アーサーは今し方届いたばかりの宅配物を膝の上に置いた。
両手に収まるくらいの箱型のそれに張られた伝票をなぞる。
ここの住所と、差出人の名前が丸みを帯びた子供っぽい文字。
いつまでも筆跡の変わらない奴だと一人で笑った。
茶色のそっけない包装紙を解いて箱のふたを空けた。
中に入っていたのは透明な小瓶だ。決して華美なものではない。むしろ、簡素過ぎるといってもいい。
当たり前だ。目的は、瓶本体ではなくて、その中身なのだから。
入っているのは砂と貝がら。
瓶の底から1,2センチほどの高さまでが砂で満たされており、その砂に埋没するように小さな貝殻が、巻貝と二枚貝とが一つずつ入っている。
「海か。久しぶりだな」
瓶を光にかざして、アーサーは呟いた。
今度はどこの海だろう。地中海か、カリブか、東南アジアか。
行ったこともない海へと思いをはせる。
その美しさを堪能した後、瓶をサイドテーブルに置いて、アーサーはもう一度箱をあさった。
瓶が割れないようにと緩衝剤代わりに入れられた沢山の裂いた新聞をかき分けると、まるでそれらの中に隠すように入れられていた封筒が姿を現した。
こちらも、地味な白い封筒だ。
昔は封筒や便箋までも選りすぐりのもので、毎回それを楽しみにしたものだったのに。
たった数年前を懐古しながら、アーサーは慎重に封を空けた。
たとえ、どんな素っ気ないものだったとしても、それを破くのはいやだった。
中に入っていたのは便箋一枚っきり。
これも、昔は何枚も、それこそ封筒に入り切らないくらいの手紙をくれたのに。
伝票と同じ筆跡で書かれた短いそれに目を通す。
親愛なるアーサーへ
今はカナダの“Basin Head Beach”ってところに来てるよ。
歩くときゅ、きゅ、って音がするんだ。
鳴砂って言うらしいね。
折角大陸に戻ってきたし、近いうちに行くよ。
この手紙とどっちが早いかな?
じゃあ、君の未来の成功を祈って
アルフレッド
動向を伝えるには短すぎる手紙を、何度も読み返した。
近いうちに行くよ、その一文を指でたどる。
早く来い。早く来い。
「あー、負けちゃったか」
突然背後で声がした。幻聴?いやまさか、
ぐい、と車輪を回転させて体ごと声のした方に向く。
開け放たれた窓に手をかけて、待ち望んだ彼が立っていた。
吹き込む潮風が、明るいブロンドを揺らす。
「アルっ!?」
「戸締りはちゃんとしておいた方がいいぞ、アーサー。窓の鍵が開けっ放しじゃないか」
おかげで入れたからいいけど、と続けたアルフレッドにアーサーが驚きに口をパクパクと開閉した。
「なんだい?魚みたいだぞ」
「おまっ、ここ3階……」
「庭の木を登ったらこれたんだぞ」
「玄関から入ってこいよ、ばかぁ」
じゃないと心臓が持ちそうにない。未だにバクバクと早鐘を打っている。
「とにかく、元気そうだね。俺の人魚姫?」
「お前、まだそんなこと言ってたのかよ……」
アーサーがわずかに顔を赤らめながら、呆れたような体を装って言った。
「あの出会いは相当ショッキングだったからね」
アルフレッドが屈託なく笑う。
そんなアーサーとアルフレッドの出会いは、十年ほど前にさかのぼる。
夏の休暇を利用して、アルフレッド少年は両親とともにこの海辺の街を訪れた。
街に到着したのは夕暮れであったが、見慣れない海に興奮したアルフレッドは一人で海辺へと向かった。
細かい砂に足を取られながらも辿り着いた海はうつくしかった。
広大な空と海の狭間へと沈んでいく、真っ赤な夕日。
鮮やかな赤に染まった海と、空と、自分自身。
その光景に、呼吸さえも忘れた。
そんな時、海岸の外れの岩場に何かを見つけた。
人魚が倒れてる。そう思った。
夕日色に染まった髪を潮風に遊ばせて、一匹の人魚が浜に打ち上げられていた。
「あのときはホントに人魚だと思ったんだって!」
「あれは転んで車椅子に戻れなくなってただけだ。だいたい、なんで俺が人魚に見えるんだよ」
「あのときはそう見えたんだから仕方ないじゃないか」
なんてことはない、岩のせいで倒れた車いすと下半身が隠れていて見えなかっただけのこと。
当時アルフレッド少年が十歳に満たなかったとはいえ、人魚を信じるほど子供ではなかったはずなのに。
それでも、アーサーを初めて見たとき彼が人魚であることを疑わなかった。
好奇心だけで人魚に近づいて、車椅子に戻れなくなっていたアーサーを助けたことが、二人の交流のきっかけだ。
この街を出ることの叶わないアーサーに外の世界を持ち込もうと、アルフレッドは時折例の小瓶を送る。
中身は今回のように砂や貝殻だったり、内陸に行ったときは美しい石だったり、その地方の郷土品だったりもする。ある時は宝石の原石が入っていたこともあった。
「俺的には、君はやっぱり実は人魚なんじゃないかなって思ってるんだけど」
「ばぁか、俺は人間だっての」
アルフレッドの目があまりにも真剣で、少し吹き出してしまった。
お前は一体何年俺を見てきた?
「本当に人魚だった方がどれだけましか。声と引き換えに健康な脚が手に入るんだぜ?」
自由に歩ける足が欲しい。
できることなら、こいつと一緒に旅をしたい。
できることなら、こいつと同じ景色が見たい。
できることなら、
できることなら、
そうアーサーが言えば、アルフレッドは予想に反してなんとも複雑な顔をした。
「それは、困るなぁ……」
「何だよ、俺みたいなのは車椅子の上がお似合いだってか?」
「違うよ。このネガ思考」
うる、っと涙腺を弛めるアーサーにアルフレッドは大袈裟にため息をついて見せた。
「声と引き換えとか、言わないでくれるかい。俺は君とこうやって話をするのが好きなんだけど」
Don`t you? 〈君は違うの〉 と問われれば、アーサーはNO 〈違わない〉 以外の返答を持ち合わせていない。
「車椅子だって旅はできるよ」
「いつか一緒に旅をしよう?」
「君に見せたい景色がたくさんあるんだ」
「ねぇ、アーサー」
アルフレッドはボロボロと泣きながら頷くアーサーを見つめて、愛おしむように微笑んだ。
「とにかく、今回の旅の話を聞いてくれよ! 写真もたくさん撮ってきたから!」
だからそんなに泣かないでよ。
俺に出来ることは何だってするから。
できるならいつでも笑顔でいて、俺の人魚姫。
丁:Den lille Havfrue 邦題:人魚姫
あいも変わらず乙女標準装備の英でした。
人魚姫は
「好きな人を喜ばせるために自分を変えようとすることのリスク」
を暗示してるって何かで読んだので。
米はきっとそこまでして好きな人に変わって欲しいとは思わないよなって思ったのがきっかけです。
そんな問題HEROが吹き飛ばしてやるんだぞ!
みたいな感じで(08/01)