「アーサーはどうしたい?」
アルフレッドが問い返すとアーサーはその質問を見越していたように、なら、と口を開いた。
「北の町に行こう。ここからならあそこが一番近いからな」
「珍しいね、近場がいいんだ?」
アーサーはあまり近隣の町には行きたがらない。もう何度も行っている町だから、その分目撃されている回数も多くて、正体がばれやすいと考えているらしい。
どんどん遠い街へ、見たことのない異国へ。それらを目指して彼と走るのは嫌いではない。近場が嫌というつもりはないが、その楽しみがお預けになったのを少し残念に思うのは事実だ。
「ほら、その、去年は、遠くに行きすぎただろ?」
「あー、ああ、うん」
蘇る一年前の記憶。
西へ西へと街を探したけれどなかなか見つからなくて、早めに出発したというのにあっという間に日も落ちてしまって、やっと見つけた街でも祭りは終わりかけていて、と、散々な思いをした。その時にこんなんだったら近くの町に行っておけばよかったのに、と言って覚えがある。
アルフレッドにしてみればハロウィンはアーサーと過ごすことができれば9割方満足であるため、それはいつもの軽口のような感覚で呟いた言葉だのだが、アーサーがそれはそれは落ち込んでいたので印象に残っていた。またネガティブ全開なんだろうなぁ、なんて考えて。
いい加減気付いてほしいなあなんて思うけれど、そんなところまでひっくるめてこの駄目な人が好きなんだから仕方がない。
アルフレッドは軽くため息をついて、気分を入れ替えた。
「よし、じゃあ出かけようか」
この人と一緒ならどこへだっていけるって知ってるんだ。
「この町に来るのもけっこう久しぶりだな」
「ここ2,30年は遠出ばっかりだったからね」
アルフレッドとアーサーはランタンに照らされた路地を雑談をしながら歩いていた。
こんな日ばかりは狼の耳と尾をもつ少年も、古めかしい様相の青年も目立つことなく街の一部に組み込まれている。こうやって人の町を二人で並んで歩けることなどほとんどないから、それだけで気分は高揚して、アルフレッドははしゃいで周囲を見回した。
森に面した小さな町。古い石畳と入り組んだ街並みが特徴的なこの町は、これほどの長い年月を経ても変わらない。
ランタンでオレンジに照らされた世界は、懐かしいセピアの思い出と重なった。
ああ、古い衣装なんて着てこなければよかった。
ひなびた空気は過去と今をうやむやにする。
ふと、背後からきゃあきゃあと声が聞こえてきた。振り向くと仮装をした子供たちがじゃれあいながら駆けてくる。それを道の端によけて見送りながら、アルフレッドは襲い来る既視感にくらりと視界を揺らした。
フード付きのマントを目深にかぶった子供が石畳の道を俯きがちに走っていく。探しているんだ、彼を。
確か、路地の角にいるんだ。子供の背を追う様に路地の角に目を移せば、ほら。子供と同じデザインのマントをはおった青年がいる。
子供が青年の腰に飛び付いた。拍子にフードがするりと背に落ちる。露わになった獣の耳は力を失って金髪の中にうずもれていた。あのときは、本当にどこかに行ってしまったと思って、もう二度と会えないような気がして。
ぐりぐりと青年の腰に抱きつけば、青年が宥めるように頭をなでる。その手があまりに優しくて、必死でこらえていた涙がボロボロと溢れ出してしまった。男が泣くなんてみっともないのに、止まらなくて。彼に縋って声をあげて泣いた。
青年が戸惑うように腰を折って、子供と視線を合わせる。どこかぎこちない仕草で子供の涙を拭いながら、青年が子供に何事か話しかけた。
声は届かない。音は聞こえない。けれど、その唇の動きは知っている。
『 』
「アルフレッド?」
いぶかしむような表情のアーサーが突然視界に現れて、アルフレッドははっと我に返った。
「どうかしたか?」
「ん、ごめん、この町で迷子になったこともあったなぁと思ってさ」
「ああ、そんなこともあったな。俺の腰くらいしかなかったころのことだろ? もうボロボロ泣きだしちまうし、あの頃は素直で可愛かったなぁ」
デレデレとした表情をするアーサーにアルフレッドはむっとした。自分から持ち出した話とはいえ、面白くない。
「可愛くなくていいよ。今は俺の方が背だって高いのに」
「拗ねるなよ『俺の可愛いアルフィー』?」
記憶と違わぬ唇の動き。
確実にからかうような響きを持っているのに、その中にあの頃から変わらない、慈しむ様な色を垣間見てしまった己が恨めしかった。
「さっきから人のこと可愛い可愛いって、俺はいったい君の何?」
今日だって少し古い格好をしただけで昔の愛称が口をつく。過去を消したいなんて思わないけれど、こうやって現実世界に溢れだしちゃ意味がないんだ。
これで「可愛い元弟」なんて返されたら本気で泣く。そんなことを考えながらのアルフレッドの言葉に、アーサーはなぜか首まで真っ赤になった。
「う、え、あ……その……」
目を泳がせながら言葉を探す、齢千余年の吸血鬼。
やばい、可愛いぞこの人。
「あの……えっと……その、だな……可愛い……恋、人、じゃ、ないのかよ……?」
これは、反則だ。
彼と同じかそれ以上に真っ赤に上気しているであろう頬を隠すように、アルフレッドは苦し紛れにアーサーに抱きついた。
どうしよう、嬉しい。パサパサと腰で尾が揺れるのが止められない。
「大好きなんだぞ、アーサー!!」
「ばっ、こんなところで何言ってんだばかぁ!!」
人気がないとはいえ、公道でなんてことを、とアーサーがじたばたするのを押さえつけるように、抱きしめる腕に力を込める。
だって、この、寂しがりやなくせに意地っ張りな人はいつだって後ろ向きだから。そんな風に思ってくれていたことに、胸がいっぱいになった。
ずっと、ずっと、ずっと、叫び続けた思いは、少しでも彼に届いてくれていたらしい。
「そろそろ帰ろうよ、アーサー。ローストビーフでも買ってさ、一緒に食べよう?」
ちょっと時期が早いかもしれないけれど、今夜は冷えそうだからホットワインを作るのもいいかもしれない。
温かい部屋で二人で過ごすハロウィンも、悪くはないと思うから。
END.