「何でお前がいるんだよ、アメリカ」
日本と待ち合わせていたはずのバーに当然のようにいるアメリカに、イギリスは地の底から響くような声で呻いた。
「何でって、酔った君の後片付けを日本にさせるわけにはいかないじゃないか」
「すみません、イギリスさん……。大勢の方が楽しいかと思いましてアメリカさんもお誘いしたんですが……迷惑でしたか?」
ひょこりとアメリカの陰から顔を出した日本が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。そんな二人にイギリスはう、と言葉を詰まらせた。自分の酒癖の悪さを自覚していることもあるが、何よりイギリスは日本に甘い。その低姿勢でためらいがちに懇願されると、どうしたって断ることができないのだ。
折角旧友と二人で飲めるいい機会だったのに、と思いつつもイギリスはしぶしぶアメリカの同席を認めた。
別にアメリカと飲むのが嫌なわけではない。そこに、日本と一緒に、とつくことが問題なだけで。
日本に対するのとはまた異なった意味で、イギリスはアメリカに弱い。この年下の恋人はイギリスの半分も生きていない癖にやたらと甘やかし上手で。日本の前では紳士として振舞っていたいイギリスにとってそのスキルは少しばかり厄介だ。
今日はなるだけ酒量を控えよう、そんなことを思いながらイギリスは自分の酒を注文した。
アメリカの前では素面の時でもガタガタになる理性が、酒の威力に持ちこたえてくれるのかは謎だったが。
大勢の方が楽しいかと、なんて方便を使った日本の本音は他のところにある。そのために、誘わずともイギリスと飲みに行くことを仄めかすだけで、着いて行くと言い出すであろうアメリカにわざわざ声をかけたのだ。
曰く。
「新刊のネタは新鮮な方がいいですからね。協力してください」
「えー、それやるとあの人3日くらい浮上してこないから面倒なんだけど」
「こちら、新作ゲームのパッケージなのですが」
「あの人の世話を日本にさせるわけにもいかないし、仕方ないから一緒に行ってあげるよ」
「ありがとうございます」
などというやりとりがあったことなど知る由もなく、イギリスはカウンターに突っ伏してくうくうと規則正しい寝息を立てていた。
「すっかり酔いつぶれていらっしゃいますねぇ」
「いつもより飲んでないんだけど。疲れてるのかな」
そう言ってアメリカがイギリスの髪を梳く。その横顔に日本はおやおやと目を細めた。普段はあれほどの傍若無人っぷりを発揮している青年の口元には緩やかな弧が描かれていて。
随分と、柔らかい表情をなさるんですねぇ、と心の中で呟く。
この二人が会議の時や他の国といる時に見せるのはもっぱら『元兄弟ではあるけれど今はお互いにいけ好かない相手同士』の顔ばかりで、こんな関係の二人はなかなか拝めない。
イギリスの誘いを承諾したのはこれが目的であったはずなのだが、込み上げるのは穏やかな感情ばかりで、日本は手に隠し持っていたノートを溜め息と共にしまった。どうもスイッチが入らない。
孫を見守るような眼差しでイギリスとアメリカを見つめながら、日本は飲み慣れない洋酒をちびちびと飲んだ。甘いものは嫌いではないが、ジュースのような甘味には未だに馴染めない。軽食に出されたチーズも齧ってみるのだが、これが今飲んでいる酒に合うのかどうかはよく分からない。小洒落た店内の内装もどこか落ち着かず、日本はグラスの中の液体を見下ろしてため息をついた。
やっぱり私は縁側で枡酒と塩を抱えているのが性にあっているのかもしれませんねぇ。
そんなことをつらつら考えていると、ぅん、とイギリスが身じろぎした。アメリカがばっと身を離したかと思うと、カウンターに向き直ってイギリスになど目もくれずに酒を飲んでいたようなポーズをとる。
そんな所作が微笑ましく、日本はくすりと笑みを漏らした。アメリカがじとりと横目で睨んでくるが、その縁が赤く染まっているせいであまり迫力がない。
「ん、俺、寝てたか?」
寝起き特有の掠れた声でイギリスがアメリカに問いかける。カウンターに伏せたままアメリカを上目遣いに見上げる様は妙に婀娜っぽい。
「そりゃもうぐっすりと。君、自分から誘ったのに日本ほったらかしで何やってるんだい?」
「んだとこらぁ!」
がばっと身を起して叫んだイギリスはまだどこか舌足らずだ。そんな状態のイギリスを前にしてもアメリカの対応が変わらないのは長い年月の賜物だろうか。
アメリカの反応が面白くなかったのか、イギリスはまたカウンターに突っ伏すと一言、
「酒」
とだけ言った。そんなイギリスにアメリカが軽く眉をひそめる。
「えー、君まだ飲むの?」
「うっさい、お前だって飲んでるだろ」
「俺が君と同じ量飲んでるとでも思ってるの?」
「だいたい何だよ、その色」
アメリカの皮肉をひょいと避けて、イギリスはアメリカの飲んでいる黒褐色の酒を指し示して言った。
「脈絡なさすぎなんだぞ、酔っぱらい。あとこれはラムコーク。色は黒くて当たり前だろ」
「ラムコークぅ? 憩いの水にコーラ入れるなんてなんてことを……! ラムっていうのはなぁ、こうストレートでぐいっと飲むもんなんだよ!」
「うわぁ、出たよ海賊紳士……。大体ラムっていったらこっちの飲み方の方が今は主流なんだぞ」
「あの、すみません、お二人の会話についていけないのですが……」
その手の分野に明るくない日本には酒の種類について討論していることくらいしか分からず、困惑した表情でイギリスとアメリカを見た。
「ああ、えっとね、今俺が飲んでるのが『ラムコーク』って言って、ラム酒とコーラのカクテル。で、「憩いの水」って言うのはイギリスの家での昔のラム酒の呼び方で、昔はこれをストレートで飲んでたらしいよ」
「そもそも酒にコーラ入れるって発想が間違ってるだろ。邪道だ、邪道」
「はいはい、分かったから」
まだぶつぶつと不平を呟いているイギリスの頭をポンポンと叩いて、アメリカはまだグラスに半分以上残っているカクテルに口をつけた。
そうこうしているうちに、イギリスの前にグラスが差し出される。
「げ、君いつの間に注文してたんだい? しかもウィスキーのロックだし。もうやめときなよ」
「煩い」
ひらひらと払うように手を振って、イギリスは上機嫌でグラスを取った。それをアメリカがまったく、と溜め息交じりに見守る。
ああ、こういう関係もいいですねぇ、と日本がほくほくとした表情で二人を眺めていることにはどちらも気づかない。
ふと何かを思いついたようにアメリカが自分のグラスを持つ手とは反対の手でイギリスからグラスを奪い取った。それを一口含んで、大袈裟に眉をひそめる。
「それにしても、よくこんな度数高いお酒ロックのままがぶがぶ飲めるよね」
「あっ、アメリカ、返せっ」
酒を取り戻そうとイギリスが手を伸ばすが、遠ざけるように両手を掲げられてしまえば体格差は圧倒的で届かない。じだじだともがくイギリスにアメリカが声をあげて笑った。
「ほらほら、頑張れ、あと少しなんだぞ、イギリス」
「っ、くっそー、このっ、はっ、くそっ!」
どうやっても届かないことを悟ったイギリスがむぅ、と半眼を作った。その下の唇が、いやな笑みを浮かべる。その緑眼が、キラン、と光ったかと思うと、イギリスはグラスに伸ばしていた手をアメリカの脇腹に伸ばした。
「これでどうだ!」
「えっ、ちょ、くすぐった、やめ、イギリスっ」
酔っぱらいがじゃれあう背後で日本がカウンターに伏せてすごい勢いでテーブルを叩いているのだが、程よくアルコールが回っている二人は気付かない。
「っよし!」
「ちょっと、イギリス、そっちはっ」
思わず腕を下したアメリカから、イギリスがグラスを奪い返す。アメリカが止める間もなくイギリスはその中身を呷った。
「!?」
「そっちは俺のだって!」
アメリカはイギリスのグラスを取ったとき、もう一方の手に自分のグラスを持っていた。それを両方とも掲げていたのだが、イギリスは手が届きやすかったアメリカのグラスの方を取ってしまったらしい。
あれほど邪道だ邪道だと叫ぶくらいなのだから、好物の部類には入らないだろうにどうするつもりなのだろうと、アメリカは目を見開いたイギリスを観察した。
やはり嚥下できないのか、頬を膨らませて硬直している。少し汚いが、グラスに吐き出させるかとアメリカは空のグラスを取ろうとしたのだが、その前にイギリスにがしっ、と頭部を掴まれてしまった。
「なっ、「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
アメリカの声が日本の歓声にかき消される。猛スピードでペンを走らせる日本の前で、
イギリスがアメリカにキスをしかけていた。
上向かされているアメリカの口角から液体が溢れていることから、イギリスが口内の酒を口移しでアメリカに呑ませているらしい。
アメリカが身動きが取れないでいるうちに、イギリスは口内の酒をすべて移し終えたらしく、最後にアメリカの唇を舐めてようやく身を離した。
「っの、酔っぱらい!!」
口元を手の甲で乱暴に拭いながら、アメリカが悪態をつく。いつの間にかアメリカの手から自分のグラスを取り戻していたイギリスはそれさえ聞こえないようで、へらへらと笑いながら酒を飲んだ。
公衆の面前でなんてことを、と頭を抱えるアメリカの肩がトントンと叩かれる。振り向くと、日本が満面の笑みで親指を突き立てていた。
「GJ。アメリカさん」
「生き生きしてるね、日本……」
「ええそれはもう。3次元は見る機会も少ないですしねぇ。じじぃ、300年くらい若返った気分です」
心なしか肌まで艶々しているようで、アメリカは短くはない付き合いの友人に底知れない恐ろしさを感じた。
「もう帰ってもいいかい、日本……」
「はい、ごちそうさまでした」
ああ、ここまで嬉しそうな君を初めて見たよ、日本。
溜め息をついて、アメリカはすでにグラスを空にしていたイギリスの肩を叩いた。
「んぅ、あめりかぁ?」
「帰るよ、イギリス」
「ぅん、」
とろんとした目のイギリスを背負って、アメリカは代金をカウンターに置いた。
「後は頼むよ、日本」
「はい、お任せ下さい」
「むぅ、ん」
背中からずり落ちそうなイギリスを背負いなおして、アメリカはバーを出た。
「君が煽ったんだから責任取ってよね」
アメリカの肩に顎を乗せていたイギリスの耳にそう吹き込むと、その頬が酒以外の理由で赤く染まる。ばかぁ、と寝言のような呟きが小振りな唇から洩れる。その仕草に苦笑しながら、アメリカは夜の街を歩いて行った。
「……と、こんな感じですかねぇ」
甘い洋酒も悪くない。口内に残る香りに日本はゆるやかに笑った。
古城様 リクエストありがとうございました&書き直し承ります。
『甘々の米英いちゃつきを目撃して「3次元キターーーー」となる日本』とのリクエストでしたが……甘いのかなぁ、これ……。
酒乱なイギリスは書いてて楽しかったです。祖国は好物塩化ナトリウムがあそこまでプッシュされているので、塩だけで酒を飲むのんべぇタイプにしてみました。かじっただけのお酒の知識なので、矛盾点があったら申し訳ない。(11/09)