友達、と呼ばれる度にいつだって泣きだしたくなるような感情に駆られていた。
俺とアルフレッドとの付き合いは長い。
家が隣同士で、それこそ物心つく前からの付き合いだから、かれこれ20年近く。
ポジティブの鑑であるようなあいつと一緒に育ったと言っていいはずなのに、俺の性格は自分でもドン引くくらいに陰鬱だ。とんでもなく重い。
多分、小さな子どもの独占欲の延長のようなもんだと思う。
幼くて拙いそれを、俺は未だに捨てられないでいる。
エレメンタリースクールの頃はよかった。
何が良かったかって俺が自分の性質をまだいまいち理解していなかったことだ。
幼さに任せて身勝手な感情を振りかざしていられた。
一緒に帰ってくれなかった翌日に盛大に拗ねてみたり、誰かほかの奴と仲良くしているのを見て不機嫌になってみたりすれば、面倒見のいいアルフレッドは仕方ないなぁと笑いながら傍にいてくれた。
声に出して傍にいろと言ったことはあまりなかったが、それ以上に俺の行動は雄弁だったと思う。
本当ならこの時期に自分の世界を広げて、アルフレッドにだってあいつだけの世界があることを知るべきだった。
けれど俺はアルフレッドの隣の居心地の良さにかまけてばかりいて、それを怠っていたんだ。
それが大きく祟るのがジュニアハイスクールの頃。
クラブ活動が本格的になったのをきっかけに俺はアルフレッドにべったりではいられなくなった。
もともとあいつは身体を動かすのが大好きな性格だったからごく当たり前のようにバスケ部に所属した。それを追いかけて入部することだってできたと思う。アルフレッドに連れまわされたおかげで俺だって運動は苦手じゃなかった。
けれど俺はバスケ部とは全く縁のない、当たり障りのない文化部に入部した。
このころからようやく俺は自分の性格の厄介さに気付き始めていたから。
ただの幼馴染がいつまでもくっついていては、俺はともかくアルフレッドのためにはならないことを薄々感じていた。
結果アルフレッドがほかの奴と過ごす時間は増えたし、俺自身、アルフレッドに自分のために時間を割いてくれるよう訴えられるだけの幼さをなくしていた。
過剰なそれが、相手に迷惑をかけるものであることをようやく知った。ただひたすらに、鬱陶しがられたり、嫌われたりするのが怖かった。
おまけにアルフレッドとの仲を何より優先させてきた俺は、“友人との適切な距離”というものをうまく測ることができないでいたから、鬱陶しがられないようにと思ううちに接することに臆病になって、嫌われないようにと思ううちに求めることが恐ろしくなっていた。
ジュニアハイスクール時代の俺は表面上は聞き分けのいいふりをして、内側は幼いあの頃と何一つ変わっていなかった。
むしろ内面に関しては悪化したと断言してもいい。
全部曝け出すことなんてできずに、内側に内側にとため込むうちに、もっと吐き出すことのできないものになっていった。
アルフレッドを素直に“友達”と呼べなくなったのもこのころからだ。
アルフレッドが今も俺といるのは幼馴染という惰性からじゃないだろうか。
俺がアルフレッドにくっついていくのをやめたらこの関係はそこで終わってしまうんじゃないだろうか。
そんなアルフレッドの感情を顧みない俺の勝手な妄想のせいで、俺はあいつとの友情とやらを主張できなくなっていた。
これが一方的な感情だったらどうしよう、それをあいつが鬱陶しく思ったらどうしようと悩めば悩むほど俺からは何も行動を起こせなくなった。
それがさらに悪化したきっかけがハイスクールへの進学。
スポーツを取ったあいつと、勉学を取った俺。選んだ道は全く違っていた。
クラブ活動の選択でさえあいつを追えなかったのに、進学先に同じ学校を選べるはずもない。
俺なりに夢だってあった。その夢を投げ捨ててあいつを追うことは、何よりも重い行為に思えた。
違う学校に通っているのだから当たり前だが今までのように毎日会うことなどできなくなって、部活で忙しいあいつのことを考えると休みの日も会おうと声をかけることはできなかった。
時折勇気を出して会えないかとメールをしても高確率で予定があるから無理だと返ってきて、その文面からはあいつが誘いを断ることを申し訳なく思っていることがありありとわかったから、会えないことよりもあいつに迷惑をかけてしまったことに気持ちが沈んだ。
そんなことを何度か繰り返すうちに誘いのメールさえもほとんど送れなくなった。あいつから連絡が来ることなんて滅多になくて、やっぱり幼馴染としてずっと一緒にいたからこそ続いていた関係だったのだと泣きそうになった。
だからアルフレッドとの予定があって会える日が作れると過剰にはしゃいだ。
それをあいつに悟られないようにするとせっかく会えたのにそっけない対応しかできなくて、自宅に戻ってから不貞寝をする程度にはへこんだ。
そんな態度が友人に向けるには重すぎることは俺だって重々承知で、治そうと思っても一向に上昇してくれないネガティブな思考回路に更に悩むという悪循環が出来上がってしまっている。
けれどうだうだと悩む俺を、あいつは一言で飛び越えるから。
「こないだ親友はいる?って聞かれてさ、君のこと話したよ」
なんて何気ない一言に、嬉しくて、幸せで、どうしようもなく泣きそうになってる俺のことなんてあいつは気付かないんだろう。気付いてほしいとは思わないし、できればこのままみっともない内側なんて見せないままあいつとは付き合っていきたかった。そういう面をひた隠しにしている俺とあいつの関係を、親友と呼ぶにふさわしいとは思えなかったけれど。
それからもあいつとの関係を友達と呼んでいいものか悩みこんで、あいつの一言に救われる日々が続いた。
正直アップダウンが激しすぎて俺自身ボロボロだった。それでもあいつの隣にいたかったんだから、相当なんだろうな。
きっとこれからも、アルフレッドが俺との関係を続けたいと思わなくなるまで、ずっとずっとあいつ絡みで一人浮き沈みする人生なんだろうなと思ってた。
周りの奴らは恋だのなんだのに躍起になっていたけど、俺はどうしてもそっちには興味が持てなかった。
アルフレッド以上に強く依存する相手がそうそう見つかるとは思えなかったし、出来れば見つかってなんか欲しくなかった。アルフレッドに対しても、一人の友達に対してもこんなにも浮き沈みするのに、恋人なんて特別な奴が相手だったらそれこそ壊れてしまうくらい辛いだろうから。
大切が欲しいくせにその存在に一喜一憂するのは嫌だ、なんて、身勝手かもしれないけれど俺の場合程度があまりにひどかった。
ハイスクールの友人たちからは散々からかわれたが、俺にとっては幸いなことに恋人はできないままに俺はハイスクールを卒業した。
俺の進学した大学とアルフレッドの進学した大学はもちろん同じではなかったけれど、休みの日に手軽に会える程度の距離ではあった。
これで電車を乗り継がなければ会えないような距離になってしまっていたら、この関係は崩れていただろうから酷く安心した。
俺はこれからもあいつとの微妙な距離感を測りながらあいつと付き合っていくつもりだった。
時々あいつの口から親友という言葉が聞ければ、どんなに悪循環に陥ってしまっていても平気だと思っていた。
だから、
だから、
「彼はアーサー。俺の親友なんだ」
その言葉が、こんなに胸に突き刺さるものだとは思っていなかった。
その言葉に、嬉しさ以外の感情で泣きたくなることがあるなんて思っていなかった。
大学に入ってからできたという恋人を紹介するアルフレッドに、俺はひたすら泣き出したいのを我慢して笑っていた。
あんなに嬉しかったはずの言葉なのに、今はただ痛みしか感じられなくて。
親友という居心地のいいはずの場所が、酷く冷たく思えた。
だってそちらの方が温かそうじゃないか。
一番でなければいやだ。唯一でなければいやだ。特別でなければいやだ。
子供の幼い独占欲を引きずったまま、俺はいつだって身勝手な感情を振りかざしてきた。
好きだ、好きだ、好きだ。その存在が、丸ごと欲しい。
本当に望んでいたのは、友情なんかじゃなかった。
あの後どうやって自宅に帰ったかは覚えていないが、決して恋人には成り代われない親友という居場所が辛くて一晩中泣いていたことだけは覚えている。
このアーサーさんは恋人になった後も面倒くさそうだな……(02/06)