雨の音が響いている。
土砂降りというほどではない、が、しとしとと物悲しく降る雨でもない。
ざぁー、と雨粒が地面に落ちる音が連なって、部屋を外の世界から隔離している。
狭くはないはずの屋敷の、狭くはないはずの部屋が、今日ばかりはひどく狭く思えた。
雨に囲まれた四方から圧迫されているような感覚を覚えるのだ。
窓の外に目をやれば、雨の紗の向こうに霞んだ薔薇の庭が広がっている。
見慣れたはずの庭がどこか異世界のように感じられて、思わず視線を逸らした。
雨の音に耳を傾けながら、手元の刺繍に集中する。
薄い青色の布地に鮮やかな緑色の糸。制作途中のクッションカバーは、四隅に蔦薔薇をあしらったものに仕上がる予定だった。間近に迫った盛夏の到来に合わせた、爽やかな色合い。
リビングに置かれた4つのクッションも、今刺しているもので最後だった。
手元の作業に没頭しているとやがて雨の音も聞こえなくなる。いや、正確に言うならば意識に上らなくなるというべきか。雨の音さえも風景の一つに溶け込んでしまう。
「まーたそんな辛気臭いことして」
ぐい、と背後から圧し掛かられる感覚。パタパタと水滴が頭上から落ちてきて、手元の布にシミを作った。
思わずうめき声を漏らすと、重みが増した。なんでだ。普通やめるだろ。そう思うのに顎はなおもぐりぐりと旋毛を沈めにかかってくる。
「重い。あと髪はちゃんと乾かせ。いつも言ってるだろ」
えー、と不平を訴える声が降ってきた。その間にも頭部にかかる重みはどんどん増して、鼻先が手元の布地に沈みそうになる。
かかってくる重みから逃げるようにさらに下を向いて、そのまま勢いをつけて顔を上げた。ごん、と鈍い音がして、一瞬遅れてガチッ、と歯が強く噛み合う音がした。
「いっ、!?」
鈍い悲鳴と、悶絶する気配が背後でする。ソファの背もたれ越しに振りかえれば、予想通り顎を押さえてうずくまるアメリカの姿があった。自分の後頭部も無傷では済まなかったが、その姿にわずかに溜飲が下る。
「いったぁー、何するんだいイギリスぅ!」
「煩い、俺だって痛かった」
「自分でやったくせに逆切れしないでくれよ!」
きっ、とこちらを睨みあげてくる目は涙で潤んでいる。頬にかかる濡れたままの髪から、水滴がぽたりと落ちた。肩から掛けたタオルがその水滴を吸う。雨のせいか少し肌寒く感じるくらいの温度だというのに、アメリカは上半身裸だった。
「ったく、びしょ濡れじゃねぇか。ほら、タオルかせ。拭いてやるから」
反論がその口から飛び出す前に素早く腕を伸ばしてタオルをつかんだ。肩から掛けられたそれの両端をつかんでぐいと引けば、当然ながらアメリカの頭が近づく。
ソファ越しに身を乗り出した体勢は楽ではなかったが、お構いなしにガシガシと髪の毛を拭った。アメリカにしては珍しく諦めが早かったため、いつもの攻防を思えばずっと楽だ。
アメリカが大人しくなったので乱暴な手つきをやめ、丁寧に髪の水気を取る。間にソファの背もたれがあるため、いつもより距離が遠い。腕を伸ばして、その頭の形を確かめた。
ざぁーと雨の音が響いていて、ああ、雨が降っているのだと、そんな当たり前のことを思った。
「ほら、こんなもんだろ、っ?!」
仕上がりに満足して手を緩めたとたん、アメリカにタオルを奪い取られる。ばさりとタオルが首の裏に回って、そのまま強く引かれてのけぞった。腹部の柔らかい部分に背凭れが食い込んで小さく呻く。
穏やかとは言い難い勢いで唇が重なった。
突然のことに開いたままだった目に、セットしていない金髪に間から覗く青い目が飛び込んでくる。
一瞬だけ触れて、一瞬で離れていく。吐息が唇にかかる距離で何か囁かれたが、なんといったかは聞こえなかった。きっとくたばれだとか、そんなところだろう。結局一度も閉じられなかった青色が、何となくそう訴えている気がした。
こんな雨の中傘も差さずに来たお前が悪い。
まだ手の届く位置にある頭部を引き寄せてキスをする。
先ほどよりも深くなったキスはわずかに鉄錆の味がした。さっき顎を打った時に口の中を切ったのだろうか。傷口に舌を這わせてみたい。
ざぁーと外では雨の音がする。
雨の音に閉ざされた手狭な空間だけが今を構築する世界なのだと思えば、雨もそう悪いものではないように思えた。
外では雨が降っている。
外出なんてできっこないのだからと、もう一度唇にかみついた。
2012/06/26 pixiv掲載
2013/04/02 サイト格納