一生のお願いです

「そういえば今日、俺、誕生日だったんだ」

 一日の終わり、あと数時間で今日も終わろうとしているそんな時間に、何気なく(を装って)呟いた言葉は狙い通りそいつを動揺させることができたらしい。驚きすぎて口元に運んでいたマグを傾け過ぎてしまったらしく、勢いよく呷る形になってしまった熱いコーヒーにこれまた目を白黒させるのを内心愉快な面持ちで眺めていた。もちろん外面は明日の天気を尋ねるような何気なさを崩さない。
「なっ、ん」
 なんとかコーヒーを嚥下したらしいアルフレッドが先走って声を上げる。とりあえず落ち着け。冷静さを奪ったのは自分だと知っていながらもそう思わずにはいられなかった。
「なんでそういう大切なことを今頃言うんだい!!」
 きゃんきゃんと甲高い声で叫ぶのはこいつが動揺していることの何よりの表れだった。実にわかりやすい。その後に続くマシンガントークの内容も予想していたものと寸分もたがわなかった。
「ああもうっ、せめて夕方に言ってくれれば外食するとかできたのにさ! 君はいっつも言うのが遅すぎるよ! こんな時間じゃプレゼントどころかケーキの一つも用意できないじゃないか。大体なんで今っ――」
「嘘だよ」
「思い出したように言うんだいって、え……っ?」
 嗚呼、あほ面。”鳩が豆鉄砲喰らったような顔”とはきっとこんな表情のことを言うんだろう。
「嘘だよ、アルフレッド。俺の誕生日は今日じゃない」
 小さな子供に言い聞かせるような言い方はこいつの大嫌いな言動の一つだ。いつもならば躍起になって牙を剥いてくる。そういうところがガキっぽいんだ、と言ったところで相手の神経を逆撫でするだけだろうから言ったことはない、まだ。まあ、今回ばかりはあっけにとられすぎて噛みつくタイミングを逃したようだったが。
「うそ、って、君ねぇ……」
 ぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえる気がした。文句ありげにこちらを睨みあげてくるスカイブルーに怯まずに相対する。今回ばかりはお前に怒る権利をやるつもりはないんだ。
「恋人の誕生日くらい覚えていてほしい、なんて女々しいこと言うつもりは全くなかったんだけどな? 何年の付き合いだと思ってんだゴラァ」
 アルフレッドの胸倉をつかんでつるし上げる。
「覚える気すらねぇだろてめぇ!」
「だって君の誕生日覚えにくいんだもん」
 ああ知ってる。前も同じ切り返しをされたからな。そんな理由で恋人が誕生日を祝ってくれない身にもなってみろ。このバカ。別に記念日ごとにはしゃぐ男女のカップルじゃあるまいし、そこまでこだわりたいってわけじゃないんだ。でも、なぁ、
「ねぇアーサー、君の誕生日、教えて? 今度は絶対に忘れないから」
 それ前にも言ってるからな、この単細胞。最低だ、こんな男。下らねぇことはよく覚えてられるくせになんでたった一人の誕生日が覚えられねぇのかなぁ。
「お前になんて教えねぇ。バーカ」
「そんなこと言わないでくれよアーサー」
 眉をハの字にしてアルフレッドが俺を見上げてくる。そんな捨てられた子犬のような目で俺を見るな。俺はもう、お前に誕生日を祝ってもらおうなんて期待は捨てたんだ。
「お前に祝ってもらう必要は今後一切ない」
だから、だから。
「代わりにこれからの分の誕生日プレゼントを全部ひっくるめて今よこせ」
「そんなに高いものがほしいのかい?」
 アルフレッドが戸惑うように首をかしげた。ああ確かに高価なものかもしれない。場合によってはいくらか札束を積めば手に入るかもしれないが、まっとうな人間ならそんな手に入れ方はしないものだ。こうやって、プレゼントの延長でねだるようなものでもない。

「I want your life.」
――あなたの一生涯を縛る権利をください

 アルフレッドの顔が一瞬で上気した。これは、予想外。
「な、んか、プロポーズみたいなんだけど、それ」
「一生分の誕生日プレゼントに指輪もつけてやろうか」
 そんなもので購えるようなものじゃあないが。こいつが手に入るならなんだってしてやる。
「……やだ」
 返答がつれなくてもあまり落胆はない。冗談にほんの少しの願望を練り込んだだけだ。拒まれたなら、拒むからには来年からはちゃんと祝ってくれよと形の良い額をはじいて終わりにするつもりだった。
「指輪は、俺に用意させてくれよ」
 だから、冗談、なん、だって。どうしてそんなまっすぐにこっちを見るんだ、やめてくれ。真っ赤な目じりにつられるようにこっちまで頬が熱くなる。
「あと、」
 まだ何かあるのか。もうやめてくれこっちはもう限界なんだ。
「誕生日プレゼント一生分なんかじゃ、全然足りないよ。もっと別のものを頂戴」
「な、にを」
 おかしい。冗談を仕掛けただけなのに。ちょっとした意趣返しのつもりだったのに。どうしてこんなにこっちが動揺してるんだ。
「人の一生に釣り合うものなんて一つしかないだろう?」
 君の一生を頂戴?なんて、囁かれた日には、もう。やめろ、壊れる。どこで覚えてくるんだそんな手管。人の誕生日もろくに覚えられないくせに。
「ダメ?」
 小首を傾げるな追い打ちをかけるなそれ以上やられたら死ぬ。もうこいつの暴走を止めるにはひたすら頷くしかなくて、感極まったのか引き寄せられて抱きしめられて、なんとも矛盾したことにそこでようやく安心できた。無条件降伏。こいつに惚れた俺が悪い。別の生き物みたいに撥ねる心臓が気持ち悪くて、それでも恋をしている実感はそんなに不快ってわけじゃない。
「来年こそは君の誕生日を祝うんだからな」
 上機嫌にぎゅうぎゅうと抱きしめられた。やめろ、痛い、もっと強く。ぐらぐらと茹だった頭は初めに描いた筋書なんて覚えちゃいない。


「で、君の誕生日はいつだい?」
 それでもこいつは一発殴っておかなきゃいけない気がするんだ。なぁ。











2013/02/10 pixiv掲載 2013/04/02 サイト格納