機工魔術師パロです。配役は <こちら>から
独自解釈や設定があるので、多分読まないと意味わかんないです。
虫の羽音のようなわずかな音を立てて工房の壁に魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣を通って工房へと足を踏み入れたのは黒髪の男――この工房の主であるアメリカだった。
固く張りつめていたアメリカの表情が、工房に入った途端わずかに緩む。
稀代の天才と謳われる一方でその莫大な力を常に狙われる立場にある彼にとって、彼と彼の許した者以外が立ち入ることのできない工房は唯一心の休まる場所だった。
「イギリス、いるのかい?」
工房に漂う気配から恋人がすでに居ることを悟ったアメリカは、けれど姿の見当たらない彼を探して声を上げた。だが、返事はない。
工房にいないとなると、その奥にある私室にでもいるのだろう。
そう考えてアメリカは工房の奥へと足を進めた。
突き当りにある扉を開ければその先は寝室だ。
少女趣味な天蓋付きのベッドが堂々と鎮座した部屋。もちろんイギリスの趣味だ。
成人男性二人が横になっても十分に余裕があるそのベッドには現在、白いシーツの塊がどん、と居座っていた。
部屋に響くわずかな啜り泣きの声と、それに合わせて小刻みに揺れるシーツの塊。
事態は恐ろしく明白で、アメリカは小さくため息をついてその塊へと歩み寄った。シーツを無造作につかんで、一気に引きはがす。
「うっ、うぇっ?! あ、アメリカっ! いつ帰ってきて……っ」
シーツの中から現れたのは案の定顔を涙でぐしゃぐしゃにしたアメリカの恋人だった。宝石のような緑色の目が涙でどろどろに溶けてしまっている。
泣くのに夢中になりすぎてアメリカが帰ってきていることにも気づいていなかったらしい。アメリカはもう一度小さくため息をついた。
「今度はどうして泣いてるの」
「……言いたくない」
顔を覗き込んで問えば、イギリスはうぅーと唸って俯いてしまった。仕方なくその旋毛を眺めながらアメリカが再度問う。
「俺には、言えないこと?」
「そうじゃない、けど……」
「けど?」
「言ったらお前、絶対怒るし……」
さらに頭を下げてイギリスは黙り込んでしまう。もはやシーツの中に顔をうずめてしまう勢いだ。アメリカの眼下には旋毛に代わって白いうなじが晒される。赤毛がなやましく絡まるそこを眺めながら、アメリカはイギリスがしでかしたであろうことに思いをはせた。
自分が本気で怒るようなこととはなんだろう。
「また工房のもの壊したのかい? それくらいじゃ怒らないよ」
「こ、今回は違うっ!」
「じゃあ、どうしたの?」
「うぅ……」
「怒らないって約束するから、言ってごらん」
「……本当だな…?」
顔を半ばシーツにうずめたまま、イギリスが上目づかいでアメリカを見る。怒らないよ、とアメリカが頷けば、イギリスはまだ決心がつかないのかうぅぅとうめき声をあげてシーツに沈んだ。
「羽……」
「うん、羽がどうかしたの?」
「羽が、出せなくなった……」
「はぁ?!」
聞き捨てならないことを聞いた。
なおもシーツにうずもれるイギリスの両肩をつかんで無理やり起き上がらせる。その瞳を超至近距離で見つめてアメリカはイギリスを問い詰めた。
「君、また俺に力移したね?!」
「やっぱり怒ったじゃねぇか、アメリカのばかぁ」
「あたりまえじゃないか! それはもうやらないって、前にも約束したよね!?」
「した、けど、ぉ!!」
イギリスが瞳から雫を飛ばして泣き叫ぶ。
その姿にアメリカはぐ、と胸を詰まらせたが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
事実上恋人関係にあるアメリカとイギリスだが、悪魔であるイギリスと機工魔術師であるアメリカの関係は本来主人と奴隷だ。それはアメリカが悪魔になった今でも変わらない。主人であるイギリスが下僕であるアメリカに力を分け与えることは可能でも、その逆は叶わないのだ。
力は非可逆であるというのに、イギリスは際限なくアメリカに力を与えたがる。そうしてイギリスは悪魔としての力を失って弱っていくばかりだ。
「どうして約束を守ってくれないんだい……」
「だって、俺が持ってるのなんてもうこれくらいしか残ってねぇし……」
そんなことをわかっている。全部全部、受け取ってきた。
「もういいんだよ、イギリス。俺はもうたくさん貰ったから」
その思いが伝わればいいと、アメリカはイギリスを強く抱きしめた。
「力のない俺はもう用なしか……?」
「ああもう! なんでそっちの方に解釈するのかな。俺は、君からたくさんのものを貰ったよ。だから今度は俺が返す番」
奪うことは知っていても与えられることを知らなかった彼に、憎むことは知っていても愛されることを知らなかった彼に。すべてすべて、返していきたいと思う。
自分に何の価値もないなんて思わないで。隣にいてくれるだけでどれだけ救われていることか。
大丈夫、と囁きながらあやすようにその背を優しくたたき続ける。
アメリカの胸に縋りついて泣いていたイギリスもやがてゆったりとした呼吸を取り戻し始めた。
「そういえば、どうしてあんなに泣いてたんだい? 俺にばれたら怒られるから、ってわけじゃないだろ?」
「羽、出せなくなったって言ったろ。もう飛べねぇんだなぁと思ってさ」
「やっぱり飛べないのは嫌かい?」
確かに飛行能力は便利だが、元は飛べない人間であるせいか、アメリカにはそれが泣くほどに惜しい能力だとは思えない。だがそれが生来持ち合わせているものなら……たとえばそれは手足を失うような感覚に等しいのだろう。
不用意なことを言ってしまったと、アメリカはひそかに唇をかんだ。
「だってもうお前と一緒に飛べねぇってことだろ。そう考えたら、寂しくなって……」
けれどイギリスから帰ってきたのは予想の斜め上を行く返答だった。その破壊力に、アメリカはわずかなめまいを覚えた。嗚呼、くらくらする。
「君って人はもう……」
「悪ぃ……」
伏せられた瞳のなんといじらしいことか。緑碧を格子状に遮る金の睫毛の一本一本に愛おしさがこみあげてくる。
とても庇護欲をそそられる姿だが、そんな表情など知らずに生きてほしいと願うのも事実だ。
そうして思い出す。自分は機工魔術師だ。契約した悪魔の、イギリスの力を補うための道具を作るのが、自分の役目だ。
「イギリス、こっち来て」
まだちょっとした拍子に涙をこぼしてしまいそうなイギリスの手を引いてアメリカは寝室を出た。
「な、なんなんだよ」
「飛べなくなったならさ、飛べるようになる道具を作ればいいじゃないか」
工房に設けられた棚を片っ端から漁る。目当てのものはすぐに見つかった。
「少し待っててくれるかい?」
「それ最後の魔石だろ、使っていいのかよ」
「君のために使わなくて何に使うの」
作業台に散乱する工具を引き寄せてアメリカが魔石に細工を施す。そう難しい術式ではない。作業はすぐ済んだ。
加工を終えた魔石を基板に取り付けてしまえばあらかたは完成だった。
「なんだよ、これ」
「うーん、説明するよりやって見せたほうが早いかな。イギリス、ちょっと後ろ向いて」
アメリカに従い、イギリスは訝しげな顔をしながらも後ろを向いた。その背にアメリカが魔石を押し付ける。
「うぇ、な、何?」
「イギリス、このまま羽出してみて」
「だから、羽は出せなくなっちまったんだって」
「いいから。いつもの感覚でやってみてよ」
疑わしげな表情のままイギリスは羽を出そうとした。出るわけがない、と思い込んでいたから、一瞬反応が遅れた。
がくん、とイギリスの体が宙に浮く。背中に押し付けられた魔石から羽が飛び出したのだ。
「う、わっ!」
「イギリス!」
そのままコントロールが取れずに天井すれすれにまで急上昇する。今までの羽とはわずかに感覚の異なるそれを操ることができず、イギリスの身体は宙で振り回された。それでも何とかコントロールを取ろうとイギリスがもがくと、何の前触れもなく羽が身体から外れた。
浮力を失った体は重力に従って落ちるのみ。
「うわぁああああ」
「とっ、」
落下するイギリスをアメリカが素早く受け止めた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃねぇよ、バカっ!」
「ごめんごめん。まだ調節が必要みたいだね」
まだ羽はパタパタと宙を舞っている。それを止めるためにアメリカは作業台に置かれていた拳銃を取り、無造作に撃った。一発の銃弾は違うことなく魔石に命中する。羽は掻き消え、箱はぽとんとアメリカの手のひらに落ちてきた。
「おい、撃った大丈夫なのかよ」
「ただの鉛玉じゃ傷なんてつかないさ。とりあえず驚かせて動きを止めたかっただけだよ」
アメリカの言葉通り、その手の中の魔石には傷一つない。それを検分しながらアメリカはぶつぶつと改良法を練った。その片手間に作業台の椅子を引いて腰を掛ける。
「出力をもっと下げたほうがいいのかな。でもそうすると速度と持久力に問題が出てくるし……とにかく一度ばらしてみるか」
「い、今からかよ?」
さっそく作業に取り掛かろうとしたアメリカをイギリスが引き止めた。
「だって君だって早く飛べるようになりたいだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
せっかくお前帰ってきたのに、と続けられて、アメリカは何度目かのめまいに襲われた。
なあ、とイギリスがアメリカの膝に乗りあがる。丈夫なはずの椅子がキシ、と音を立てた。アメリカの頭を抱き寄せたイギリスがその髪を愛おしげに梳く。
「今日も俺置いていきやがって」
「君、自分が弱くなってること自覚してよ」
「わかってる。でも、置いて行かれるのは嫌なんだ」
細い腕でアメリカの頭を抱き込み、イギリスは吐息とともにそう漏らした。艶のある黒髪に頬を摺り寄せ、瞳を閉じる。
「好きだ、アメリカ。愛してる。どこにも行くな」
「仰せのままに」
アメリカが誓うように口づけた。触れるだけだったそれはやがて深くなり、誓いから肉欲を高めるものへと姿を変えていく。
先に堪えられなくなったのはイギリスのほうだった。髪を引かれアメリカが大人しく唇を離す。
「っは、つづぎ、はやく」
「オーケイ、部屋に戻ろうかダーリン」
アメリカが甘く囁いてイギリスの髪を掻き上げる。あらわになったこめかみに唇を寄せながら、アメリカは造作もなく立ち上がって歩き出した。
「うわっ、」
「おっと、落ちないでくれよ」
アメリカの膝の上にいたイギリスはそのまま抱え上げられ、アメリカの腕に腰かけるような形になっている。よくも成人男性を幼児のような気軽さで扱えるものだと、イギリスは場違いだと知りながらも思った。逞しい体躯を羨ましく思うこともある。けれどアメリカはそれさえもイギリスの為と言ってくれるから。
こみ上げるのは愛しさばかりで、イギリスはアメリカの頭を強く抱きしめた。
「ちょっと、あぶなっ、」
「えっ、おいっ、うわっ!」
イギリスの突然の行動に驚いたのか、アメリカがバランスを崩す。
倒れ込んだ先は堅い床ではなく、柔らかなクッションが散乱したベッドだった。どうやらいつの間にか寝室にたどり着いていたらしい。
もつれこむようにベッドに倒れ込んで、お互いに顔を見合せたアメリカとイギリスはどちらからともなく笑い出した。声を上げるような笑い方ではない。くすくすと秘密を共有するような、そんな笑い。
「愛してるよ、イギリス。ダーリン」
「ん、俺も」
唇を重ねて、舌を絡めて。
キスをしながらアメリカは右手を宙に持ち上げ、ぱちんと指を鳴らした。
そうして寝室は闇に包まれた。
唐突に、意識の浮上。
イギリスははっと目を見開いた。
天井は見知ったもの。けれど、あの天蓋付きのベッドのものではない。
ああ、夢か。
そう思った途端にぼろぼろと涙があふれてきた。
アメリカ、アメリカ、アメリカ。どうして来てくれないんだろう。イギリスが泣いていれば、いつだって駆けつけてくれたのに。
「ん…、イギリス……? どうかしたのかい?」
アメリカの声。違う、アルフレッドの声だ。涙を拭わないままに声の方を向けば、寝ぼけ眼のアルフレッドがぎょっとした表情をした。
「イギリス? 怖い夢でも見た?」
気遣うような声に胸が締め付けられる。その姿がアメリカとかぶるからではない。その言葉をかけてくれるのがアメリカではないことがひどく苦しいのだ。
「お前には、関係ないだろっ」
伸ばされた手を払いのける。震える声で吐き捨てて、イギリスはアルフレッドに背を向けた。
アメリカ。アメリカ。アメリカ。早くもう一度会いたい。
もう一度抱きしめて、もう一度大丈夫と囁いてくれ。
アメリカからもらった羽を広げる。偽物だってかまわない。アメリカのくれたものなら。
羽で全身を包み込み、一人繭の中にこもる。
あの時と同じ暗闇の中、一人で泣いた。
友人から紹介されて「機工魔術師」という漫画を読んだのですが、キャスティングがあくめりまゆ米英過ぎて! 悪魔カップルとそれに瓜二つの人間とか! とか!!
アルフレッドとイギリスのやり取りも楽しいのですが、作中に出てきたバカップルのやり取りが可愛かったのでアメリカとイギリスで書いてみました。
実はまだ最終巻まで読み終わってないので、今後こいつらがどうなるのかハラハラしております(07/26)