僕らのウォーゲーム

「なあ、戦争ごっこをしよう?」

夏空を背景に、彼は不自然なほどに美しい笑みを浮かべて見せた。

「昔よくやったろ。お前がセイギノミカタでいい。俺が悪の帝国で、凶悪な兵器を持ってるんだ。お前は俺がそれを使うのを阻止する」
「それを使うとどうなるんだい?」
「世界が終わるのさ」

始終彼らしくない軽さを伴った声色で、どこか脈略のない言葉をつづる。

「反対意見は、認めない」

似せる気の全くない言葉は、本来持った明るい響きを投げ捨てて、ただただ重かった。



制限時間は夕暮れまで。勝利条件は、逃げ回る彼を捕まえて『凶悪な兵器』とやらを奪うこと。もし制限時間内に彼を捕まえられなければ、落日と同時に彼はその兵器を行使する。

そして世界は終わる。

くだらない子供の遊びだと、そう笑い飛ばすことがアルフレッドには出来ずにいた。
物心がつく前から一緒だったはずなのに、時折アーサーはアルフレッドの全く知らない顔をする。あんな笑い方を、彼はどこで覚えてきたのだろう。

「何がしたいのかまったく理解できないよ、アーサー」

兄弟のように、育ってきた相手なのに、と。歳を重ねるほどに、その心が離れていくのを感じていた。
ああ、それとも。


君の心をいつも隣に感じていたのは、俺だけでしたか?


一緒に泣いて、一緒に笑った日々は、一方的なものでしかなかったのかと、彼を問い詰めたくなる。
唇を噛んで、アルフレッドは周囲を見回した。何処にでもある放課後の学校風景。運動部の掛け声や吹奏楽の音出しが風に乗って流れてくる。

広い学校の敷地内から、たった一人の人物を探し出すのは容易なことではない。
しかも彼はこの手の遊戯がやたらと得意だった。昔から。こんな風に雲が茜色に染まるころ、ふらりとどこかに消える。そんなアーサーを探してアルフレッドは近所を走り回ったものだった。

多分、人の気配に聡いのだろう。同じ所には決して長時間留まらない。相手の出方を見、常に隠れる場所を変える。そして、日もすっかり落ちて、空の紅に群青が混じり始めたころにようやく見つけることができるのだ。そんなとき、彼は決まって小さく小さく体を丸めてうずくまっている。

それを見つけてしまうと、見つけることを目的としていたはずなのに、決まってわずかな罪悪感に駆られた。
だってその様が、誰にも見つけてもらいたくないような、そのまま消えてしまうことを望むような、そんな風に見えたから。けれど彼を見つけると、どこか安堵したような表情を浮かべるから、ますます彼が分からなくなるのだ。

見つけてほしいの。消えてしまいたいの。本音はどちら?


アルフレッドは急ぐように西の空を見た。そこに広がるのは場違いなほどに美しい赫色だ。

『世界が終る』まで、あと少し。

ただの遊びと自分に言い聞かせて、けれど襲い来る焦燥感に叫びだしそうになる。フラッシュバックするのは、今にもどこかに行ってしまいそうな危なっかしい背中ばかりで。
不器用な人なんだ。求めることに臆病すぎる。
多分、彼の育った環境がそうさせるのだろうけど。共働きの両親に甘えることもできずに、いつだって一人で感情を押しこめていた。アルフレッドの母親が良く世話を焼いてはいたけれど、赤の他人に対する遠慮はぬぐえていなくて。

どこか一歩引きがちなアーサーを、アルフレッドが引き摺り回した。山へ、川へ、人の中へ。
アーサーを気遣って連れだしていたわけではない。ただ彼を目の届かないところへやりたくなかっただけ。

「危なっかしいんだよ、あの人は」

周囲に興味を持たないように努めるきらいのある彼は、自分のことにさえ、無頓着で。命の重さを理解してないんじゃないかと思うほどに、大胆な行動を取ることさえある。

『世界が終わる』

ねぇ、それは、どういういみ?

思い浮かんでしまった最悪の考えは、いかにも彼が考えそうなことでもあった。できれば否定したい。けれど、それができないほどに、アルフレッドは彼を一番近くで見続けてきた。

太陽はすでに地平にその姿を沈めつつあった。今から学校をもう一周なんてとてもじゃないができない。

「多分、あそこだ」

それは、確信だった。



赤く染まった校舎を駆け抜ける。階段を駆け上がって、向かうのは屋上。
屋上に続く扉を体当たりするような勢いで開け放った。案の定、かぎは掛かっていない。

「アーサーっ!!」
「っ!」

腹の底から彼の名前を叫べば、屋上を囲むフェンスの、その向こう側に立った人影の肩が大きく跳ねた。それによってバランスを崩したのか、細い体躯が傾ぐ。その背後で、赤い赤い太陽が地平に落ちた。

反射といっていい速度で、アルフレッドは地面を蹴って走りだしていた。
フェンスから身を乗り出して限界まで伸ばした手を、こちらに差し伸ばされた腕に絡める。

――ほら、君だって手を伸ばせるくせに。

ガシャンっとけたたましい音がして、腹部に重い衝撃が走った。思い切り引っ張られた肩も一瞬外れるかと思った。その痛みに眉をひそめながらも、アルフレッドは繋いだ手を引き寄せて、体の大半を虚空に投げ出していたアーサーを引き上げた。

驚いたような、泣きそうな、叫びだしそうな、つまりは思考停止状態にあるアーサーを力ずくでこちら側に引き戻す。そんな彼に理性が戻ってくる前に、細い体をフェンスに押し付けて、


強引にその唇に噛みついた。


勢いがあり過ぎて歯が当たったが、この際もうどうでもいい。

「んぅ……!?」

抵抗を示す体を力任せにフェンスに沈める。咄嗟に噛みしめた歯列をこじ開けるために、顎を押さえつけて無理矢理にその口を開かせた。
隙間から差し入れた舌でアーサーの口内を蹂躙する。歯列の内側をなぞって、固い上顎と幾分か柔らかい下顎の感触を交互にかき回して、奥で縮こまっている舌を引き摺り出しては己の舌と絡め、自分の口内にまで引き込んでは何度も甘噛みをした。
溢れる唾液は全部相手の口内に送り込んで、それが口角から溢れて伝っても気に留めなかった。


近すぎる彼との関係を考えあぐねていた。
友人のようで、兄弟のようで、どの関係性なら一番彼と一緒にいれるんだろうと考えていた。
ただその隣を望むばかりで、それを望む感情が何かは考えたことがなかった。


抵抗を示すように胸を叩き続けた手が縋るような物に変わって、逃げ回っていた舌がくたりと力を失ったころを見計らって、アルフレッドはようやくアーサーを開放した。
上気した顔を覗き込むことで目があったかと思えば、翡翠からボロボロと大粒の涙が零れだす。

「なん、っで……」

舌足らずなまま、彼が悲痛な声を絞り出した。

「別に、恋人ってポジションもあったなって思っただけ」

ずっと彼の隣にいれる関係を探していた。一番近くで彼を見つめられる関係を。消え入りそうな背中を引き留める術をください。

友人でも、兄弟でも足りないというのなら、もっと強いつながりを。

「う、そだ」
「そう思いたいなら思えば? 君が何と言おうと俺は君のそばにいるし、いてほしいんだよ」

この感情を、恋と呼べるかは分からないけれど。

「だから君もいい加減諦めて手を伸ばせばいい」

自分の命を賭けてまで人の感情を試すようなことはやめて、さ。


群青を帯びていく空の下、泣きじゃくるアーサーをアルフレッドはただ抱きしめていた。
いくら遠回りだと言われようと、歪だと言われようと、これしか自分たちはやり方を知らないから。

ただ望むのは、貴方の隣だけなのです。










何処が戦争ごっこなのか分からなくなった。久々にこのタイトルで一本書こうと思って、ネタも浮かんだのでどんどん派生させていったら原型がどっかに行ってしまいました。
始めは、自殺願望のある英を、君がいないと俺が困るの!って米が引き留める話だったはず。死にたいと思ってるのは事実なんだけど、必要とされることが不覚にも嬉しくって、最後の一歩で踏みとどまってる英。

前半と後半で文体が変わる。なぜだ(10/08)