが爛々と輝いていた。
「おい兄さん、あんたどんなイカサマしやがった?」
「してないよ、イカサマなんて。大体、サイコロもカップも君が持ってたんだから、そんなことできるわけないだろ」
「ああ、できねぇよ、できねぇ筈だからどんなイカサマしたって聞いてんだろ。このサイコロはなぁ、」
「ねぇ、それ以上続けると自分が不正してたこと認めることになるけどいいの?」
アルフレッドの言葉に賽振りの表情が凍りついた。やっぱりしてたんだ。カマ賭けだったのだが、図星だったらしい。アルフレッドはただ、熟練の賽振りになれば出る目くらい自由に操れるという話を聞いたことがあっただけだ。本来それは不正ではなく技巧と呼ぶべきものであるが、アルフレッドのようにサイコロを振る前に賭ける数字を伝えており、それを意図的に出さないのは賭けの公平性を欠くだろう。
項垂れた賽振りがアルフレッドを上目遣いに見た。
「なあ、ホントにどんな手を使ったんだ?俺はあの時確実に3、4を出したはずなんだ。その金の倍払う、種明かしをしちゃぁくれねぇか?」
「別に、種なんてないよ」
「じゃあどうやって!」
「生まれつき、運だけはいいんだ」
そう言い残して、アルフレッドはコイン50枚を手に人ごみにまぎれて行った。
アルフレッドと賽振りがそんなやりとりをしている間にも、アーサーの連勝記録は伸び続けていた。
先ほどまでアーサーと勝負をしていた大男はすっかり身ぐるみを剥がされて店の外に転がっており、今は我こそはと名乗りを上げた賭博師達と勝負をしている。
「フラッシュ」
「げぇ」
広げられたカードに相手の男が呻いた。目の前に積まれた大金がアーサーの側に流れていくのを恨めしそうな目で見ている。
「お前、イカサマでもしてんじゃねえだろうな」
「イカサマ……?」
アーサーの瞳が一見剣呑に、腹のうちでは獲物が罠にかかったことを喜ぶ密漁者の悦びの色に輝いた。それは連勝を重ねるアーサーに対して誰しもが抱いた感想だろう。だが、それを彼に直接問うのは危険すぎる。
なんたって彼は舌先だけで黒を白に変えられる人なのだから。
「お前は自分よりカードが強い奴全員をイカサマ師呼ばわりするのか?」
「お前の勝ち方はイカサマしてるようにしか見えないって言ってんだよ」
「ほう、どんな点で?」
「フラッシュだのストレートだの、運任せの役が多すぎる」
「多い?ストレートはまだ2回だし、フラッシュに至ってはさっきのが初めてだぞ?」
「ペアを作ったときのカードが強すぎる」
「強いペアを作らないと勝てないからな」
「とにかく、お前の引きの強さはあり得ない」
「それがあり得るからお前たちは連敗してるんじゃないのか? だいたいイカサマイカサマ言うが、証拠が何処にある? 俺は袖を振ってもお前みたいにカードは出てこないぞ」
「な!」
相手がパクパクと口を開閉する。ばれていないとでも思ってたのか、ばかめ。
ギャラリーの一人が相手の男の腕をつかんだ。ばらばらとカフスに仕込まれていたカードが散らばる。
逆転した形勢に、アーサーは優雅に足を組んだ。
「ではもう一度聞こうか。何を根拠に俺がイカサマをしてると?」
「……っ、お、お前は魔道師だろ、よくわかんねぇ術でイカサマしたにきまってる!」
わめきたてる男に、アーサーはやれやれと首を振る。軽く伏せられた瞼の奥の瞳には憐れみの色が浮かんでた。
「魔道の知識がない奴がよく同じようなことを言うんだ。術で何とかしたに違いないってな。だが、どんな術を使えばイカサマは可能なんだ? カードの柄を変えるか? 山からいいカードを上に持ってくるか? それじゃ三流の手品だな。魔道と手品を一緒にしないでもらえるか? まあ、見分ける程度の学も持ち合わせていないなら仕方ないかも知れないが」
最後にくすりと憫笑。己の言動がどれだけ相手の神経を逆なでするかを知っている上での、笑み。
「馬鹿にすんのもたいがいにしやがれ、似非魔道師が!」
「……、なら、もう一度勝負をするか?」
絶対零度の声色で問われて、男が一瞬硬直した。だが、すぐにそれを虚勢で取り繕って反論を返す。
「受けてやろうじゃねぇか。おい、立会人を呼んで来い!」
こんな賭場にも、正式な立会人というものがいるらしい。ようは双方の不正がないかを見定める審議員だ。
「で、最後の勝負、お前は何を賭けるんだ?」
ゆっくりと観衆を見回しながら、アーサーが男に問う。
「俺の全財産賭けてやろうじゃねぇか。今年13になる娘がいる。そいつもつけよう」
男が宣言した瞬間、観衆が沸き上がった。そんな中でアーサーは一人、下衆が、と呟いた。
男に対する波がいったん静まれば、その矛先はアーサーへと向く。誰もが小生意気な魔道師が何を賭けるかに注目していた。
「そうだな、俺は……」
そう言いながらアーサーは外套に手を差し入れた。何かを探るように動いていた手が止まる。それを勢いよく引き抜けば、羽撃きが響いた。
観衆から感嘆の声が漏れる。
アーサーの右腕にとまっていたのは一羽の美しい鷲だった。黄金の瞳の代わりの空色を眼窩におさめた鷲が、品定めをするように男を見る。
「こいつでどうだ? もちろん、俺が今日勝った分の金もつけよう」
「はっ、どんな手品かしらねぇが、いい鳥だってことは認めてやるよ」
かくして、立会人のもとでのラストゲームが始まった。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
テーブルに投げ出されたカードに、誰もが言葉を忘れた。カードにおける最高位の役。通常でも滅多に出る役ではない。
その組み合わせを、アーサーはカードを一枚も交換することなく作り上げた。つまりは、カードが分配された時点でその全てのカードが揃っていたということ。
それが起こる確率は、天文学的数値になる。
「不正は、見受けられませんでした」
立会人が静かな声で告げる。冷静さを取り繕った声の節々に、驚きが見え隠れしていた。
その宣言を聞いたアーサーがもうここには用無しとばかりに獲得した金をしまって立ち上がった。厭いた椅子の背を止まり木に勝負の行方を見守っていた鷲が羽ばたいてアーサーの肩に移る。
「ラストの賭け金はいらない。そうだ、すべてあんたの娘に渡したってことにしておこう。それでいいな?」
立会人に確認をとって、アーサーは誰もが茫然とする中を凱旋し、店を去って行った。
「もー、恋人を賭けるとか、君何考えてるの」
肩に乗ったまま鷲がしゃべりだす。誰かに見られたりしないかと焦ったアーサーだったが、夜風が吹く通りに人影はない。
「あの流れは俺の方も人間を賭けなきゃ治まらなかっただろうが。それとも俺自身を賭けても良かったか?」
「そんなことしたら一カ月は口きかなから」
「だろ? 俺だって負けるつもりはさらさらなかったしな」
「勝ち負けにかかわらず、自分を切り売りするのはやめてくれって言ってるんだよ」
鷲がアーサーの肩を離れてふわりとアーサーの2,3歩前にでた。瞬きにも満たない時間を介して、鷲が青年へと姿を変える。それは鷲が青年になったというよりも、鷲がいた位置に青年が出現したと言った方がしっくりくるほどに刹那の出来事だった。
「お前を物扱いしたことを怒ってるなら謝るから、アルフレッド」
「俺が怒ってることはそういうことじゃないよ」
「じゃあ何なんだよ」
「何であんな状況を作るまでやっちゃうのさ。うまくあしらうことも覚えてよ。大体、最後のゲームは必要なかったろ」
「俺のプライドにかかわる」
「あっそ。いかさまバンバンしてたくせによく言うよ」
「3回に2回くらいだぞ?」
「十分多いよ」
「最後のはイカサマじゃなかったんだし、いいだろ」
「ホント、よくあんなの引き当てたよね」
「ま、運が良かったんだろ」
それに、とアーサーがアルフレッドに追いついてその手を取った。
「俺には幸運の女神がいるからな」
「俺は女じゃないって」
「語呂が悪いだろ」
「はいはい、で、後ろからついてきてるのはどうすればいい?」
「やっぱり来たか」
「あれだけ騒げば当たり前だろ」
「面倒くさいからまくぞ」
「やーなこった☆」
「なっ!?」
「君はさんざん楽しんだからいいかもしれないけどね、俺はあんなところに連れてかれたせいで鬱憤溜まってるんだよ」
「仕方ねぇなぁ」
穏やかな夜の散歩は5分弱で終了。
「じゃ、少し遊んで帰るか」
「やった!」
「ただし、つまみ食いはするなよ」
「えー、分かったよ……、その代わり宿に戻ったらお腹いっぱい食べさせてもらえるんだろうね」
「もちろんだ」
さあ、こんな月夜だから。少しだけ寄り道をして帰ろうか。
manaさま、リクエストありがとうございました。
「羽撃く〜」の二人で毒舌を吐く英と呆れまくってる米とのことでしたが、こんな感じでいかがでしょうか。確実にmana様のイメージされていたものの斜め下を行った自信があるのですが(笑)
では楽しんでいただけましたら幸いです。書き直し承ります(10/06)