保健室≒貴方と会える場所

「痛た……」

アルフレッドは怪我による熱をもった額をハンカチで押さえながら保健室へと向かった。
職員室などと同じ棟にあるそこは、はっきり言って遠い。
これまでの道のりでどれほど注目を浴びたことか……。
ため息をついて、アルフレッドはノックもせずに保健室のドアを開けた。

保健室入り口の正面におかれたデスクでは、色素の薄い髪を持った男が漫画らしきものを読んでいた。
男がのろのろと顔を上げる。
さして驚いた様子もなく、さぼっていたことを見つかったことに対する焦りもない。
くわぁと欠伸さえして見せた男が退屈そうな赤眼をこちらに向ける。

「ジョーンズ、部屋に入る時はノックしろって言ってんだろ」
「そんなの今さらだろ?」
「ま、ノックもしねぇでこの神聖な保健室に入ってこれるのはお前とあいつくらいだからな」
「わかったらさっさと診察してくれないかい? 俺今怪我人なんだけど」

押さえた額は今もじくじくと痛む。
だが、やる気なさげな保険医・ギルベルトはアルフレッドからふい、と目をそらして漫画へと戻してしまった。

「聞いてるのかい、ヤブ医者」
「へいへい」

ギルベルトが読んでいた漫画を閉じて立ち上がった。
救急箱を取りに行くかのと思えば、漫画を持って保健室を出て行こうとする。

「ちょっと!」
「ったく、ぅるせえ餓鬼だな……」

半眼でアルフレッドをじとっとにらんで、ギルベルトはわざとらしく溜め息をついた。
漫画をメガホンのように口の横に添えて、保健室の左手にあるベッドに呼び掛ける。
三つのベットが置いてあるそこは、一つだけカーテンが引かれていた。

「カークランド。怪我人だ。手当してやれ。ベット貸してやってるんだからこれくらいしろよ」

カーテンで仕切られた向こう側から生返事が聞こえたのを確認して、ギルベルトがケセセと独特の笑い声を上げる。

「これでいいよな。俺は面倒だから屋上にでもいくぜ」

そう言い残して今度こそギルベルトは保健室から出て行ってしまった。

あのヤブ医者……とアルフレッドが苦いものを噛み締めていると、シャッとカーテンのひかれる音がした。
ベットの上に乗ったままの少年が面倒くさそうな顔でこちらを見ていた。
寝癖の付いたアッシュブロンドがはらりと頬におちる。

「またお前かよ……」
「そういう君はまたさぼりかい? アーサー」

どうせまた授業がつまらないだとかよく分からない理由でサボって寝ていたのだろう。
アーサー・カークランドはここに住み着いているのではないかと思うほど高確率で保健室で寝ている。
少なくとも、アルフレッドが来るたびに保健室にいることは確かだ。
ベットから降りたアーサーが肩を伸ばしながらこちらにやってくる。

「今度は誰だ? ジェニファー? アイリーン? ニコラにも手ぇ出してたよな、お前」
「残念、全員外れだ。Cクラスのキャシーにやられた」

救急箱を開けたアーサーが馬鹿にしたように笑った。

「だから手当たり次第に女に手を出すのは止めとけって言ったんだよ。ほら、傷口見せてみろ」

アルフレッドを診察用のベットに促しながらアーサーが言った。
アーサーの言葉に従い、額を押さえていたハンカチを取り払う。

アーサーが傷口に触れないようアルフレッドの髪を掻きあげて、軽く上向かせた。
もとより華奢な体つきのアーサーは、下から見上げると首から顎にかけての線の細さが際立つ。
女の子でもなかなかこんなに細い子っていないよなぁと、アルフレッドはぼんやりそれを見上げた。

「うわっ、バックリ割れてんな。いったい何投げられたんだよ、ったく。折角の色男が台無しだぜ」

傷口を確かめながらアーサーが軽口をたたいた。

「缶ペンケースがあんな凶器になるなんて思ってもみなかったよ……」
「あー、割と重いし硬いからな。目に当たらなくてよかったじゃないか」
「そーゆう問題でもないんだぞ。額だから血はだらだら出るし……どっちかってと周りがパニックになっちゃってさ」
「血に免疫がないんだろ」
「そう言う君はものすごくあるよね……」

当人たちを置き去りに阿鼻叫喚と化した教室からアルフレッドはこっそりと抜け出して保健室に来た。
今事はどんなことになっているのやら。
そんなことを思いながらアルフレッドは大人しくアーサーの治療を受けていた。

ふと、傷口を押さえていたハンカチに目を落とすと鮮血で真っ赤に染まっている。
あー、結構お気に入りだったのに。

「こら、下向くな。……少し沁みるぞ」
「痛゛っ」

少し、なんてものじゃなかった。
悶えようにもアーサーががっちりと頭部を固定してしまってるから、それもできない。
手早くガーゼーを張り終えたアーサーがようやくアルフレッドを開放した。

「これでよし」

少し手荒にガーゼを叩かれた。駆け抜けた痛みにアルフレッドが声もなく悶える。
その様子を見たアーサーが心底楽しそうに笑った。

「ひどいじゃないか……」
「これに懲りたら女遊びもほどほどにしておくんだな」
「まったく、何がいけないんだろうな……」
「お前のその態度以外にあったらぜひお聞きしたいものだ」

使った薬品を片付けながらアーサーが皮肉交じりにそう返した。

「俺としては誠意をもって接してる、つもりなんだけど」
「ころころ女変えやがってよくそんな口が聞けるな」
「だって楽しめるときに楽しんでおきたいじゃないか!」

額のガーゼを気にしながらアルフレッドが唇をとがらせる。
その様子にアーサーが幼子をたしなめるような顔で言った。

「別に今だけが花じゃないだろ。大学に行ってからだって女は作れるだろ」
「俺にとっての青春は高校だけなんだよ」
「どうして」

やることが無くなって手持無沙汰になったアーサーが近くにあった丸椅子の腰掛けた。
アルフレッドが足を揺らしながらどこか遠くを見て口を開いた。


「俺、医大に行きたいんだ。
たくさん勉強して、いい医者になりたい。だから大学じゃ遊んでる余裕なんてないんだよ。
医者って正規に働けるようになるまでに時間がかかるから、それまではやっぱり遊んでられないしね。
で、医者になれたら医大の方で少し働いて、最終的にはアフリカに行きたいんだ」


「MSFか」

Medecins sans Frontiers
国境なき医師団

アーサーの呟きに、「そう」とアルフレッドは屈託のない笑みを浮かべた。

「困っている人を助けるのがHEROの役目だろ?」

語られる夢物語。
アルフレッドの瞳は輝いていた。

「それと、俺、結婚するつもりないんだ」

唐突にそう告げる。
聞いてもいないのにアルフレッドは説明を始めた。

「やっぱり向こうって危ないだろ。
いつ病気になるか分からないし、いつ紛争に巻き込まれるかもわからない。
そんなところに大切な人は連れて行けないよ。
だから俺はずっと独り身なんだ」

だから

「今くらい女の子と目いっぱい遊んどかないと」
「遊んでるって自分で言ってんじゃねえか……。ま、相手を見つけるとしたら同じ志を持ってるか、地元で探すかだしな」
「なかなかそう言うのも難しいよ。やっぱり賛同してくれる人は少ないし。親なんて猛反対さ」

アルフレッドはわざとらしく肩をすくめて見せた。

「まあ、ほんとは理解してくれる人がいたらきっと心強いとは思うけど。きっと見つからないよ、そんな人」
「じゃあ、」

アーサーがそう言いかけて口をつぐんだ。
不自然な間にアルフレッドが怪訝そうな顔でアーサーを見る。
彼の緑の瞳は、酷く感情が読みづらい。
今この時も、瞳の奥には怪しげな光が揺れていた。

その光に気を取られていると、ぐい、と彼の顔が間近に迫った。
薫った甘い匂いにくらりとした、その瞬間に。

唇が触れあった。

羽毛で撫でたような軽さで、けれど確かに唇が重なった。
アルフレッドが茫然としている間に、彼が目を覗き込んできた。
身じろきをしようとすれば、動きを封じるように足の両脇にアーサーの手があった。


「俺にしとけよ、なあ」


深い緑の瞳の水面を、感情がはねて飛沫を上げた。










知り合いの話を無理やり米英変換。
続きを書くとしたらノンケ米を落とすために英が奮闘する話、って言ったもののまだ書いてない。(09/12)

Q.何でプロイセン? A.マリアだからです。