10月31日。季節の節目であり、死者の霊が出歩く日。自然闇は深くなる。
文明の発展とともに屠られた闇は、けれど常に世界を覆う機会をうかがっている。
だから今日はランタンに火を灯して。
迫る夕闇を拒むのではなく、暖かな灯を愛おしもう。
さあ、ハロウィンの夜が暮れる。
「うっし、今年も俺の勝ちだな!」
「うぅぅ……」
普段ならば何かといちゃもんをつけてくるアメリカも、今回ばかりはぐうの音も出ないらしい。心なしかナンツケッツも萎れてしまっている。
ハロウィン恒例の脅かし合いは、今回もイギリスの勝利で幕を閉じた。
「俺に勝とうなんざ100年早ぇんだよ!」
「うっ、でも最近は引き分けも多いじゃないか!」
「脅かす技術が上がってきてることは認めてやるが――、そのビビリな性格治さねぇ限り俺に勝つのは無理だな」
「うぐ……」
アメリカが再び黙り込む。
ヒーローとして誠に情けない話ではあるが、アメリカはホラーの類が大の苦手である。ホラー映画やホラーゲームで克服を図ろうとはしているようだが、現状を見る限り効果は期待できないようだ。
「う〜〜〜、よしっ、じゃあ今日はこれからホラー映画を見ようじゃないか! イギリス、もちろん君も付き合ってくれるよね!」
「げ、今からかよ。絶対夜ひとりで眠れなくなるパターンじゃねぇか!!」
「君今日は泊まっていくんだろ? なら問題ないじゃないか」
「一緒に寝るのは決定事項か……」
DDDDDDDDDとアメリカが陽気に笑う。そんなアメリカのペースに乗せられていることを自覚し、イギリスはこめかみが痛みだすのを感じた。はっきりと拒めばいいものを情に流されてしまうのはどうしてか。
「よーし! じゃあ早速DVD持ってくるんだぞ!」
「おい、飯がまだだろ、って、行っちまったし……」
自室にDVDを取り行くために部屋を飛び出してしまったアメリカにイギリスはため息をついた。
「映画にはポップコーンがつきもの!」などと言って軽食を食い漁る姿は目に見えている。そんな栄養バランスの悪いものよりは簡単でもきちんとした食事を作って食べたほうがいいだろう。映画を見ながら、というのはあまり行儀がよろしくないが、今日くらいは大目に見てやってもいい。
そう考えを巡らせ、イギリスはキッチンへと足を向けた、のだが。
「イギリス! イーギーリース―!!」
廊下からアメリカの呼ぶ声がした。
暗い廊下が怖いから部屋までついて来いとでもいうのだろうか。いや、だがそれにしては声が明るい。
「イギリス! ちょっと来てくれよ!」
「あぁあ、もう! わかったら何度も叫ぶな!」
声にせかされて廊下へと向かう。
突き当りを階段のある方へ曲がると、すぐのところにアメリカが蹲っていた。
腹痛でも起こしたのだろうか。その姿を案じてイギリスは恐る恐る声をかけた。
「おい、アメリカ……?」
「見てくれよイギリスぅ! すっごくキュートなんだぞ!」
アメリカが満面の笑みで振り返る。きらきらと光る瞳に一瞬星が見えた。
アメリカが動いたおかげで、その身体の陰に隠れていた“それ”が、イギリスにもようやく見えた。
青い、犬。
その毛並みは染色したように鮮やかな青色だ。
イギリスは知らず知らずのうちに息をのんでいた。
「君も仮装かい? とってもクールだね」
わしわしと獣の首回りをかき回しながらアメリカが笑う。
青い獣は一般的な人懐っこい犬のように無邪気にじゃれ付くことこそしなかったが、長い尾をパタパタと揺らして好意を示した。
「元は白い毛なのかな。すごくきれいに染まってる。――ああ、一色じゃないんだね。芸が細かいなぁ」
アメリカも気づいたように、その毛並みは単色ではない。逞しい体躯は夏空色をしているが、眉間から鼻筋にかけてはくすんだグレーに近い色をしているし、耳の先端や足先は濃紺だ。尾も複数の色が混じっている。
「きっとどこからか入り込んできちゃったんだね。迷子かな。でも近所にこんな大きな犬を飼ってる家なんてあったかな……」
「遊びに来た親戚が連れてきたりでもしたんじゃないか? 今日はもう遅いし、一晩くらい預かってやれよ」
「そうだね、よし、おいで。ご飯あげるんだぞ」
アメリカが立ち上がって獣を手招いた。獣はその数歩あとを従順についていく。たったっと駆ける足取りは軽い。
イギリスはその見慣れた光景に目を細めた。
その光景は、いつでも繰り返されている。議場で、空港で、街中で、屋敷で。
青い獣は、いつでもアメリカの後をついていく。ただ、アメリカが気付かないだけで。
その獣は、妖精や幻獣と呼ばれる類の生き物だった。
新大陸に芽生えた幼い命を、それこそイギリスよりもずっと長く、ずっとずっと見守り続けてきた獣。アメリカ自身、その存在を認識できていた時代もあったようだが、当時の青き友人と今目の前にいる青い獣を結び付けて考えることが今の彼にはできないらしい。
ハロウィンの夜。
一年で唯一、彼が妖精を知覚できる時間。
アメリカの後を追う獣の後ろ姿は、どことなくうれしげだった。
アメリカはその獣の抱き心地をいたくお気に召したらしい。
ホラー映画を視聴している時も、普段ならばシーンが切り替わるごとに悲鳴を上げてイギリスに抱き着いてくるところを、今回ばかりは獣をクッションよろしく抱きしめて固唾を飲んで展開を見守っていた。
となると疎外感を覚えるのはイギリスのほうで、二人掛けのソファの上、できるだけアメリカと距離を置くように反対側へと寄り、肘あてにもたれるようにして映画を見ていた。
照明を落とした室内。テレビの画面だけがこうこうと明るい。
四角い画面の中では返り血で汚れた巨乳美女がショットガンをぶっ放していた。初めはゾンビが大量発生するパニックものだったのだが、重火器でゾンビを駆逐するようになってしまってはもうホラー要素などどこにもない。
イギリスはあくびをかみ殺すのに必死だった。
ゾンビを占拠地ごと爆破して映画は終了。
流石はアメリカ映画、ひねりがないな、とイギリスはもう何度目かもわからないあくびをした。
エンドロールも終わり大きく伸びをしたが、画面が停止してもアメリカは動かない。いぶかしんだイギリスがその顔を覗き込むと、アメリカは獣の首元にうずもれるようにしてくうくうと寝入っていた。テキサスがずれて眉根のあたりに鼻当てが食い込んでいる。
「自分から見ようって言い出したのに寝るなよな、バカ」
そんなことを言うイギリスの声は、けれど眠るアメリカを覚まさないようにと低くひそめられていた。そっと手を伸ばしてテキサスを外す。
遮るものがなくなったせいでより明瞭になってしまった昔の面影に外さなければよかった後悔したがもう遅い。
テキサスを持ったまま、イギリスはため息をついた。
青い獣が何事かと見上げてくる。ガラス玉のような青い瞳は、主人のそれと同じ色だ。
「明日になれば、またこいつはお前が見えなくなるぞ」
また再び振り向いてはくれない主人を追う生活に逆戻りだ。
お前はそれでいいのか。それで虚しくはないのか。
そんなことを問いたくてイギリスは青い獣に話しかけた。
だが獣はそれがどうしたと言わんばかりの瞳で見上げてくる。
その後を追うだけでいいのか。その背には寂寥が滲んでいるというのに。
わふっ、と獣が一声鳴いた。「バカじゃないのか」とでも言いたげな、投げやりな鳴き声だった。細められた瞳がイギリスを憐れんでいる。
先に目をそらしたのはイギリスのほうで、獣はそんなイギリスに愛想を尽かしたようにぷいと顔をそらした。自分を抱き込むアメリカにすり寄り、目を閉じる。その姿は何よりも愛情にあふれていた。
見返りなど求めたことはないのだと、その姿が語っている。ただ寄り添えれば十分。たとえ見向きされなくても。
そんな獣にイギリスはそっと手を伸ばして、その毛並みに触れた。清涼感のある色合いに反して、その存在は温かい。この獣がアメリカに寄り添い続けてきてくれたことを、心の底から感謝した。イギリスには、それができなかった。
「俺も、お前みたいになれればよかったのにな」
どうしてそんな愛し方が、イギリスにはできなかったのだろう。
その成長を、独立を、どうして素直に喜べなかったのだろう。
妖精ほどは純粋でない我が身を呪う。結局のところ、愛情と呼んできた何かだって私利私欲にまみれていた。
「愛してるよ、アメリカ」
もっときれいな愛を与えたかった。
けれど、見返りを求めずにはいられなかった。
どうか、どうか、振り向いて。
あのころと同じでなくてもいいから。
どうか、どうか、振り向いて、笑いかけてくれ。
獣を撫でていた手がべろりと舐められる。
そのしぐさが慰めのように思えたのは、きっとイギリスが泣いていたからだ。
翌朝アメリカはソファの上で目を覚ました。体には厚手の毛布がかけられている。
ハロウィンの飾りつけが残った部屋には朝日が差し込み、昨晩のようなおどろおどろしさはもうない。
いつごろ寝てしまったのだろうと昨夜の記憶をたどって、ようやく腕の中の体温がないことに気付いた。大型に属する逞しい体躯は懐かしい緑の匂いがして、とても抱き心地がよかったのに。
どこに行ったのだろうとソファから起き上がり周囲を見回す。リビングにはいないことを確認して、アメリカはまず手始めに物音のするキッチンへと向かった。
「ああ、アメリカ。やっと起きたのか」
「モーニン、イギリス」
あくびをかみ殺して朝の挨拶を交わす。イギリスは自国から持ってきたであろう愛用のエプロンをつけて朝食作りにいそしんでいた。
「ねぇ、あの青い犬がどこに行ったか知らないかい?」
「ああ、あいつか。朝一番で飼い主が迎えに来たよ」
「へぇ、結局どこの子だったんだい?」
イギリスの手が止まる。躊躇うようなしぐさに疑問を覚えたアメリカが口を開く前にイギリスは作業を再開した。
「悪い、聞かなかった。でもきっと来年も来るんじゃないか?」
「うん、そうだね。来年も来てくれると嬉しいな」
「用はそれだけか? ならさっさと顔洗って来い。そろそろ朝飯できるから」
「オーケイ」
まだ寝起きで頭が回っていないのだろう、イギリスの言うことを素直に聞いてアメリカはペタペタと洗面所へと向かった。
その背をイギリスが目を細めて見つめている。
ゆったりとした歩幅に合わせるようにして、青い獣もまたゆったりとした足取りでその後をついていった。
2012/10/31 pixiv掲載
2013/04/02 サイト格納