「11月11日はポッキーの日なんですよ」
そう言って、日本はこれ以上ないほど晴れやかな表情で笑ってみせた。
日本から渡された赤い箱を両手で握りしめたイギリスは、神妙な面持ちでそのパッケージを見つめてた。チョコレートでコーティングされたプリッツェルを数字の1に見立てれば、なるほど、今日の日付はこの菓子が4本並んでいるようにも見える。
語呂合わせや数字の字面から記念日をつくる発想は面白いとは思う。
当の日本は
「製菓会社の陰謀ですねぇ」
と苦笑していたが。
そういえばこの国の製菓会社はバレンタインを恋人の日に変えたほどの影響力を持っていたはずだ、と思いだして一緒に苦笑した。
その時にした会話が、まだイギリスの頭の中をぐるぐると回っている。
イギリスがバレンタインの件を指摘すると、日本は苦笑を深めて言った。
「どうも私の家の方々は恋人同士のイベントに弱いようでして」
「恋人? チョコレートの日じゃないのか?」
「本来はそうなんですが……一部の方々の間では臆面なくキスできる日として定着してますねぇ」
「キス?」
チョコレートとはあまり結びつかないような単語にイギリスが首を傾げると、日本はまた笑って口を開いた。
その笑みが若人を見守る老成したものから、光る液晶を前にした時のものに変わったように見えたのは気のせいだ、きっと。
「これを使った遊びで、ポッキーゲームというものがあるんです。ポッキーの両端を二人でくわえて、そのまま手を使わずに食べて行って折ってしまった方が負けというルールなんですが、負けないようにと折らずに食べていくと、」
最後まで言い切ることはせずに、その先を仄めかすように日本は言葉を切った。意味深に微笑まれずとも、予想など簡単で。
なるほど、と納得したまではよかった。
その会話のあと、よろしければイギリスさんもどうぞと赤い箱を渡されてしまって。
どうぞ、って、どっちの意味でだ?!
この旧友はイギリスとアメリカの仲も知っているわけで。長い付き合いであるのにキス一つねだれないイギリスを揶揄ってるのではないか、なんて、この友人に限っては絶対にないと言い切れる選択肢まで、数百年単位で思考に染みついた悲観主義ははじき出していた。
その後、曖昧に日本と別れてからも、その意味深げな発言の判断はつかなくて。
かれこれ数十分は、赤のパッケージとにらめっこをしただろうか。
「何やってるんだい、イギリス?」
背後からかけられた声に、イギリスは思わず手の中の箱を握りつぶしそうになった。こいつの不意打ちはいつものことで、さすがに奇声を上げることだけは免れたが、跳ねあがった心拍数に頭が一瞬真っ白になる。
「な、ななな、なんだ、アメリカ?!」
振り向き様にかけた声には動揺がありありと浮かんでいて、焦っていることがバレバレだった。
一方背後に立ったアメリカと言えば、そんなイギリスの態度に怪訝そうな顔をしながらも、いつもと変わらない声で返答を返した。
「さっきからずっとぼーっと立ってるから何してるのかなって思ったんだけど、それ、日本のところのお菓子かい?」
「あ、ああ、さっきもらったんだ」
「ポッキーかぁ。俺も好きだけど、もっと甘くてもいいと思うんだよね」
そんなんだからメタボになるんだと戒めようとして、イギリスははたと箱を見下ろした。日本が折角くれたんだし、年に一度の記念日なのだから、あの、その、今日くらいは、強請ってもいいだろうか。
頬を赤らめて、視線を逸らして、なんて、そんないじらしい仕草は似合わないことを知っているから、イギリスは挑発的な笑みを浮かべてアメリカを見た。
「アメリカ、ゲームしないか?」
「ゲーム?」
「ああ、ポッキーゲームって言って、」
ゲームという言葉に興味を示したアメリカに、先ほど日本から聞いたゲームの説明をする。もちろん、それの最終目的がキスであることは伏せて。
ゲームと名のつくものでアメリカが躊躇することはないだろうと思っていたのだが、アメリカはイギリスの説明に少し眉をひそめて見せた。
「えー、面白いのかい? それ」
「やてみなきゃ分からねぇだろ? な、ためしにやってみようぜ」
「うーん」
まだ渋るか。ならば奥の手を使おうか。
「なんだよ、もしかして勝つ自信がねぇとか?」
相手を挑発させる方法、相手の神経を逆なでする方法、そんなことにばかりに特化してしまった性格を活用してイギリスが笑えば、アメリカは案の定ムッとした表情を作った。
単純な奴。
いつだって自分が一番じゃないと気がすまない奴は扱いやすい。
「仕方ないなぁ、一回だけだからね」
「おう!」
アメリカの了承を勝ち取ったイギリスはいそいそとパッケージを開けて中の個包装を取り出した。その袋も破って取り出した一本を、アメリカの方へと突き出す。
アメリカはまだ何か言いたげな表情をしていたが、それ以上言葉を重ねることもなく、大人しくポッキーの端を銜えた。
ポッキーから手を離して、イギリスも反対側を銜える。ポッキー一本分の距離は予想以上に短くて、近すぎる端整な顔に胸が高鳴った。青い眼が確かめるようにイギリスを見る。それをスタートと取ったイギリスが、さく、プリッツェルの露出した部分を少しだけかじった、その時、
ボキ、
と、早々とゲームの終わりを告げる鈍い音がした。呆然としたイギリスの唇から短くなったポッキーが落ちる。チョコレートのコーティングされた部分とむき出しになったその境界部分で器用に折られたポッキーの残りを、アメリカは手を使わずにサクサクと食べきってしまった。
「あ、ああああああああああ、お前っ、折ったら負けって言ったじゃねぇか!」
「別に、負けでいいよ」
「アメリカっ、もう一回っ!」
「えぇー、一回だけって言ったじゃないか」
唇を尖らせるアメリカに、意地でも延長戦に持ち込もうとするイギリスがもう一度ポッキーの箱を取った。それをアメリカが取り上げる。そのまま袋から残りのポッキーをすべて取り出し、ザクザクザクと3口で口内におさめてしまった。もう一つの方の個包装も同様に処分して、もぐもぐと咀嚼する。
大量に口に含んだためにリスのような状態になっているアメリカに、そんなにポッキーゲームが嫌だったのかとイギリスは涙目になった。
「そんなに嫌だったならやるなよ、ばかぁ!」
君が強引に誘ったんじゃないか、と、そんな正論を口内のポッキーとともに飲み込んで、アメリカは俯くイギリスの頬を両手でつかんで上向かせた。その小振りな唇にキスを落とす。
軽いリップ音を立てて唇を離せば、ぽかんとした表情のままのイギリスが見上げてきた。徐々に頬に朱が差して行って、ある瞬間にぼんっ、とオーバーヒートする。
「なっ、え、なん、」
「キスしてほしいなら素直にそう言えばいいのに」
からかうような口調なのに少し拗ねたような声が、笑顔のはずなのに少しむくれたような表情が、ポッキーなんて小道具を使おうとしたイギリスを責めるようで、それ以上何も言えなくなってしまった。
「う、あ、えと、」
ああ、キャパシティーオーバーになると無意味な言葉を重ねてしまう癖をなんとかしないと、なんて現実逃避をして、一呼吸置くだけの余裕を作る。
アメリカが望んでいる言葉も、イギリスが望んでいる行為も、結局は一緒なのだから。ああ、でもやっぱり恥ずかしい……。ともすれば空気に溶けてしまいそうな小さな声で、イギリスはたった二単語の言葉を発した。
「
one more……」
どんな小さな声でも拾ってくれるという確信がある。
アメリカはその確信を裏切らずに「OK」と笑ってもう一度イギリスにキスを落とした。
ちっ、と小さく舌打ちをして、日本は超望遠レンズを取り付けたカメラから顔を上げた。
「ポッキーゲームは少しずつ相手の顔が近づいて来るのがいいんでしょうがこのすっとこどっこい」
誰にともなく悪態をつきながら、カメラに収めた写真を確認する。唇が触れ合いそうなギリギリのものが撮りたかったのだが、お互いにポッキーを銜えてすぐにアメリカが折ってしまったために、二人がポッキーを銜えている写真も数枚しか撮れなかった。
「ああ、でもこれは結構よく撮れましたね。まあ、今回はこれくらいでいいとしましょう」
少しばかり未練の残る吐息を吐いて、日本は撮影器具の片付けを始めた。どれも安くはない機材であるからと、丁寧に進めていた作業の手を止めて、日本がふと顔を上げる。
「一枚1000円からでいかがです?」
カメラをかざしながら笑う日本は、それはそれは愉しげだった。
昨日、ポッキーの日に何か書かないんですかーとコメントをいただいたので、全く予定はしていなかったのですが思いっ切って書いてみました。構想半日くらいなので、いろいろおかしくても気にしないでください。
「本田フラッシュ」「安心の本田オチ」そんなものに憧れて最後があんな感じになりました。
とりあえず、祖国よ、10枚買おう(11/11)