H A L L O W E E N  
   
「東の町に行ってみないかい?」
「東か、距離があるから夜になっちまうけど、それもいいな」

アルフレッドの提案にアーサーが頷いたことで、今回の目的地が決まった。
東、黒く深い森を越えた先の、あの遅咲きのマジックリリーが咲き乱れる街に行こう。



暗い森を、二つの影が疾走する。
森を駆けるうちに日は落ちて、欠けた月が落とす心許無い光源だけが頼りだ。
もっとも、木々が生い茂った深い森は昼間でも薄暗く、それが月光に変わったところで変わりはなく、そもそも夜を生活の起点とする彼らにとってその暗さは安堵さえ与えるものであり、断じて人間が森で感じるであろう底知れない恐怖を生むものではなかった。

ざっ、ざっ、と走るというよりも跳躍の連続に近い脚運びでアルフレッドは闇を裂いていく。
その隣をアーサーは滑空しながらついていく。

「いつも思うけど、吸血鬼って便利だよね。空飛べるし霧になれるし」
「その分制約が多いから結構面倒なんだよ」

人間では考えられないような速度で移動をしながらも、その会話は平静の時と変わらない。
それが、人ならざる世界に生きる彼らだった。

「ん?」

ふと鼻先をかすめた匂いに、アルフレッドはちらりと高速で背後に流れていく景色に目をやった。 暗い暗い闇の中にぽつりと、

「あ!」

喜色の滲んだ悲鳴をあげて、アルフレッドはがくんとそのペースを落とした。それに対応できなかったアーサーがアルフレッドを置いて前に出て行った形になり、慌てて振り向くと今来た道にアルフレッドの姿はなかった。

ガサガサと木々が揺れる音からして、どうやら横道に逸れて左の方へと向かったらしい。
目指す街は目前だというのに……。

「おいっ、アルフレッド!」

叫んだアーサーの声を背に受けながら、アルフレッドは闇の先のそれと己の嗅覚を頼りに道なき道を駆けた。夜に浮かぶそれは、ほのかな青白い光。
針の先のような小さな光はどんどん大きくなっていって、

「き〜〜く〜〜〜〜!!」

アルフレッドはその光に向かって、詳しくはそれを持つ彼へと飛び付いた。

「えっ、わわっ!!」

声か気配か、飛び掛かられる一瞬前に彼はアルフレッドに気付いたようだったが、避けることは叶わず、狼の巨体をあその細身で受け止めることとなる。
もちろん受け止めることなど出来る訳がなく、後ろに思い切り尻もちをつく結果となった。

「久しぶりだね、菊!」
「アルフレッド、何なん……、菊じゃないか」

がさり、とアルフレッドに次いで現れたアーサーが目にしたのは、アルフレッドに抱きつかれて尻もちをついている旧友と、主を健気にも守ろうとしてか、アルフレッドの服の裾に噛みつく白い中型犬の姿だった。その傍には彼が持っていたであろう提灯が落ちている。

「ああ、お二人ともお元気そうで……」

弱弱しく笑う、アーサーとアルフレッドの旧友の名を菊という。
闇に溶け込んでしまいそうな真黒の髪と瞳。その艶やかな髪の間からひょこりと獣の耳が飛び出した白い耳はアルフレッドのものに比べ短毛で、腰から飛び出す尾はよりボリュームがある。色こそ違えど、その耳も尾も狐と同じものだ。

「そうか、この辺りは菊の縄張りの近くだったな」
「ええ、今から近くの町にお邪魔しようかと、」
「なんだ、俺達と同じかぁ、折角だから一緒に行こうよ!」

アルフレッドが菊に抱きついたまま尾をぶんぶんと振る。

「それはいいのですが……そろそろどいていただけませんか。私、年寄りなもので、腰が……」
「ああ、ごめんごめん」

身を起こしたアルフレッドに続いて菊も立ち上がった。そんな彼に対し、アーサーが申し訳なさそうな顔をする。

「アルフレッドが迷惑かけて悪い、あとでよく言っとくから」
「い、いえ、お気になさらず……では、行きましょうか」

菊が取り落とした提灯を取る。落としていた衝撃で火が消えてしまっていたが、その中へと菊がふっ、と息を吹き込むと再び青白い光を取り戻した。厚い紙を通した輝きが周囲を淡く照らす。

「よし、Let’s goなんだぞ!」

アルフレッドのかけ声に従い、3人は街を目指して歩き始めた。



「ああ、見えてきました」

菊が森の奥に見える光を見止めて言った。程なくして森を抜ける。
そして広がった光景に、3人は感嘆の声を漏らした。

「わぁ、」
「相変わらず、見事だな」
「ええ、本当に」

森から抜けた先、街とのその間には広い空間がある。秋のこの時期以外には荒野同然のそこには、今日この日だけ、暖かな光で満ちていた。それはそこに数えきれないほどの燈籠が建てられ、すべてに火が入れられているからだ。
そして、その光に照らされているのは、


狂い咲く、血よりも赤いマジックリリー。


細い茎の先に花弁の細い大ぶりな花が咲いたその華の異名を、彼岸花という。

「いつも思うんだけど、どうしてここには燈籠がたってるんだい?」
「この辺り独自の習慣ですね。この辺りには死んだ人の魂は森へ行くという信仰がありますから、その魂が帰ってくるハロウィンにはこうやって迎えの灯火を灯すんですよ」
「Noooo! じゃあ、すぐ隣に幽霊がいたりするのかい!?」
「お前、まだ幽霊が怖いのか?」
「悪いかい!? 怖いものは怖いんだよ!」
「まあ、あくまで人間の方の信仰ですから……」

そう騒ぎながら、3人はマジックリリーの平原をかき分けていく。
膝丈ほどの華々の間を仄かな明かりに照らされながら歩くのはどこか幻想的で。けれどそれは咲く華が彼岸花という特殊な華のためか、異様な光景でもあった。

「折角ですから、少し悪戯をしましょうか」

そう彼らしからぬ茶目っけな笑みを浮かべて、菊は提灯を持った手とは反対の袖を軽く振った。

草原が光に満ちた。

今までも灯火で明るかったが、それよりも数段明るくなっている。
それは咲き誇る華たちが幽かに発光しているからだ。
一つ一つの光は微細でも、それが幾千幾万ともなればその明度は高くなる。

「ふふっ、いかがでしょう?」

そう少し自慢げに笑った。つられてアーサーとアルレッドも笑みをもらす。
華が揺れるのに合わせて光が零れるから、足を一歩進めるごとにふわりふわりと光が舞った。
アルフレッドはそれが楽しくなったのか、わざと足を蹴りあげながら歩いている。

ふわり、ふわり、と赤い蛍が舞うように。

「そう言えば、お二人はこの華の花言葉をご存知ですか?」

そう言って笑った菊は、またあの悪戯っぽい表情を浮かべていた。



街の中心では大きな篝火が焚かれている。先祖を迎え、悪鬼を払う焔だ。
そんな厄払いの祭りに、人間に忌み嫌われている自分たちが紛れ込んでいることに皮肉を感じて、アーサーは緩く嗤った。
それでも、こうやって人の温かな営みを感じるのは楽しかった。

「楽しんでるかい?」

ぼんやりと篝火を眺めるアーサーに声をかけたのはアルフレッドだ。
顔を上げるより早く、目の前にマジックリリーを差し出される。

「あげるよ」
「これは、皮肉か?」

マジックリリーの花言葉は、『独立』と『悲しい思い出』と、

「何でそっちにとるかなぁ。もう一つあるだろ?」

アルフレッドが苦笑した。耳がわずかに元気をなくす。
それを呆れと取ったアーサーが涙ぐんだ。

いつだってこの人はネガティブで悲観主義で。

「俺は、いつだってね」

少し屈んで、アルフレッドはアーサーに目を合わせた。


「『想うのはあなた一人』」


そう言ってアーサーの涙をぬぐう。
ね、と笑いかければ、彼は少し顔をあげて泣き笑いのような表情を作った。
押し付けられた花は、血なんかより燃え盛る炎に似て。

それをアーサーはアルフレッドに突き返した。荒っぽいそれは拒絶のようで。
アルフレッドの耳がしゅんと下がった。

「違ぇよ、ばぁか」

アルフレッドの耳をくいくいと引っ張りながら、アーサーはアルフレッドに笑い返した。

「俺も同じじゃ、だめか?」

そう首を傾げるアーサーの言葉を理解するのに少しだけ時間がかかって、


次の瞬間アルフレッドはアーサーに抱きついた。
ぎゃあぎゃあと喚くアーサーを強く抱きしめて、アルフレッドは声をあげて笑った。


END.


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