ほぼ人名表記ですが国設定です。
キャラ崩壊がひどいです。特に米。
モブと絡んでいるような、いないような。
カークランド卿は謎の多い人物である。
女王陛下から直々に賜ったSirの称号。
一等の教育を受けてきたことを匂わせる美しい発音と流れるような物腰。
年嵩の重役とも気兼ねなく話す老成した態度。
外見だけを見るならば20も半ばの見目麗しい青年だが、一度でも彼と言葉を交わした者ならだれでもその内に長い年月を生きた老成した人格がいることを悟るだろう。
それでも彼の正体には気づかないでいることが暗黙のルールだった。
時折話題の端に登らせては一体どんな家柄の御生まれなのかしらと白々しく言葉を交わすのが社交界での常なのだ。
だが今日という日ばかりは。
そんなひっそりとしか語られないはずのカークランド卿が夜会での注目を一身に集めていた。いや、正確に述べるならば卿が注目を集めているのではない。卿と、その隣に立つ青年が周囲の目を集めている。
なぜならあのカークランド卿が、男とはいえ同伴者を連れていることなど今までに一度としてなかったことだったから。しかもその同伴者が彼と並ぶにふさわしい若者だったならばなおさらだ。
緩やかに後ろへと流した柔らかそうなハニーブロンドに、過剰な派手さのない整った顔立ち。卿より少しばかり年若いだろうか、幼さの残る顔に微笑を浮かべて卿と談笑する姿はひどく絵になった。
周囲からの好奇の視線と話しかける機会を狙う息遣いを知ってか知らずしてか、二人は会話を続ける。青年の言葉にカークランド卿が時折表情を崩して笑う様子は、その珍しさから多くの視線を集めた。
「カークランド卿」
背後から掛けられた声に先に振り向いたのは、ハニーブロンドの青年だった。金髪が見た目の印象通りに柔らかく揺れる。
そんな青年の動きに気付いてか、カークランド卿も青年の視線を追って振り向いた。その先にいた人物を見止め、破顔する。
「ああ、Mrs.シームア! お久しぶりです。お変りはないですか?」
「ええ。卿もお元気そうで」
そう言って花弁のような唇を綻ばせたのは、シックな黒の夜会服に身を包んだ女性だった。一目見ただけでは年齢の判別が難しい女性だ。微笑んだ時にできる目尻の皺が彼女が決して若いと形容できる年齢ではないことを示していたが、白く塗った肌と涼しげな眼鼻立ちはまだ20代でも通るような瑞々しさをたたえていた。
「この頃はちっとも夜会に参加なされないから、心配していましたのよ?」
「申し訳ありません。夏は少々苦手で……」
言葉を濁したカークランド卿に隣に立つ青年が苦笑した。
「夏は体調を崩しやすいですからね。兄さんは」
「あら、卿の弟君でいらっしゃったのね」
「はい。……でもあまり似ていないでしょう?」
「そんなことありませんわ。笑う仕草がそっくり」
にこりと笑った夫人に青年二人が気恥ずかしげに目を逸らした。そんな様子を見て夫人は笑みを深める。
「照れてるところもそっくりですのね」
「Mrs.シームア……」
若さを失わない女性の勢いに流石のカークランド卿もたじろいで曖昧な笑みを浮かべた。
「あら私ったら。まだお名前を伺っていませんでしたわ。私はユーニス・シームア。レジナルド・シームアの妻です」
「アルフレッド・フォスターです」
優雅に足を折った夫人にフォスター青年も一礼を返す。それから夫人の陰に隠れるように立つ人影へと視線を向けた。
「よろしければそちらの方もご紹介いただけますか?」
「ええ、もちろん」
フォスターの求めに応じて夫人がわずかに体をずらす。背後からおずおずと姿を現したのはまだ少女と呼べる年頃の女性だった。夜会に出席している以上妙齢であるはずなのだが、柔らかな栗毛色の髪に縁取られた白い顔はあどけなく、幼い印象が強く残る。だがあと数年もすれば母親似の瞳が冴える美しいレディになることは容易に想像がついた。
「デジー・シームア。私の娘です。この夏に社交界入りしたの」
「よろしくおねがいします」
ドレスのすそを持ち上げて小さく膝を折る仕草はややたどたどしくも、教養の深さが垣間見えるものだった。
「カークランド卿、よろしかったらこの子と踊ってくださらない? 貴方の“効果”は私で実証済みですもの」
夫人が意味ありげに微笑んでみせた。
“カークランド卿と踊った女性は良縁に恵まれる”
そんなまことしやかに囁かれる噂を信じて娘とぜひ、と乞う夫人は後を絶たない。
シームア夫人自身、カークランド卿と踊った後に今の夫であるレジナルド卿と大恋愛の末に結ばれた過去を持っている。
だがカークランド卿は困ったように眉をひそめ、首を横に振った。
「私でよろしければ喜んで、と言いたいところなのですが、申し訳ありません、先日足を痛めてしまいまして。ダンスはまたの機会でもよろしいでしょうか」
「あら、それは残念だわ。怪我、お大事になさってくださいね」
「ご心配ありがとうございます。代わり…といってはなんですが、もしよろしければこれがお相手を」
これ、と呼ばれた青年が一瞬状況を飲み込めずきょとんとする。
数秒後ようやく兄の言った言葉を理解したのか、目に見えてうろたえ出すフォスターをカークランド卿は楽しそうに眺めていた。
さんざん目を泳がせた後、決心したのか軽く唇を噛んで少女へと手を差し出す。
「よろしければ、僕と一曲」
どこかぎこちない誘いに、少女は微笑を湛えて手を重ねた。
奏でられる旋律に合わせて広間には色とりどりの花が舞う。
ひらりひらりと揺れるドレスのすそは溜め息が漏れるほどに美しい。
そんな中で少女の手を取って踊るフォスターは、なぜあれほどためらいを見せたのか不思議になってしまうほど巧みに少女をリードしていた。
少し俯きがちだった少女がためらいながらも視線を上げる。少女と目があった瞬間、フォスターはその青い目を細めた。
「この度は申し訳ありません、Ms.シームア」
「あら、どうして貴方が謝られるの?」
ハシバミ色の瞳を丸くして少女が首をかしげる。緊張よりも好奇心が勝ったのだろう、明度の高い瞳がじっとフォスターを見つめた。
「兄の怪我は、僕が原因のようなものですから」
目尻を下げてそう言ったフォスターに少女がますます不思議そうな顔をする。
少し考えるような仕草の後、フォスターの謝罪が卿と踊れなくなってしまったことに対するものであることに行き当たったのだろう、少女は唇を綻ばせて笑った。
「でもおかげで貴方と踊れましたもの。貴重な体験ができましたわ」
柔らかな年相応の表情で少女が楽しそうに笑う。
対する青年の表情はどこか複雑だ。
「貴重、ですか……?」
「ええ、だってあまり夜会にお越しにならないんでしょう?」
「確かにそうですね。僕の場合、普段は合衆国の方にいるので」
「アメリカに? でもカークランド卿は……」
「兄はほとんどロンドンにいますよ。ですから、兄弟でもあまり会うことはないんです」
音楽に合わせて大きく、けれど優雅にターンする。一瞬途切れた会話を、少女はなおも続けた。
「寂しくはありませんか?」
「昔と違って今は便利な道具がたくさんありますから」
きっと彼の言う昔は数年や十数年前のことではない。
青年が“あの”カークランド卿の兄弟であることを前提としなくとも、彼の言葉にはそれを悟らせるだけの厚みと重さがあった。
「でも、お生まれはこちらなのにどうしてアメリカへ?」
「……? 僕は生まれも育ちもアメリカですよ」
「えっ、ご、ごめんなさい。私ったら勘違いしていたみたい。あの、貴方がとても綺麗なクイーンズを話されるから……」
自分の間違いに気付いた少女が頬をばら色に染めて俯く。視線を上げないまま小さな声で弁解をする少女はひどく庇護欲をかきたてた。
「これは兄から教わったんです。ダンスも、マナーも、乗馬も、全部、兄から」
「仲がよろしいんですね。私は兄弟がいないので羨ましいです」
「そうでしょうか? 僕にとっては煩わしい限りなのですが」
わざとらしく顔をしかめて見せたフォスターに少女が笑った。社交界入りしたばかりの自分でも見抜けてしまうような嘘をつく青年が途端に可愛らしく見えてきたのだ。相手は自分よりもずっとずっとずっと年上だというのに。
「アメリカはどんなところですか? わたし、まだ行ったことがないんです」
「一言で説明するのは難しいですね……とても大きな国ですから。素晴らしい国であることはこの僕が保証しますよ。兄は歴史が浅いと馬鹿にしますけどね」
「ぜひ一度お訪ねしたいわ」
「では合衆国にお越しの際は僕がご案内しましょう。素敵な旅をお約束しますよ」
「ええ、楽しみにしています」
青年と少女が笑いあう。誰もが見とれてしまうような舞台の上で二人は曲が終わるまで楽しげに踊り続けていた。
夜会が開かれている華やかな室内とはうって変わって中庭は黒く闇に沈んでいる。
暗幕を張ったような空に月はなく、室内から洩れる光だけがわずかに庭の木々の陰影を浮き彫りにしていた。
サク、サク、と落葉を踏みしめながらフォスターは迷路のように入り組んだ庭を廻った。
やがてようやく目当てのものを見つけ、立ち止まる。
「ここにいたんですか、兄さん」
フォスターが声をかけた先には暗闇に紛れるようにして立つカークランドの姿があった。注視して探してもとても見つけにくい位置にいた彼のもとにフォスターは迷いなく歩み寄った。
「いろいろな人に声をかけられましたよ。兄さんはどこに行ったのかって」
「……少し風に当たりたくてな」
「まだ体調が?」
「いや、そうじゃなくて……つーか、それいい加減やめろ、気色悪い」
カークランドが露骨に眉をひそめる。けれど苛立ちを隠さない声にもフォスターは困ったように首をかしげただけだった。
「なんのことですか?」
「だから、もういいって言ってんだろ。やめだ、やめやめ」
「兄さん? やっぱりまだ体調が悪いんですか? でしたら今日はもう帰りましょう。出席者の方への挨拶は済んでいるんでしょう?」
フォスターがカークランドとの距離を詰めて、その顔を覗き込んだ。身長はわずかにフォスターの方が高く、不機嫌そうに顎をひいて立つカークランドの顔は軽く身をかがめなければうかがえない。
己をすっぽり包む様な影を落とすフォスターをカークランドはきっと上目遣いに睨みあげた。
「いい加減にしろ、アメリカ」
「何のことですか? 何だか今日はおかしいですよ、兄さん」
「殴るぞ」
低く唸ったカークランドのフォスターがきょとんと目を丸くする。その次の瞬間に形作られたのは、先ほどまで彼が浮かべていた柔和な笑みとの相違はわずかながら、持つ意味合いは全く異なった笑顔だった。口角の角度がほんの少し変わるだけで上品な笑みは一瞬で皮肉に満ちたものに変わる。
無抵抗を示すようにホールドアップしながら青年が笑う。
「オーケイ、もうやめるよ。君こそごっこ遊びはもういいのかい? イギリス」
ごっこ遊び、という言葉にカークランドが――イギリスが顕著に反応を示して眉をひそめた。
「ごっこ遊びって、お前なぁ!」
「それ以外になんて言うんだい、こんな悪趣味な真似。大体言いだしっぺはそっちなのに気に入らなかったからって一人で勝手に不機嫌にならないでくれよ」
「…………」
イギリスがムスッと黙りこむ。視線を合わせようとしないイギリスにアメリカは大袈裟にため息をついた。
こんなバカげたことを言い出したのはイギリスなのだ。
イギリスが参加する夜会に“弟”として出ろ、などという要求、いつもならば絶対に了承しない。
それを今回アメリカが渋々飲んだのはイギリスに怪我をさせてしまった負い目があった――3ヶ月ぶりの逢瀬にアメリカが感極まって抱きつき、イギリスがそれを受け止めきれずに足を捻った――し、その怪我のお詫びに何でもすると約束したためだったが、やはり突っぱねておくべきだったと今は後悔している。
いや、正直に話すならば、本当は。
お詫びに何でもするよと言ったときにじゃあっと顔を輝かせたイギリスに少なからず期待していた。ちょっとは恋人らしいお願いをしてくれるんじゃないかと。けれどイギリスの要求は正反対のもので、無性に腹が立って、やり切れなくて、ムキになった。いっそイギリスが舌をまめるくらいの演技をしてやろうじゃないかと自棄を起こした。
が、結果はこれだ。
「君には悪いけど、やっぱり俺は君の望む弟になんてなれないよ」
芝居なら打てる。けれどそれは己の本質とは程遠い。その齟齬が独立を招いたことくらい、イギリスだって理解しているだろうに。
それでもイギリスがアメリカに過去の幻影を求めたがるし、恋人という関係に落ち着いた今でもそれはぶり返す。それをアメリカはあきらめにも似た境地で受け入れていた。受け入れてはいても、不満がないわけではなかったけれど。
「ちがっ、そう言うことじゃなくてだなぁっ!」
「何が違うっていうんだい」
「お前のが不満だったかとか、気に入らなかったとかじゃなくて、その……」
イギリスが言葉を濁して視線を彷徨わせる。対するアメリカは不機嫌な顔を隠さない。気色悪いとまで言われた演技が不満でないとしたらなんだというのだろう。
「あんまり、見せびらかすもんじゃねぇと思ったんだよ……」
その言葉をアメリカが呑みこむのに丸々40秒を要した。
それから首をかしげて問う。
「つまりはヤキモチ焼いたってことかい?」
「ばっ、ちがっ」
「違うの?」
「違わねぇ、けど、」
夜の闇の中でも鮮やかな朱色を頬に佩いてイギリスが俯く。
誇らしい“弟”。手塩にかけて育てた存在が女性の目を集めることは喜ばしい限りであるはずなのに。
自分から唆しておいて、少女と踊る姿を見ることに耐えられなくなった。
あの時胸に湧きおこったのは、浅ましくて、見苦しくて、みっともなくて、身勝手な嫉妬だった。
“弟”相手にならば嫉妬も何もないだろうと、嫌がることなど分かり切っていた弟役をアメリカに要求したというのに、これでは意味がない。
「たかがダンスなのに」
「煩ぇよ。んなことは自分でもわかってる」
「自覚してるなら君も自重してくれよ」
アメリカが僅かな距離を一歩で縮めてイギリスの腰を抱いた。突然のことにうろたえるイギリスの唇に至近距離で囁きかける。
「俺だって嫉妬くらいするんだよ」
それこそ独立のずっと前から、ダンスの際にイギリスが抱く細い腰にドロドロとした黒い感情を抱いていた。
人のことを言えた口ではないことなど重々承知だが、イギリスも自分のことを棚に上げる癖がある。それから、案外彼の方がアメリカよりも耐え性がないのだ。
「別に君に誰とも踊るな、なんて言わないけどさ」
一方的な恋情の対象としてではなく、与えあう愛を築こうというのならば相手を尊重することを怠ってはならない。譲歩でも、諦めでもなく、その人を構成する世界を認めるということ。
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「それは自分で考えてくれよ。俺が言ったんじゃ意味がない」
吐息が触れ合うほどの距離にあった唇にキスを落として、アメリカはイギリスの腰を引いた。
「踊ろうよ、イギリス」
「……お前から誘ったんだから、お前が女役な」
「やーなこった」
「っ、おいっ」
ぐい、とアメリカが力任せに主導権を握る。
室内から洩れてくる微かな音楽に合わせて緩やかに強引にステップを踏めば、やがて諦めたのかイギリスも大人しく踊り出した。
「云百年前に習ったきりにしては結構うまいと思うんだけど、どう?」
「俺が直々に教えたんだ。下手になられてちゃ困る」
「正直にうまいって言えばいいのに」
他愛のない言葉を交わし合って、気紛れにキスをする。
アメリカのリードは予想外に巧みで、そこにそれなりの数の経験が見てとれてしまう。
お互いに知らない顔があることなんて当たり前なのに、そこにどうしようもなく嫉妬してしまうからイギリスはそれを紛らわすように何度かワザとアメリカの足を踏んだ。
ダンスが上手なメリカさんいいなぁと思って。
イギリスさんの行動理由が本編の中でうまく説明できなくって悔しいんですが、メリカを舞踏会に引き摺りだしたいんだけど普通に連れて行ったら嫉妬してしまうことなんて目に見えてて、じゃあ弟として連れて行ったら大丈夫なんじゃないかって思ったけどやっぱり駄目でした! みたいな感じです。(03/11)