梟の羽をもつ冥府の王

人が神とまみえることなどないと、いったい誰が嘯いたのか。
たとえどんなに貧しく賤しい身分の人間であっても、拝顔を許された神がいる。
裏を返すならば、どんなに裕福で高貴な身分の人間であれ、出会いを避けられない神がいる。
人はすべての終わりにその神のもとを訪れる。誰一人として取りこぼされることのなく、誰一人として逃げることの許されない邂逅がそこには待っている。

暗く冷たい地底、安寧の眠りが満たすそこで、梟の羽をもつ冥府の王は人々を出迎える。


クリティアスの21神――第13の神【梟の羽をもつ冥府の王】――
※クリティアスの21神……神代の時代の吟遊詩人クリティアスが楽園を廻り、そこで出会った神々についてまとめたとされる書物。以下はその書物のうち第13の神【梟の羽をもつ冥府の王】について述べられた部分を一部抜粋。



【梟の羽を持つ冥府の王】は地下世界とそこに落ちたすべての亡者を支配する王である。
彼はかつてアトランティスの楽園に住まう神のひとりであり知恵と探求を司っていたが、禁忌とされていた“死”の記憶が収められた扉を開いたことにより、睨んだ者を死に至らしめる目を手に入れ、多くの神を死に追いやった。本来不死であるはずの神でさえ、【梟の羽を持つ冥府の王】の目を見て正気でいることはできなかったため、彼は楽園を追われ、冥府の前身である混沌へと下った。
この御降りにより混沌に秩序がもたらされ、冥府が生まれた。転生を争い死してなお安寧を迎えることのなかった亡者たちには生前の行いに見合った刑期が与えられ、転生が約束された。
かつて【梟の羽を持つ冥府の王】が地下に降りた際に踏み固められた闇は現世から冥府へと続く道となり、その道の果て、冥府の入り口には【梟の羽を持つ冥府の王】が座す神殿がある。亡者はここで生前の行いのもとに裁かれ、次の生までの長い道のりに旅立っていく。

さて冥王の神殿にはもう一つ玉座が設けられている。そこに座すのは【梟の羽を持つ冥府の王】の伴侶たる半神【冬を纏う冥府の后】である。
この【冬をまとう冥府の后】は、元は疫病を鎮めるためにと【梟の羽を持つ冥府の王】にささげられた生贄であったが、その際に王に殴り掛かったという逸話を持っており、その気丈さと正義感を見初められ、生きながらにして神として召し上げられることとなった。半神であるため永きを冥府で過ごすことは叶わず、一年の4分の1を地上で過ごすために冬が巡るという。

冥府の王とその傍らに座す伴侶に、やがて諸君も出会うだろう。
その時はどうか、彼らの安寧を妨げぬよう。
冥府は神への祈りが届かぬ地ゆえ、救いなど求めるすべもない。











「アーサー、」

甘えた声がアーサーの名前を呼ぶ。
けれどアーサーはその声に応えずに手元の本に没頭していた。

「ねぇ、アーサーってば、」

声が少しだけ焦れたような響きを持つ。くいくいと髪を引く仕草は幼く、母の関心を引こうと服の裾をつかむ子供を思わせた。それでも振り向かないアーサーに指は面白くなさそうに髪をくるくると巻きつけて、なおも彼の気を惹こうと幼稚な行為を続ける。

「ああもう鬱陶しいな。邪魔するんじゃねぇよ」
「本なんていつだって読めるだろ、俺がいるのに邪険にするなんて許さないんだぞ」
「お前は俺に四六時中お前の相手をしてろってのか、ああ?」

アーサーが眉をしかめて後ろを振り返った。アーサーが背凭れ代わりにしている長椅子の上には、アルフレッドが退屈そうな顔をして横たわっている。表情がどこかぼんやりしているのは今まで彼が夢の中にいたためだ。本当はアルフレッドが起きるまでと始めたはずの読書に夢中になってしまっていたことにアーサーは内心で唇をかんだが、それを彼に悟らせてしまうのはしゃくだった。

「四六時中とは言わないけどさ、今くらい良いじゃないか。あと一週間しかないんだぞ」

アルフレッドが少し強めにアーサーの髪を引っ張る。今度のそれには抗議の色が強く表れていた。それでもやはり幼さが前面に押し出された声と仕草にアーサーは苦笑する。

「お前、一か月前から同じこと言ってるぞ」

アルフレッドがしつこく数えているのは、アーサーが冥府を去るまでの刻限だ。冬の間だけ地上に上がるアーサーにアルフレッドは毎年ひどく食い下がってくる。たとえ永遠を生きる神であれ3か月という月日は長いのだろうか。拘るからにはそうなのだろうな、とアーサーは小さくため息をついた。呆れ、というよりは安堵に近い。恋しく思うのは自分だけではないのだと実感できる。
第三者から見ればアーサーへの愛情を示すことにかけてはことに熱心なアルフレッドに対して不安を抱くことの方が難しいように思われるのだが、それでも彼はまだ愛され足りないらしい。

「3か月も君に会えないんだぞ。いくら充電してもし足りないよ」

髪をいじることに飽きたのかアルフレッドの指がアーサーの髪からほどけてゆき、代わりに腕は肩へと乗せられて、形のいい鼻梁がつむじにうずめられた。
アルフレッドの言い分は、同じ言葉とともに計るのも億劫になるほど長い時間抱き潰された経験のあるアーサーにとって不穏なものでしかなかったが、アルフレッドの声に閨を思わせるような響きは一切ない。ひたすらに甘えたがる犬猫のような態度に困惑する。

「ほら、俺がこんなに寂しがってるんだから慰めるのが冥府の王の妻としての君の務めだぞー」
「自分で言うなよな……」

妻という単語にこそばゆさを覚えながら、アーサーはアルフレッドへと腕を伸ばした。太陽の光がよく似合うであろう金髪に指を差し入れてくしゃくしゃと撫でる。青空を思わせる瞳がゆったりと細められた。こんなにも光に愛されたような容姿をしているにもかかわらず、彼が地上の土を踏むことは許されない。

「大体、慰めろったって何すりゃいいんだよ。こうやって頭撫でてればいいのか? 体でってのも、拒否はしないが明日動けないってのは勘弁しろよ」
「ワオ、君からベッドのお誘いをもらえるとは思わなかったな」
「なっ、慰めろって言ったのはそっちだろ」

揶揄するように細められた瞳にアーサーは胸元まで真っ赤になった。いつまでたっても色事に関しては初心な伴侶にアルフレッドが喉元だけで笑う。そっと頬を撫でればアーサーは大げさなほどに体を揺らしたが、その身体が逃げを打つことはなかった。それが彼の最大限の愛情表現だと知っているから、思わず唇が緩むのは止められない。

「せっかくの君からのお誘いを断るのは大変恐縮だけれど……」
「だからっ、誘ってねぇって!」
「もう少し眠りたいな、アーサー、ね、おいで」

一人でもやや手狭だろう寝椅子の上でアルフレッドが身を寄せてスペースを作る。手招かれれば拒否はできなかった。立ち上がったところで手を引かれて、アーサーは寝椅子に、アルフレッドの胸に倒れ込んだ。
ばさ、と羽の動く音がしてアーサーの身体が暖かい羽毛で包まれる。腕と羽で抱き込まれてしまえば逃げ場などどこにもない。
柔らかな束縛に微笑んで、アーサーはアルフレッドの首筋に顔を埋めて目を閉じた。


永い冬まで、あと7日。











2012/11/24 pixiv掲載 2013/04/02 サイト格納