ジジ、と街灯の明かりが揺れた。
パチパチと明滅する。接触が悪いのか、そろそろ寿命なのか。
ぽつぽつと並んだ街灯の一つをアーサーはぼんやりと見上げた。
アーサーの住むマンションと最寄りのコンビニの間にある公園。
そこそこに大きな公園はそこを横切らないと、コンビニへの道のりは倍以上になってしまう。
必然的にアーサーはこの公園を日常的に通っていた。
昼間は子供の遊ぶ声だとか、主婦達の話し声だとかに溢れている公園は、夜になってしまうととても静かで。
ここが切れるとホントに真っ暗になるんだよなぁ。
並んだ、といっても街灯と街灯との間には闇が生まれてしまう程度の距離がある。
一つでも街灯が切れてしまうと、その周辺は完全な闇に沈んでしまうのだ。
パチッとまた街灯が一瞬消えた。
ここが切れてしまうと公園を横切れなくなってしまう。それは面倒だなと思いつつも、まだまだ先のことにさほどの動揺はなかった。
このての街灯は明滅するようになってからもけっこう持つ。チカチカと光が揺れるのは何となく不快だったが、完全に切れてしまわなければそれで問題ない。
指に食い込むビニールの紐が気になって、アーサーはそれをもう一方の手に持ち替えた。
帰宅したのは深夜と呼べる時間帯。夕食を作るのもめんどくさくて、コンビニ弁当でいいかと買い出しに出た。
今はそれの帰りだ。
夕飯のミートスパゲッティと1リットルパックの紅茶、それから何の気の迷いで買ったのか、バニラのカップアイス。普段はあまりこういった趣向品は口にしないのだが、何となくだ。
いつまでも街灯を見ているわけにもいかないので、アーサーは白い光から目をそらして帰路を歩いた。
だんだん暗くなって、暗くなって、だんだん明るくなって、だんだん暗くなって。
コンビニから家まで、街灯7本分。
だんだん暗くなって、暗くなって、だんだん明るくなって、だんだん暗くなって……
一番暗い所でアーサーは足をとめた。
各街灯の下にはベンチが置かれている。
次の街灯の下のベンチに、誰かがいた。
街灯の下は、そこだけがやたらと明るくて。
日光とは違う人工照明が、二人を照らしていた。
ちっ、バカップルが。
たまにいるのだ。こういうのが。
いちゃつくなら自分の家でしろと叫びたい。
独り身がお熱い二人の前を横切って何が楽しいというのだ。
これならベンチで酔いつぶれている親父の方がどれだけ無害なことか。
無心で通り抜けようか、他の道を通ろうかと考えていたアーサーははたとベンチの二人の様子がいつもいるようなカップル共とは違うことに気付いた。
項垂れた少女と、少女に隠れてよく見えないが、彼女に何やら話しかけているらしい男。声は遠すぎるのか、小さすぎるのか、聞こえなかった。
よく見れば少女が着ているのはアーサーの通う学校の女子制服だった。
少女が目元に指をやった。
泣いてる……?
涙を拭うようなしぐさを見せた少女はふいに立ちあがった。
男に何か話しかけていたかと思うと、頭を下げた。
何が起きているかさっぱりわからない。
アーサーが状況についていけないままに、少女はパタパタと去って行ってしまった。向こうはアーサーのマンションの方だ。他にも家族向けのマンションだとかが多い地域だから、そこに住んでいるのかもしれない。
対称に動こうとしない男の方を見て、アーサーは思わず声をあげそうになった。
「アルフレッド……?」
小さく呟くだけにとどめたアーサーはもう一度男をよく見た。
うん、あんな特徴的なジャケットを着ているのはアーサーの知る限り一人だ。
あいつ、こんなところで何やってんだ?
アルフレッドの家はもっと学校よりだったはず。
先ほどの少女は、ガールフレンドだろうか。
意味もなく軋んだ胸を押さえたまま、アーサーは身動きを取れずにいた。
意味もなく、じゃない、理由なんてとうに気づいている。
それから、この感情は理解しちゃいけないってことにも気づいている。
ぼんやりと街灯を見上げているアルフレッドが動き出す気配はない。
アーサーは意を決して歩き出した。これくらい時間をおけば先ほどの光景を見たことはばれないだろう。
あくまでも、偶然を装って。
聞こえてきた足音にアルフレッドがこちらを向いた。
何処となく気だるげな、学校では見せない表情に胸が無責任に高鳴った。
「やぁ、アーサー」
ああ、こんなの反則だ……!
普段みたいな明るい笑顔しか、知らないから。
どう対応していいか……分かんなくなる……。
「君んち、この近くだっけ?」
「あ、ああ……。お前は何してんだよ、こんなとこで」
「んー」
言葉を選ぶように、アルフレッドがまた街灯に目を移した。整った横顔から目を離せないまま、アーサーはアルフレッドの返答を待った。
「フジョユウカイ、かな」
ふじょゆうかい。
婦女誘拐。
「誘拐ぃ?」
よかった。いつもみたいな声が出せた。
「あの子、歓楽街をふらふらしてたから」
ここまで送ってきたんだ、とアルフレッドが続けた。
よかった、ガールフレンドとかじゃないんだ。
何がよかった、何だよ、この馬鹿。自分を殴りたい衝動に駆られて、アルフレッドの前だと咄嗟に取り繕う。
「随分と紳士的な送り狼だな」
「別にそういう目的じゃないよ」
はぁー、とアルフレッドが呆れたようにため息をつく。
「狼とか、表現古くない? 赤ずきんじゃあるまいし」
「なっ、古臭くてっ」
悪かったな、とアーサーが続けようとした瞬間、あたりが闇に包まれた。
ぱッ、と光が戻る。どうやらこの街灯も寿命が近いらしい。
チカチカと街灯が明滅する。
ひぃ、と詰めた悲鳴が聞こえた。
「ん?」
光がまた揺れた。彩度が落ちて、もとに戻る。
真っ青な顔をしたアルフレッドがそこにいた。
「アルフレッド?」
「君は怖くないのかい?!すぐそこにゴーストがいるかもしれないんだぞ!」
「お前、もしかして幽霊怖ぇの?」
「そうだよ!悪いかい!」
叫ぶのは涙目のアルフレッド。
ああ、やばい。
妙な親近感というか。憧れに近かったものが、急速に近づいてくるような気がして。
ああ、これはホントに、やばい。
「ガキ」
からかうようにアーサーが笑うと、アルフレッドが気まずそうに眼をそらした。羞恥のためか、耳が仄かに赤い。
ぐ、と上目遣いに睨まれた。なんだかその様子が、可愛い。
「そーゆう君は何してたのさ」
「晩飯を買いに」
示すようにアーサーは手に持ったビニール袋を掲げて見せた。二本の指に引っ掛けるように持っていたせいで指先が少し変色し始めていた。
「ふーん、じゃあ今は帰り?」
「ああ、暇なら来るか?」
なんて提案してみるが、脈略がないにもほどがある。ああ馬鹿。自分を心の中でなじりながらアーサーは頭を抱えた。
変な奴だと思われただろうかとアルフレッドを見ると、彼は何とも微妙な顔をしていた。
なんと言えばいいんだろう、よく、わからない。
「君ねぇ、人のこと狼とか言っときながらそんな奴を家に連れ込むわけ?」
「別に、男相手に狼も何もないだろ?」
「うん、まぁ、そうだね……」
言葉を濁したアルフレッドに疑問符を浮かべながらも、アーサーはビニール袋を持ち直した。
今、何時だろう……。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」
「あ、お気をつけて」
「だから、男に言うことじゃねぇだろ」
「あ、そうだ、この先街灯一つ消えてたから外回った方がいいかも」
「や、問題ない。じゃあな」
「うん、じゃあ」
アルフレッドに背を向けて家路に就く。
街灯の明かりから遠ざかって行って、だんだん暗くなっていって。
「そうだ、」
闇の一歩手前で足を止めて、アーサーは振り返った。街灯に照らされてアルフレッドはまだベンチに座っていた。
「アルフレッド!」
名前を呼んで、驚いたような表情でこちらを見たアルフレッドにそれを投げつけた。器用にそれを受け止めたアルフレッドがさらに驚いたような表情をする。
「それやるよ。結構溶けてるかもしれねぇけど。HEROへの差し入れだ!」
きょとんとした表情でカップアイスを眺めていたアルフレッドは、にかっと笑った。
「ありがとなんだぞ!アーサー!」
ああ、そんな顔するな、そんな顔するな!
頬に一気に熱が集まる。暗がりだからアルフレッドには見えてない、よな?
「じゃあ!」
くるりと踵を返して、駆けだす。ビニール袋がガンガン揺れて、持った指が千切れそうだ。
夜気に晒されてもなお、火照った顔が冷めないのを感じていた。
走って走って、気づいたら自分の家のマンションの前だった。
乱れた息を整えて、ふと来た道を振り返った。
暗い公園を点々と街灯が照らしている。
―――あれ?
―――街灯、全部点いてたよな?
「あーあ」
アーサーの背を見送ったアルフレッドは大袈裟に背伸びをした。
その時街灯が明滅して、びくりと肩を震わせた。
きょろきょろとあたりを見渡して、何もいないことを確認してからため息をついた。
「これじゃ食べれないよ、アーサー」
投げ渡されたアイスは彼が言ったとおり半ば溶けていて、早く食べなければと思うのだが、なにぶん、食べるための道具がない。
スプーン借りる名目で乗り込んで行ってやろうかな。
そんなことを考えながら、アルフレッドはベンチからやっと腰を上げた。
―――遠回りしてくれてたら、理由つけてついていけたのに。
気分転換に鳴らした口笛が、夜に溶けて行った。
両片思いぷまいです!
仏:Le Petit Chaperon Rouge, La Chasse Au Fusil 猟銃を担いだ赤ずきん
このタイトルで一本書きたい!と思って書いたら案の定意味分かんない仕上がりになりました。
一体どの辺が赤ずきん?
フランス語ですが、翻訳ボックスに突っ込んだだけの似非仏語ですので、信じないでください(08/08)