米英ですが、米が嫁です。
米英ですが、米が嫁です。
大切なことなので二度言いました。
イギリスがアメリカを可愛いと言っていたり、俺の嫁と言っていたりするので、苦手な方はご注意を。
「課長もビールいかがですかー?」
底抜けに明るい声は大分酔いが回ってきたことの表れだろう。ビールの中瓶を抱えてアーサーの隣にやってきたのは、別の課の女性社員だった。そんな女性にアーサーは片手に持った烏龍茶のコップを示した。
「悪い。今日は大分飲みすぎたからビールはやめとくわ」
「えー、最後の忘年会なんですからパーッと飲みましょうよう」
「酔って帰ると嫁がうるさいんだよ」
苦笑しながらさりげなくコップを女性から離したアーサーに、女性はぱちくりと目を瞬かせた。
「カークランド課長ってご結婚なされてたんですね」
「ああ」
首をかしげた女性にアーサーが左手をかざして見せる。その薬指には艶消しのホワイトゴールドがはまっていた。
そのまま穏便に会話を打ち切ろうとしたアーサーの隣から、陽気な声が割り込む。
「あれー、セシリアさんってアーサーさん狙いだったんですか?」
ああしまった今日の飲み会にはこいつもいたんだったと、アーサーは内心で頭を抱えた。アーサーの隣でにこにこと笑っているのは、同期のハワードだ。決して悪いやつではないのだが、とても口が軽い。
「違いますよぅ」
「またまたー」
「ほんとですって。私彼氏いますもん」
ほら、とセシリアが右手を突き出す。ピンクゴールドの愛らしい指輪が薬指にはまっている。どうやらペアリングのようだ。
「でも、カークランド課長狙いの人って多いですよねー。みんな指輪はフェイクだって言うから、すっかりそれ信じちゃってました」
「アーサーさんはだめですよぉ。奥さんとラブラブですもん」
「ラブラブって、お前なぁ」
ニコニコと笑うハワードにアーサーがあきれ顔を作る。が、そんなアーサーの素気ない態度にめげるようなハワードではない。
「違うんですか?」
「……違わねぇけど」
大型犬のような笑顔で問われて、アーサーは呻くように答えた。アーサーの返答にセシリアが黄色い声を上げる。女性が色恋の話を好むのは、どの年齢になっても変わらないらしい。
「全然噂聞いたことなかったんですけど、いつごろご結婚なされたんですか?」
「二年前の春だ。式は上げてねぇし、報告も身近な奴らにしかしてねぇから、知ってるやつのほうが少ないだろ」
「そうそう、アーサーさん酷いんですよー。僕にまで事後報告なんですもん。前もって言ってくれればお祝いもできたのに」
「だから、そうやって騒がれるのが嫌だったから事後報告にしたんだろ」
「二年前の春って言うと、課長おいくつでした?」
「25、いや、誕生日前だったから24だな」
「えー、若ーい」
声を上げたのはセシリアではない。いつの間にか集まっていた外野の一人だ。
アーサーとしては早くこの話題を打ち切りたかったのだが、すっかり逃げ場を塞がれてしまっている。しかし、若い女性が集まるならともかく、男まで集まっているのはなぜだ。
「奥さんは年上ですか?」
そう尋ねたのは部下の一人だ。なんだかひどく裏切りにあったような気分を味わいながら、アーサーがうめく。
「年下……」
「6つ下ですよー」
「おいハワード!!!」
「6つ??!!!」
ハワードの爆弾発言に外野が一気にざわめく。
その隣でアーサーは本格的に痛み出した頭を抱えていた。こいつの口の軽さは何とかならないのか。
「6歳年下って今21?」
「うわっ、すごい。もしかして大学生?」
「つーか、結婚した時18……」
「リアル幼妻じゃないですか。羨ましー」
「課長、高校生とお付き合いしてたんですか?」
「あーもうっ、だから言いたくなかったんだよっ!」
アーサーががんっ、と机にこぶしを振り下ろした。
一瞬でざわめきが収まり、いくつもの視線がアーサーに向けられる。そんな中でアーサーは机に放置されていた中身がまだ半分ほど残るビール瓶を鷲掴み、そのまま口をつけて煽った。
飲み干したビール瓶をガン、と机に叩き付けて、アーサーは据わった眼で外野を睨みつける。
「こうなったら洗いざらい吐いてやる。目一杯惚気てやるから覚悟しとけよお前ら」
外野から歓声が上がったのは言うまでもない。
「はい! 私、課長と奥さんとの馴れ初めが聞きたいです!」
外野の女性が授業の時のように高く手を上げて尋ねた。
「馴れ初めなぁ……」
「そうですよ、どうやったら現役高校生とお近づきになれるんです?」
「別にあいつが高校生の時に知り合ったんじゃねぇよ。ガキの頃からの幼馴染だ」
「おー、王道」
「『大きくなったらアーサーと結婚する』って言われたことあるな」
「それで本当に結婚したんだからすごいですよね」
「で、あいつが15の時から一緒に暮らし始めて、18の時に俺からプロポーズした」
「15から同棲ってよく親が許可出しましたね?!」
「親いないんだよ、あいつ」
アーサーが何でもない事のように言う。周囲がしん、と水を打ったように静かになった。今までの盛り上がりが一気に鎮火したのを見、アーサーが苦笑する。
「物心つく前に事故で両親失くして、親戚の家にずっと預けられてたんだ。あいつは親戚に負担をかけてるのをずっと負い目に思ってたみたいでな、中学の時にどこに進学するんだって聞いたら中卒で就職するって言い出すもんだから、今時中卒で就職先なんてろくなのがないからやめろ、せめて高校は出とけ、奨学金制度だってあるし、親戚の家を出たいって言うなら俺の家に住め、って言って一緒に住み始めた」
過去を懐かしむように目を細め、アーサーは酒を一口飲んだ。
そうしてすっかり神妙な空気になってしまった外野に楽しげに目をやる。
「で、ほかに質問は?」
アーサーの問いに対して、恐る恐る手が上がる。
「じゃあそこのメガネの」
「奥さんとはそのころから交際されてたんですか?」
「いいや。あのころは恋愛対象としてまったく意識してなかったな。年も離れてたし、どっちかってと兄貴か父親の気分だった」
「じゃあ意識したきっかけは?」
「押し倒されて、『こっちは10年以上好きなのに全然意識してくれない』って泣かれてからだな」
「だ、大胆な方ですね……」
「一度決めたら突き進むタイプだからな。高校進学の時も説得に苦労した」
そう苦笑するアーサーの目は、言葉に反してひどく優しい色をしていた。そこには伴侶への深い愛情が見え隠れする。
外野に紛れていた女性が数人、己の恋の終わりを悟ってため息を吐いた。
「じゃあじゃあ、結婚のきっかけは?」
「あいつの大学進学」
「けじめみたいなもんですか?」
「違う違う、あいつが大学行かないで就職するって言い出したんだよ。何かやりたいことがあって就職するなら構わねぇけど、大学で勉強したい分野はあるけど金もないし諦める、っていうから、金なら俺が出してやるって言ったらこれ以上迷惑はかけられないって渋ってな。それで、じゃあ嫁に来い、そしたら家族だろ、身内にならいくら迷惑かけても問題ねぇし、むしろ今まで甘えられなかった分存分にわがまま言え、って喧嘩腰で言ったのが結果的にプロポーズになった」
「すごくロマンチックですよねー。僕この話大好きです」
ハワードがアーサーの隣でにこにこしながら言った。そんな彼に外野が内心でそれは違うだろうと突っ込みを入れる。たしかにドラマチックではあるが、ロマンチックとは何かが違う気がする。
「その時の奥さんの反応はいかがでした?」
「あー……泣かれた。本人曰く嬉し泣きだが。家族っていうのがよっぽど嬉しかったらしくてな。その場の勢いで嫁に来いなんて言っちまったけど、その泣き顔見て、こいつ幸せにしてやらねぇと、って思って次の日指輪買いに行った」
「お嫁さんもパワフルですけどアーサーさんも案外思いきりいいですよねぇ」
「あいつよりはましだろ」
「似た者夫婦だと思います」
笑顔のまま辛辣に言い切ったハワードにアーサーが渋い顔を作った。
「ほら、最後まで話したからもう帰っていいか」
「えー、課長2次会参加されないんですかー?」
「だから、嫁が家で待ってんだよ」
方々からブーイングが上がるが、先ほどまで惚気を聞いてしまった手前、なかなか引き止めづらい。
「もっと惚気聞かせてくださいよ―」
「ここで惚気るより家で本物を相手にしてた方がいいんでな」
「まだ聞きたいことたくさんあるんですよ!」
口々に不満を訴える外野にアーサーは小さくため息をついた。
「わかった。じゃあ3つまで質問受け付けてやる」
「写真見せてください」
「却下」
「えー、どうしてですか」
「それも質問にカウントしていいか?」
「えっ、すみません今のなしでっ」
「せめて外見の特徴だけでもっ」
「金髪、目は青、まあ美人だな」
「お嫁さんの好きなところ!」
「飯がうまい、可愛い、あと俺にべた惚れなところ」
「奥さんのことどう思ってますか?」
「んなもん愛してるに決まってんだろ」
そう言い残して、アーサーは飲み会の席を後にした。
薄幸だが不幸な境遇にもめげずに生きる、根が明るく元気な女性。
そんな女性像が飲み会の場にいた人全員の頭の中に浮かんでいるのだろう。
現実とは明らかに食い違った想像に思わず苦笑してしまう。
家に着いたのは日付が変わる少し前。
遅くなるから寝ていてもいいと伝えてあるが、この時間ならばまだ確実に起きているだろう。
鍵を開けて家の中に入る。つけっぱなしにしてある玄関の明かりが、出迎えてくれているようでいい。
廊下の向こうからは明かりが漏れていて、やはり起きていたらしいと確信する。
玄関の開く音を聞きつけたのだろう、奥からバタバタと足音が近づいてくる。女性のものにしては重たいし、ややしとやかさのない足音だ。
奥からひょこりと顔を出したのは、パーカー姿の青年だった。金髪に青い目。整った顔立ちをしているが、やや幼さが残る。
「おかえりー。早かったね」
「ただいま。二次会断ってきたからな」
「へー、珍しいね。てっきり朝帰りするのかと思ってた」
「今年最後だったし、それもいいかと思ってたんだけどな」
「じゃあどうして帰ってきたんだい?」
「お前の顔が見たくなったから」
「なっ、」
アーサーの言葉に青年が赤面する。
そう、この青年、アルフレッドこそアーサーの愛してやまない伴侶である。
「何突然言い出すんだい。何か変なものでも食べた? それとも酔ってる?」
「いや、飲み会の席でお前のこと聞かれて、いろいろ話してたら、会いてぇなぁって」
「話したのかい? 俺のこと?」
「自慢の嫁だって言ってきた」
「また誤解されるようなこと言ってきたんだろ」
アルフレッドが眉をひそめるが、程よく酔っ払っているアーサーにとってはそれさえも愛らしいしぐさにしか見えない。愛情という名のフィルターは非常に厚いのである。
「間違ったことは言ってねぇぞ」
「俺が男だってことは言ってないんだろ。カミングアウトしろなんて絶対に言わないけどさ、君に可愛いお嫁さんがいるって周りに思われてるの、あんまりいい気分じゃないぞ」
「安心しろ、お前は可愛い」
「だーかーらー、可愛いっていうのやめてくれよ」
「可愛いやつを可愛いって言って何が悪い」
「君ホント今日どうしたの? いつになくデレッデレじゃないか」
アルフレッドがアーサーの頬を掌で包み込んでむにむにと揉む。普段ならば絶対に嫌がられるであろう行為も、アーサーはへらへらと笑いながら受け入れている。
「愛してるぞー、アルー」
「うーん、この酔い方は新しいな……」
「愛してるって言ってんだろ、返事しろ」
「あー、もう。俺も愛してるよ、酔っ払い」
じゃれあうようにして唇を重ねる。それをより深いものへと変えたのはアーサーの方からだった。
「なんか今日はやけに積極的だね?」
「たまには亭主の方から誘ってやらないとな」
「ワオ、男前」
アルフレッドがくすくすと笑いながらアーサーの腰を抱き上げる。
かつては腰ほどまでしかなかった少年が随分と成長したものだと、アーサーは目を細めた。
「せっかくの旦那様のお誘いはむげにはできないね。お風呂は?」
「後でいい。まずは目いっぱい抱きしめてくれ、アル、アルフレッド」
「言われなくても」
強く強く抱きしめあって、体温を分け合える相手がいることが何よりの幸せなのだと知る。
「なあ、アルフレッド、今幸せか?」
「もちろん!」
アーサーさんからプロポーズするとしたらどんな感じになるのかなぁと考えてたらこうなりました。ちなみにアルフレッド君は割と嫁のポジションを気に入っているようです(2014/02/05)