「Trick or Treat?」
「し、仕方ねぇなぁ」
自分で催促したくせに勿体ぶった仕草で、イギリスは懐から小さな包みを取り出した。そんな動作の一つ一つに隠しきれない喜色が滲んでいて、それを取り繕えている気になっているだろうイギリスはどこか滑稽だった。
アメリカと同様に古めかしい衣装から取り出されたそれは案の定、
「やっぱりスコーンなんだね……」
「んだよ、スコーンの何が悪い」
「うん、スコーンは悪くないね、すべては君が作った、って頭に付くことが問題なんだよ。君ホントにこれをトリートって言い張れるならいい加減病院行った方がいいよ」
「なっ、」
顔を真っ赤に染めてイギリスがパクパクと口を開閉した。怒りのあまり声が出ないらしい。
そんなイギリスの手からアメリカはその包みを取り上げた。
「ハロウィンに俺の家でこんな物ばらまかれたら子供が食中毒起こすだろ!」
「そ、そこまで言うことないだろばかぁ!」
涙目で叫ぶイギリスを人差し指を突き付けて、アメリカは高らかに宣言した。
「だから今持ってるスコーン全部だしなよ。全部俺が始末してあげるから!」
「始末、って、お前……せっかく作ってきたのに捨てることないだろ」
「誰が捨てるなんて言ったんだい。君の清算した兵器食べて平気なのは俺くらいだろ!全部食べてあげるって言ってるんだよ」
「なら最初っからそう言えよ!」
素直に自分以外にお菓子をやらないでくれと言えないアメリカと、その発言をさらに湾曲してとらえるイギリスのせいで、彼らの会話はいつだって遠回りだ。
「飲み物用意してくるから、君は先に行ってなよ」
自分用にコーヒーを、イギリスようにインスタントのスープを作りながら、アメリカはふとまだ本格的なハロウィンの脅かし合いをしていないことを思い出した。
アメリカの作戦としては、門から玄関までに仕掛けられたトラップに引っ掛かりくったイギリスの神経が鋭くなっているところを見計らって一番大きな仕掛けを発動させて驚かそうとしていたのだが。
イギリスは妖精が帰っただの何だのと言っていたが、やっぱり準備ができなかった言い訳なんだろう。それとも途中で壊れてしまったりしたんだろうか。そしたら、あの言い方は少し可哀想だったかな。
「って、冷めちゃうや」
カップを持ってリビングへと向かう。
「イギリス、お待たせー、って、あれ?」
リビングにある二人がけのソファ、その左側が彼の特等席で。
こちらに背を向けて置かれたそれにイギリスが腰掛けていると、ぼさぼさとした後頭部が覗いていて、アメリカはそれを見るたびについ微笑んでしまうのだが。
その金髪が、ない。
「イギリス? 寝ちゃったの?」
イギリスはよく疲れてソファで寝てしまうことがあるから、それで隠れてしまっているのだろう。
肘掛けにもたれて眠ってしまえば、その頭は見えなくなってしまうから。
ちょっとトラップが多すぎたかなぁ、なんて思いながらアメリカはソファの裏側に回り込んだ。
「イギリス!!」
ごん、ごん、と鈍い音が二回して、カップを落としてしまったことを知った。手を滑り落ちたことは、気がつかなかった。
イギリスが寝ていると思っていたソファは無人で、
フローリングの床に土気色の顔をしたイギリスが倒れていた。
思い出したのは昨年のハロウィンのことだ。あのときも3日3晩かかって妖精を呼び出したとほらを吹いていたけど、3日3晩は寝ていないのは事実だったようで、日本とロシアが帰った後は糸が切れたように寝てしまった。
いつだって自分の体に無理を強いる人だから。
今回はそれに加えてアメリカの仕掛けたトラップで体力も削られてしまっていたし、体も冷えていただろうから、もしかして、
ハッと我に返ってイギリスに駆け寄る。
「イギリスっ! イギリス!?」
慌ててその肩を掴んで揺らした。乱れた髪に、青白いを通り越して髪のように白くなった肌、紫に変色した唇が、わずかに弧を描いて、
「え?」
弧を描いて?
ぱちりとイギリスが目を開けた。見慣れた緑がアメリカを映す。
にやりと、イギリスが笑った。
「ひっかかったな、バーカ」
「っ、君ねぇ!」
「これで、今回も引き分けな」
黒星を付けたくないばっかりに彼はこんな芝居を打ったのだろうか。ああ、やめてくれ。本当に心臓が凍るかと思ったんだ。
けれどそれをイギリスに悟られるのもなんだか癪だったから。
「巧いのは口だけじゃなかったんだね、この3枚舌」
「はっ、こんなのに騙されるようじゃまだまだだな」
深いため息をつけば、少し心が誤魔化せた気がした。
ねえ、いつだって君を失うことに怯えている俺は憶病かな?
「来年こそは負けないんだぞ!!」
「おうおう、返り討ちにしてやるよ」
そう言って笑うイギリスは、アメリカの内心なんて気付かないままで。誇らしげに笑うその横顔に、元ヤンの面影を見た。
それでイギリスが満足するならそれでいい。ついでに来年の約束も取り付けられたし、収穫としては上々だろう。無論、凍りついた心臓の慰謝料には全く足りないが。
「全額払ってよね」
できれば夜に。
意味がわからないといった表情を浮かべたイギリスを促して、アメリカは立ち上がった。
「あー、コーヒー片付けないと、」
「頑張れよ」
「手伝ってくれよ!」
「なんでだよ」
「半分以上は君のせいだろ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、流れる空気は決して不快ではないもので。
馬鹿みたいに笑い合いながら、ハロウィンの夜は更けて行った。
END.