H A L L O W E E N  
   
「君のスコーンは間違いなくTrickじゃないよね」

アメリカはイギリスの望んでいるだろう言葉の代わりに、そう皮肉った。
別に彼のスコーンが嫌いなわけじゃない。……不味いのは本当だけど。
それでもついつい皮肉を言ってしまうのは照れ隠し半分で、もう半分は彼の反応が楽しいからなのだが、その意に反してイギリスはいつものように真っ赤になって怒りだす様な事はしなかった。含みのある笑みを浮かべてみせた。
その表情は自信に満ち溢れた、というか、自慢気、というか。
ああ、あれだ、大英帝国。
イギリスが浮かべた笑みは、自国の諜報部や変な発明を自慢する時と同じものだった。

「ふはははは、残念だったな、アメリカ。今日はスコーンじゃねぇんだよ!」

そう言って差し出されたのはオレンジ色の袋に黒と焦げ茶のリボンを巻いたハロウィンカラーのラッピングだった。不透明な包みのために中身は見えないがそれが彼のスコーンではないことは確かだ。なんせあの黒い物体の放つ何とも言い難い臭いは包み一枚隔てたところでその威力を損なうことはないから。

「何、これ?」

絞り出した声は意図したよりもずっと低くなってしまい、アメリカは心の中で舌打った。
けれど浮かれたイギリスはそれにさえ気づかないようで。

「俺の家にだってうまい物はあるんだからな! このクッキーは創業120年の名門ホテルの、」
「だから?」
「だから、って、お前がいつも俺のスコーンを不味い不味い言うから……」

急に勢いをなくしたイギリスは、包みを握りしめて俯いた。

「まあ、不味いのは事実だけどね」
「不味いっていうな、ばかぁ!」
「そうやって怒るくせに今日は市販のなんだ?」
「う、俺だってなぁ、今日くらい……っ、これは、お前に俺の家の飯が不味いって思われたままだと俺の沽券にかかわるからであって、別にお前に美味いもの食わせたいとかじゃないんだからな!」

アメリカが不味いというのはイギリスの作る料理であって、イギリスの家の料理ではない。それを指摘することさえ億劫になって、アメリカはぷいと顔をそむけた。つられて揺れた作り物の耳は先ほどと同じ揺れ方であるはずなのに、酷く不機嫌そうだった。
もし、イギリスがいつものようにツンデレを発動させてアメリカの神経を逆なでなどしなければ、今日だけでも素直になってアメリカのためだと言ってくれたなら、自分だって皮肉を押し込めてその包みを受け取るつもりだった。

けれど現実はこれ。
アメリカは状況を理解していないイギリスをちらりと見て、彼に背を向けた。それに合わせて尾が揺れる。心弾むはずの動きが、この時ばかりは場違いに思えて煩わしかった。

「おいっ、いらねぇのかよ。俺が食っちまうぞ」
「好きにしたら?」
「本当に食っちまうからな」

いつまでたっても会話はかみ合わないままで。イギリスとの会話が平行線になるのはたびたびあることだけれど、こんな時まで、と思わないこともない。だが、イギリス譲りの強情さを持つアメリカに素直になるという選択肢などあるはずもなく。

「そんなこともうどうでもいいから早く来なよ。君から貰わなくたってお菓子はいっぱいあるしさ」
「なっ、どうでもいいって、お前、」
「来ないの?」
「ッ、行くよ、行けばいいんだろ!」

ばさりと重たいマントを翻して、イギリスはアメリカの後を駆け足でついてきた。そのことにアメリカは内心で安堵のため息をついた。ここで彼が帰ってしまう可能性だって、なかったわけではないのだから。むしろ、彼の性格を考えればそちらの方がずっと確率としては高かったはずで、それでも残ってくれたのは彼もこの日が楽しみだったからだと思いたい。



イギリスに宣言したように、今日のためにお菓子は沢山用意してあった。二人で食べても十分に足りるようにと買い込んだそれを、アメリカは一人で消化してしまいそうな勢いで食べていた。 二人掛けのソファのもう一方の端では、イギリスが持参したお菓子を黙々と食べている。

お互い、こんなハロウィンを望んだわけではなかったはずなのに。

アメリカは皿に一つだけ残されていた鮮やかな蛍光ブルーのターキッシュ・ディライトを口に放りこんだ。粉砂糖で汚れた指を払ってちらりとイギリスの方を見る。普段これほどの量のお菓子を取れば太るだのメタボだのと口煩い筈なのに、今日は結局一言も口を開かなかった。空になったオレンジ色の包みを握りしめて俯いている。

そうだ!

少し意地悪をしよう。これくらいなら許されるだろうとアメリカは眼を細めた。

「ねぇ、イギリス」
「ななななな、な、なんだ?!」

突然声を掛けられてイギリスは思わずぐしゃりと空の包みを握りつぶした。見開かれた瞳と驚いたような表情には、けれど確かに嬉しそうで。
軽いパニックを起こしているイギリスににじり寄って、アメリカはにっこりと笑って見せた。二人の顔の距離は鼻先が触れ合いそうなほど近い。真っ赤になったイギリスに笑顔のまま言った。

「Trick or Treat?」

「は?」

照れた表情から一転、ぽかんと間の抜けた表情になって、それが徐々に青ざめていく。

「おまっ、トリックオアトリートって、いらないっていたじゃねぇか!」
「いらないって言った覚えはないよ。好きにしたら? って言っただけ」
「へ理屈だ!」
「で、お菓子は? ないなら悪戯するよ?」
「人の話聞けよ!」

イギリスが持ってきたお菓子はあの包み一つだけ。そしてその包みは空になってイギリスの手に握られている。
テーブルの上を見回しても皿は全て空。何か一つでも残っていればなんとかなったかもしれないのに。
いや待てよ、状況は向こうだって同じはず。

「あ、アメリカ!」
「何?」

徐々に接近してくるアメリカの顔を掌で押しのけて、イギリスは早口で叫んだ。

「T、Trick or Treat!!」

どうだ、と笑ってみせると、アメリカは半眼になった。目がこう言っている。うわー、馬鹿だこの人。

「俺、そこまで考えなしじゃないよ」

そう言って何か固いものを唇に押し付けられる。小さく唇を割り開いて舌を差し出してみれば、甘い塊に当たった。ぐい、とそれが強く押されて口内に転がり込んでくる。

「あ、め」
「一つだけポケットに入れてたんだ」

にこ、と微笑まれて打つ手が無くなってしまう。

「してもいいよね、悪戯」
「ああ、もう好きにしろ!」

イギリスがやけくそのように叫ぶ。
アメリカが抱きいてきた拍子にその腰で尻尾が揺れるのが見えた。どれだけ精巧でもそれは作り物のはずなのにその動きはやたらと嬉しそうだった。

かろん、と口内で飴が音を立てて、まあ仲直りできたようならそれでいいかと現実逃避のように目を閉じた。

END.



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