実際の歴史、国とは全く関係ありません。
後味は良くないです。
裏切りは刃のようだ。
錆びついたそれで切り裂かれた傷口は簡単に癒えてはくれなくて、事あるごとに膿んでは鈍い痛みを思い出させる。
そんな、喪失の痛みを深く深く刻み込むような刃だ。
「……なんでこの人がここにいるんだい?」
そうフランスを半眼で睨みながら告げた男は、見るからに不機嫌そうだった。
国力の増強に伴って延びた身長は、過渡期の不安定だった少年を若いながらも逞しい一人の青年へと変えていた。身長だけじゃない。肩幅、首、腕、全て全て、そこに懐かしさを感じさせる幼さは残っていない。
蒼空色の瞳はレンズ越しの鈍い色に変わって、引き結ばれた唇はイギリスに会ってもあの頃のように綻ぶことはなかった。
その事実に胸が痛むことも、もう、なくなったけれど。
「まあいいじゃないの。こいつがお前に話したいことがあるんだってさ」
「俺は聞きたくないんだけど」
「話だけでも聞いてやってよ。じゃ、お兄さんは消えるから」
「え、おい待て、お前はいないのかよ」
「えー、お兄さんお前らのドロドロに巻き込まれたくないし? お前が言いだしたことなんだからきっちりケリつけろよ」
そう言って早々と部屋から立ち去ったフランスの後姿にアメリカは大きくため息をついた。困惑をアピールするように額に掌を当てて俯く。やや大げさなそんな仕草でさえ様になるのだから、その顔かたちが整っていることは否定できない。
しばらく考え込むように瞳を閉じていたアメリカだったが、不意に瞼を持ち上げると、目だけでイギリスを見た。横目で睨みあげるような角度からはレンズを介さない、混じり気のない青色が確認できた。その純度の高さゆえに、その眼差しにはある種の凄味がある。
「で、君は俺に何の用?」
冷え冷えとした声だった。空の色に似ていると思っていた瞳は、怜悧な氷の色にも酷似していると、このときやっと気付いた。
底冷えするような瞳と声にイギリスは思わず身を固めた。
用意したはずの言葉は凍りついた舌の根のせいでうまく紡げない。
「ぅあ、きょ、今日は、だな、お、お前と友達になりに来てやったんだ!」
そう叫んでから、ドイツに対してこんな言い方をして失敗をしたことを思い出した。おかげで日本と同盟が組めたから結果的にはよかったのかもしれないが、アメリカとはここで絶対につながりを作らなくてはならない。
ようやくアメリカの独立の傷心からも立ち直りかけてきた。もう一度こいつと良好な関係が築けるようにと、わざわざ天敵に頭を下げてまで(実際は懇願という名の恐喝だったのだが、それは今は関係のないことだ)この席を用意したのだ。もう兄弟には戻れないと、それは100年間かけて己に納得させたから。だから、友達でいいから、もう一度。
「友達? 君と?」
アメリカが笑う。そこには明らかな侮蔑が含まれていた。何をいまさら、と、言外に告げる笑い。
「ごめんだね。君と友達なんてぞっとする」
「な、なんでだよ」
「君のそれ、下心が丸見えなんだよ。友達になってくれなんて回りくどいことしないで素直に言えばいいじゃないか、この大戦に参戦してくださいって」
「なっ、」
アメリカの露骨な物言いにイギリスが絶句する。確かに今回のアメリカとの関係改善は、現在勃発している戦争に大きく関わっている。けれど、けれど、そんな利害だけの関係ではないと、どうしてわかってくれないのだろう。
「ま、頼まれたって参戦はしないけどね。どうしてもって言うなら物資だけなら提供してもいいよ。もちろん、終戦後はきっちり返してもらうけど」
「……んだよ、なん何だよお前! 俺が言ってんのは、」
「そうやってまたごっこ遊びをするのかい? 兄弟ごっこの次は友達ごっこ? 君の遊びに付き合うのはもううんざりだ」
吐き捨てるようにアメリカが放つ言葉は鋭い刃だ。鋭利なそれに触れただけで皮膚は裂けて血を流しだす。痛みに体が震える。怒りに頭に血が上る。
「ごっこ遊びってなんだよ、俺は本当にお前のことをっ!」
あいしていたのに、とそう叫ぶことはできなかった。血は繋がっていなくとも、初めての弟だった。全身全霊を込めて愛したつもりだった。慈しんだつもりだった。それを、ただのごっこ遊びと笑うのか。
「ごっこ遊びだろ。君は兄弟とか、友達だとか、そうやって上辺だけの綺麗な言葉で露骨な表現を避けてるだけだ。君の弟役だった俺は、他の植民地と何が違ったって言うんだい」
ざく、ざく、ざく、
刺さっていく無数の刃が、やっと塞がりかけた古傷を抉る。
「重い課税をかけて、俺の国民から自治を奪って、ねぇ、これが弟にすることなのかい?」
「それ、は、」
「結局俺は君の便利な収入源の一つだったんだろう?」
「違う! そんなんじゃない、違うんだ、」
「だから、何が違うって言うのさ」
「ただのごっこ遊びだったなら、立ち直るのに100年もかかったりしない……」
大切な弟だった。だから、もう弟ではないと言われた時は本当に悲しくて、哀しくて。
そう震える喉から絞り出した。伝わると、信じた。
けれど、アメリカは俯くイギリスを小さく笑っただけだった。
「100年、も? たった100年で立ち直れるんだ? 羨ましいね」
「え、それ、どういう、」
「ところで要件はそれだけかい? 俺、気分が悪いからそろそろ失礼したいんだけど」
「体調悪かったのか? 悪い、無理させて……」
「悪かった、っていうか、悪くなるんだよね、君の顔見てると。吐き気はするし頭は痛くなるし、最悪だ。だから極力君とは顔を合わせないようにしてたんだけど、気がつかなかったかい? この際だから言っておくよ。用がない時は俺に話しかけないでくれ。体調悪いの隠して笑うのも大変なんだぞ。でも、HEROは弱みなんて見せちゃいけないからね。たとえそれが君の前でも笑顔でいてあげるんだから、俺って頑張ってると思わないかい? まあ、君はそんなこと全く気付かないで俺に構ってくるから正直うんざりなんだよ。そうやって自分のことばっかりで目の前の人なんて気にも留めないのは君らしいと思うけどね。とにかく、俺はもう帰るよ」
そう淡々と、笑みさえ浮かべて言いきったアメリカはジャケットの裾を翻して部屋を出て行った。
その大きくなった背中を呆然と見送って、イギリスはある瞬間に糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
喉が詰まる。息が苦しくて、無理矢理呼吸をしようとすれば喉がひゅっ、と鳴った。
言葉にならない澱を吐き出すように嗚咽を漏らして、止まらない涙をぬぐい続けた。
「よう」
「……なんだい」
廊下に出てすぐ声を掛けられて、アメリカは不機嫌さを微塵も隠さない声色で返事をした。声のほうを向けばフランスが壁にもたれるようにして立っている。よ、と片手を上げるフランスにアメリカは露骨に眉をひそめて見せた。
「立ち聞きかい? 悪趣味」
「そう言うなって。てか、いいの? 坊っちゃん絶対泣いてるよ」
「そっか、あの人はまだ涙が出るんだ、羨ましい」
「羨ましいって、お前、」
「ねえ、涙が枯れるくらい泣いて、泣いて、泣いて、それから俺はどうするべきだったんだい?」
そうフランスに問いかけるアメリカはあくまで笑顔のままだ。
唯一だった存在に、唯一愛した存在に裏切られたとイギリスは嘆いたけれど。
彼を兄と慕い、その関係を疑わなかった少年に、植民地と宗主国の関係を垣間見せることがどれほどの裏切りになるか、彼は気がつかなかったのだろうか。
「立ち直るのに100年もかかった、だってさ。笑っちゃうよね」
この傷口は、未だ尚血を流し続けているのに。痛みをこらえるようにアメリカは胸元を押さえた。
「ほんと、うらやましいよ」
そのまま踵を返して立ち去ろうとするアメリカを引きとめようとフランスはその手首をとった。
「どこ行くんだよ」
「トイレに決まってるだろ。吐いてくるんだよ」
「体調悪いってマジだったのか」
言われてみれば掴んだ腕は心なしか熱い。高熱の中でこれほど気丈にふるまっているのはほぼ意地のようなものなのだろう。
手を離さないフランスに焦れたようにアメリカが毛足の長いじゅうたんを蹴りながら低く言った。
「この高そうな絨毯がどうなってもいいって言うなら今この場で吐くけど?」
「今すぐ行って来い」
ぱっと放された手を振り払って、アメリカは今度こそその場を立ち去った。
すらりと伸びた背には、大国の名に違わぬ毅さがあった。
裏切りは刃のようだ。
優しさで包まれたそれを不用意に飲み込めば、いずれその膜を突き破って心を内側から切り刻んでいく。内から裂けた傷口から溢れだしたものは二度と取り戻せはしなくて、偽物と紛い物とを詰めて無理矢理に繕った。
そんな、見かけだけの心を抱えて生きている。
なんだこれ。
黒いお米が書きたかった。はず。黒米美味しいよね。もぐもぐ。小学校の時食べたよ(何の話だ)え、古代米のことでしょ。
しかしあんなの(Believe in 〜)書いた昨日の今日でこういうの書くかって話ですよね。
独立話はとにかく英が可哀想だから、米も可哀想にしてみた。タイトルに深い意味はないです(12/06)