「はぁーい、世界の恋人、フランスお兄さんだよ。今日は俺んちの素晴らしい食文化を紹介するためにお料理教室を開きたいと思います!」
清潔そうな白いシャツにギャルソンエプロン姿のフランスがフライパンを片手にそう宣言する。
その後ろでシンプルな黒のエプロンをつけたイギリスが虚空に話しかけるフランスを奇怪な目で見た。
「誰に向かって話してんだ。妖精さんはそっちじゃなくてこっちだぞ」
「こんな時まで幻覚かい? イギリス」
「幻覚じゃねぇよ、ばかぁ!」
恒例となりつつある言い合いを繰り広げるアメリカとイギリスにフランスは軽くため息をついた。
まだ始まってもいないのに賑やかな奴らだねぇ。
「だいたい、フランスも料理をするのにこの人を呼ぶって無謀過ぎじゃないかい?」
「いやいや、こいつにも作れる簡単な料理を紹介することでもっと気軽にフランス料理に親しんでもらおうっていうね、」
「で、本音は?」
「ここは米英サイトなの! 俺としても食材が暗黒物質に変えられるのは不本意なんだからな! もうあいつ抜きでやろうぜ、お兄さんとしては仏米も大歓迎よ」
「気持ち悪いこと言わないでくれるかい。首まで鳥肌立ったんだぞ」
嫌悪を前面に押し出した表情でアメリカが後ずさる。そんなアメリカに苦笑をにじませつつ、フランスは距離をおこうとするアメリカをちょいちょいと呼び寄せた。
疑り深い目のままアメリカがもとの位置まで戻ってきた頃を見計らってフランスが話を続ける。
「今回作るのは『クロックムッシュ』って言って、簡単に言うとpain perduの一種かな?」
「パン、ぺ……?」
「英語で言うとフレンチトースト」
「ああ、フリーダムトーストのことか」
「反仏活動マジやめて」
注釈として。某戦争問題をめぐってアメリカとフランスの関係が悪化した際に、その反発としてアメリカはフレンチと名のつくものをフリーダムと言い換えていたことがある。フレンチトーストのフレンチって人名から来てるらしいんだけどね。
「もう少し有名な料理にしようとは思わなかったのかい?」
「やー、管理人の得意またはお勧めの料理のレシピで、って言われたんだけど、管理人が基本自炊しないから得意料理とかなくってさー。あと大雑把過ぎてまともなレシピとかないし? まさかカボチャピューレを混入しただけのカボチャシチューとか、キャベツ丸々1玉投入されてるロールキャベツ――あれ? これもはや巻いてないよね? ロールしてないよね?――とかお勧めするわけにはいかないし? まともにレシピがあって見栄えのする料理ってこれくらいしかなかったんだよね」
「うん……了解」
「さて、ぐだぐだ話してないでそろそろ始めますか。あそこで宙に向かって話しこんでる坊ちゃんも心配だしね」
「まったくなんだぞ」
0.材料
「今回はハムチーズとツナトマトの2種類を作るよ。
食パン(8枚切り) 作る個数×2枚
卵 適量
牛乳 適量
┗ハム 適量
チーズ 適量
┗ツナ缶 適量
マヨネーズ 適量
トマト 適量
マヨネーズ 適量
マスタード(お好み) 適量
と、こんなもんかな」
「分量が滅茶苦茶じゃないか! アバウトすぎるよ!」
つらつらと分量を上げたフランスにアメリカが反論する。だがフランスは気に留めることもなくひらひらと手を振って見せた。
「今回のは気軽に作れるおやつ感覚の料理だから、こんな感じで結構大丈夫だって。食パンもお好みで6枚切りに変更可。食べ応えあるよ。4枚切りまで行くと火が通りにくいからお勧めしないなぁ」
そう言いながら材料をテーブルの上に並べていく。瑞々しいトマト、ふっくらとした食パン、ピンク色のハム。
「あ、チーズなんかはピザ用のを使ってもいいし、市販のスライスチーズとかでも作れるよ」
「本っ当に大雑把なんだぞ……」
1.パンの耳を落とします。
「これもお好みで。今回は2種類作るから少し軽くするために耳を落としたけど、面倒とか、耳の食感が好きって人は落とさなくても問題な、ってイギリス! お前そんな包丁の持ち方したら危ないって! アメリカっ、止めろ」
相変わらず虚空に向かって話を進めるフランスだったが、パンの耳を切り落とそうとするイギリスを視界の端に止めてあわてて指示を出した。
「だってさ、イギリス」
「あ、何すんだてめぇ!」
フランスの指示に従って、アメリカがイギリスの背後に回ってその手ごと包丁を掴んだ。持ち前の馬鹿力で押さえつけられてしまえば、イギリスはそれ以上腕を動かすことができなかった。
「君、何百年って単位で料理してるのに碌に包丁も持てないのかい……?」
「煩い、こっちの方が切りやすいんだ」
「いや、坊ちゃん、それはない」
どんな料理初心者もなかなかやらないような包丁の持ち方に、フランスは心底呆れた声を出した。
「まったく、危なっかしくて見てられないんだぞ」
「え、ちょ、アメリカ?」
イギリスの手に正しく包丁を持たせると、アメリカはそのままその手をとって包丁を動かし始めた。余計な真似をしないようにと左手も掴んで、イギリスの肩越しにその手元を見る。ちょうどイギリスの真後ろから覆いかぶさるような形になっているのだが、アメリカは気にも留めずに包丁を動かした。
背後から密着する形に混乱しているのか、それとも羞恥からか、イギリスも暴れることもせず大人しくアメリカの手に従っている。
「あー、お兄さんがいることも忘れないでねバカップル」
2.食材の下準備をします。
「これもだいたいで問題なし。パンに挟んだ時にははみ出ないくらいの大きさで。パンの耳を落とさなければハムとかスライスチーズは切らなくても大丈夫だし、耳を落としても半分かそれくらいに切ればはみ出ることはないと思うよ。トマトは薄めにスライス。って言っても5〜10ミリくらいの厚さかな。トマトに存在感を求めるなら厚め、水気が気になるときは薄めに」
トマトを切る手を止めないままにフランスが作り方の説明をする。その隣で、
「あ、アメリカ、もう大丈夫だから……」
「だーめ。君に任せて怪我でもされたら俺が困るんだぞ」
先ほどと同じ体勢のままアメリカとイギリスが調理を進めていた。流石にフランスほど手際よく、とはいかないが、こちらも大きな失敗や流血沙汰はないままに調理ができている。
普段のイギリスの料理のスキルを鑑みれば奇跡のような出来事ではあるが、
「うん、とりあえずリア充爆発しろ」
一人だけ取り残された空気をまといながら、フランスが呟いた。もちろん、残る二人の耳には届いていない。
3.具をパンに挟みます。
「パンにはマヨネーズとマスタードをあえて作ったマヨマスタードをたっぷり塗る。マヨとマスタードの割合は5:1か、6:1くらいで。マスタードが苦手な人はマヨネーズで代用しよう。あ、ツナ缶とマヨネーズあえるの忘れてた。アメリカ、やっといて」
「O.K.」
イギリスから体を離しながらアメリカが返事をした。イギリスが安堵したような、少し淋しそうな顔をする。なんか腹立つからそれやめろ。
「マヨネーズの分量はどの位だい?」
「パンに塗りやすいゆるさに。ツナ缶の油はしっかり切ってね。あ、ただ、パンにもマヨネーズを塗ってあるから入れ過ぎるとカロリーが大変なことに……うん、聞いてないね」
フランスの注意を右から左に聞き流したアメリカが油を切ったツナ缶にマヨネーズを大量に投入する。本来ならここで制止に入るはずのイギリスは、未だに包丁を握ったまま惚けていて使い物にならない。
ま、メタボになるのはお兄さんじゃないし? とフランスはそれ以上の忠告をあきらめて調理に戻った。
「ハムとチーズ、ツナとトマトをそれぞれパンの上に乗せて、もう1枚で挟む。ツナトマトは先にツナを塗ってからトマトを乗せた方がいいね。あくまでサンドイッチなので分厚くなり過ぎないよう注意」
4.パンを焼きます。
「卵と牛乳を混ぜて卵液を作って、それにパンを浸す。牛乳を入れ過ぎるとパンがべちゃっとなりやすいから注意してね。もし割合が分からないときは牛乳を入れなくても作れるよ。で、熱したフライパンにバターを落として、溶けてきたらパンを入れて両面にこんがり焼き色がつくまで焼く。弱火にして蓋をするとふわっと仕上がるけど、面倒なので今回は中火で焼きあげるよ。途中で軽く押さえつけながら焼くと中のチーズが溶けて美味しく仕上がるからおすすめ。ツナトマトは水気が多いから押さえるとぐちゃっとなりやすいので、こっちも注意。あ、卵液も浸し過ぎはダメ。1枚焼いてる間に、もう1枚卵液の中に放置とかはしないでね」
ひとしきり説明を終えてイギリス達の方を見たフランスだったが、相変わらず甘だるい空間が作られていてげんなりした。
お兄さんも誰か誘えばよかったなー。日本でもカナダでもセーシェルでもとにかくお兄さんの苦労を分かち合ってくれるならだれでもいいから。
「あ、こら、強く押しすぎだ、ばか」
「えー、これくらいなら大丈夫じゃないのかい?」
「押しすぎて中身はみ出してるだろ。ほら、俺がやるから貸してみろ」
「それはだめなんだぞ。君に任せたら食材が可哀想だからね!」
あー、お兄さんの前でフライパンの取り合いとかしないで。傍から見てるといちゃついてるようにしか見えないから、ホントやめて。
「ほら! 焦げてるよイギリス」
「わ、分かってるよ、それくらい」
「早く火を止めないと君のスコーンみたいになっちゃうんだぞ」
「俺のスコーンのどこが悪いんだよ!」
「すべてがだよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いをしつつも、なんとか完成したようだ。大切な食材の暗黒物質化が避けられただけでも今回の料理教室は成功、だと言いたい。
5.いただきます!
「いただきます」
料理を前に、3人で手を合わせた。
大皿に盛られたクロックムッシュは、一目見ただけでどちらが作ったかが分かるくらいに出来栄えに差ができていた。これなら店でも出せるな、とフランスが自画自賛する焼き色も美しいものと。
所々からチーズやツナが溢れ出してしまっている、生焼け、焼けすぎなものと。
それでもお前はそっちを取るんだね。
アメリカが迷わずにイギリスの作ったクロックムッシュに手を伸ばしたのを見て、フランスは内心でそう呟いた。
ま、料理に釣られてくれるような奴ならとっくに俺の弟になってただろうし? 新大陸争奪戦の頃に思いを馳せつつ、フランスは自分で作ったクロックムッシュをつついた。
イギリスの作ったものを口にする勇気は、ない。なぜならそれを咀嚼しているアメリカの口内からじゃりじゃりと音がするから。どうせ卵の殻が入ってたとか、そんなところだろう。
「ん、君が作ったにしてはまずまずなんじゃない?」
「素直にうまいって言えよ、ばかぁ!」
「や、おいしくないよ」
「うぅ、なら食うなよ……」
「俺が処理しなかったら誰が処理するって言うんだい? 仕方ないから全部食べてあげるよ」
「…………」
そのまま俯いたイギリスの表情はうかがえない。照れて真っ赤になってるか、鬱になって真っ青になってるか、この場合は前者だろう。
「もう勝手にやってろリア充共が」
リクエスト「お料理する米英+仏」
これ、米英……? 確実に仏兄さんメインのお話になった気がします。でもこの3人組み合わせると勝手に動いてくれるからやりやすい。
作中の『クロックムッシュ』いろいろなパターンがありますが、卵に浸して焼くのが好みなのでこれを採用しました。美味しいのでぜひ機会があったら作ってみてください。
では、とま様リクエストありがとうございました。書き直し承ります(10/15)