夜の獣、あるいは誇りを捨てきれえぬ人

鎖骨の窪みを飾る錆びた鎖。

その様がどれだけ煽情的であるかを、その時初めて知った。


海軍に正式に入隊して早3ヶ月。
先日見習士官の期間を修了して、アルフレッド・F・ジョーンズは晴れて海軍将校としての地位を手に入れた。

アルフレッドの夢は海賊を捕まえることだ。
ただの海賊ではない。
海原をまたにかける大海賊、アーサー・カークランドをだ。

悪逆非道の海賊の被害は後を絶たず、襲われた港は数知れない。
それだけ派手に暴れているのに、未だに海賊はその尻尾さえもつかませない。

なぜなら、証人がいないのだ。

襲われた港は金品や食料を根こそぎ奪われ、見る影もないほどに破壊しつくされる。
そこに住む民は、皆殺しだ。女子供、老人すらも、その毒牙から逃れることはできない。

それなのになぜ、それらの蛮行が彼の海賊のものだと分かるのかには理由があった。
襲われた港には、必ずそれが残されている。
アーサー・カークランドを象徴する、薔薇の蔦が絡みついた海賊旗が。
そんな、犯行現場に自分の印を残すやり方が、まるで遊んでいるようで許せない。

海の治安を乱すような奴は俺が捕まえてやるんだぞ!

そう同期に宣言すれば、だれもが馬鹿にしたように笑った。
そんな同期たちを見返すためにも、アルフレッドは目下奮闘中だ。




「ジョーンズ少尉、中佐がお呼びです」

アルフレッドが直属の上司に呼び出されたのは、そんな見習の名がとれてしばらくたったある日のことだった。
先ほど終業の鐘が鳴ったばかりで、今日は夜番でもない。
奇妙な時間の呼び出しを訝りながらも、アルフレッドは上官の執務室へと向かった。

「何かご用でしょうか、中佐」
「ジョーンズ、君の夢は確かアーサー・カークランドを捕縛することだったね」
「そうでありますが……」
「ならいい。付いて来たまえ。面白いものを見せてやろう」

そう言って中佐は何の説明もすることなく、執務室を出た。アルフレッドは慌ててその背についていった。


「あの、中佐、一体どちらへ……?」
「ついてくればわかる」

先ほどから返ってくる返答はそればかりだ。
景色は見慣れた執務室のある本塔から、崖の縁になぞるように作られた離れの塔へと変わっている。ここは捕縛した海賊やその他のならず者たちを収容するための監獄だ。

拷問用の部屋も用意されたこの施設は、その劣悪な環境から死者が後を絶たない。そのため、この離れの塔にはよからぬ噂ばかりが流れていた。
やれ首なし男が出ただの、やれ死人が動いただの、やれ誰もいない部屋から声が聞こえるだの、そんな典型的な怪談は、それが起こる舞台によっては最上の恐怖へと変わる。
噂一つ一つに実感がこもっているのだ。

なんで夜中にこんなところにこなきゃいけないんだい!

出来れば昼間でも近寄りたい場所ではないのに。
だが上官に対してそんな事を言えるはずもなく、アルフレッドは怯えていることを悟られぬようにとその後をついていくしかなかった。


牢獄の中は囚人の呻き声で満ちていた。
そんな中を上官は迷いなく歩いていく。突き当りにある階段を昇って、上へ上へと、

おかしい。

上官の後をただついて行きながらも、アルフレッドはその違和感に気づいた。
ここより上の階は、今は空室のはずだ。
その事実は上官とて知っているだろうに、やはりその足取りに迷いはない。
だが、それを尋ねたところで帰ってくる答えは同じだろう。
上官の真意がつかめずに、アルフレッドはその後ろ姿を見つめた。


「ここだ」

上官が、やっと足を止める。そこは、やはり空室のはずの牢獄の前だった。
しかし、その中には確かに人の気配がある。もっと中をよく見ようとアルフレッドはランプを前に突き出した。

浮かび上がった狭い牢内。
明りとりにしては少々大きい窓には堅硬な鉄格子がはめられている。
天井近くの壁に取り付けられた鉤状の突起には鎖が絡みついており、その鎖は下の何かに繋がっていた。
鎖につながれているものが、一瞬何であるか分からなかった。

それは人だった。性別も、年齢も判別できない人だった。

垂れた鎖は手と首に掛けられた枷へと繋がっていた。
手に繋がる鎖が短いため、両腕は項垂れた頭よりも高い位置で固定されている。
逆に首輪につながる鎖は少し長いのか、余った鎖が肩に絡みついていた。
痩せこけて浮き出た鎖骨。
枷との擦傷でできた赤黒い線が入っている細い首筋。
こちらの方がよほど首輪の様だと思った。
栄養失調からかガサガサに荒れて血が滲む口元。
それらを垣間見せる長く伸びた褪せた金髪。
ぼさぼさのそれから覗く目は眠るように閉ざされていた。
だけど、多分起きている。

その様にアルフレッドが目を奪われている間に、上官は牢の戸を空けていた。
何の躊躇いもなく牢の中に入る。
鎖骨に纏わりつく鎖を掴んでぐ、と上に引っ張った。
首輪が顎に引っ掛かり、線の細いそれを持ち上げる。
ぱさりと髪が額を伝い落ちて、露わになった瞳は苦しそうに眇められていた。歪んだ緑が、虚ろに彷徨う。

「紹介しよう、ジョーンズ少尉。こちらがかのアーサー・カークランド船長だ」

上官がそう高らかに宣言する。
あまりのショックに持っていたランプを取り落としそうになった。
聞きたいことがたくさんあった。ありすぎて、脳内が飽和する。
辛うじて、掠れた声を喉から絞り出した。

「なぜ……?」
「説明が今必要かね? 時間がないんだ」

そう言って上官が鎖を突起から外す。ぐい、と引っ張ると壁に凭れていた男はぐらりと前に傾いだ。そのまま床に崩れ落ちるかと思ったが、鎖がガシャンと耳障りな音を立ててそれを阻んだ。
喉に食い込んだ首輪に男がひゅっ、と息を詰まらせた。

その男に頭から毛布を被せて、上官は掴んだままだった鎖をアルフレッドに差し出した。

「君が連れてきたまえ」

鎖をアルフレッドに握らせ、上官は牢獄を出、もと来た道を戻り始めた。

「あのっ、どちらまで連れて行けば、」
「東の第3訓練場だ」

そう言って、上官は振り返らずに行ってしまった。




東の第3訓練場。そこは野外訓練用の森だ。生い茂る木々に、そこに潜む獣。
そこまで大きくも、危険が多いわけでもないが、夜にそこに踏み込むのはお勧めできない空間だ。
そこに、囚人を一人連れて行かなければならないのは、はっきり言って怖い。
囚人は、とても大人しくアルフレッドの後をついてきた。

この男があのアーサー・カークランド?

もしかしたら、上官が自分をからかっているのではないかと、アルフレッドはちらちらと後ろを振り返りながら思った。
先日も港が一つ地図から消えた。残されていたのはアーサー・カークランドの海賊旗。
今自分が連れている囚人はどう見たって最近捕まったものではなかった。

「君はいったい何者なんだい?」

そう問いかけても、返ってくるのは拒絶を孕んだ沈黙だけだった。



第3訓練場には、明かりが灯されていた。
森の入口に、人が集まっている。

「遅いぞ、ジョーンズ」

その中に、上官の姿もある。よくみれば、同期が数名混じっており、それ以外の顔触れも見覚えのある将校たちだった。

何が起こっているのか、まったく理解できない。
そんなアルフレッドを置き去りに、上官たちは話を進めていた。

「で、今回はどちらに賭ける?」
「では私は『犬』に」
「私も『犬』だ」

何やら賭けをしているようだが、その対象が何であるかは分からなかった。
よく見れば、彼らの足元には二つのケージが置かれていた。
片方には小型の猟犬のような犬。もう片方には真っ白な兎。

「では、始めてもいいかな?」

そう確認を取ると、できていた人の輪がパッと割れた。
犬と兎のケージに一人ずつ人がつく。

「中佐、こちらは……」
「それをこちらによこせ」

半ば奪うように、上官がアルフレッドから鎖を取った。
毛布を払いのけ、男を二つのケージに並べるように立たせる。
そして、あろうことから男の首輪と手枷から鎖を外すと、男を屈ませた。
背を丸め、縛められた両手を地についたその姿はどこか獣じみている。

「兎を放せ」

誰かの指示が飛ぶ。
ケージが開けられ、中から兎が飛び出した。隣にある猟犬の匂いに怯えていたのだろう、解き放たれたその途端、小さな手足を忙しく動かし森へと逃げこんでいった。

白い姿が闇に放たれたその瞬間に、屈んでいた男の気配が変わった。
どこか気だるげだった瞳が見開かれる。どろりと、色合いを増した緑は血走り、ギラギラと兎を追っていた。 長く伸びた爪が地を掻いて、固いそこに痕を残す。
獣のにおいが強くなったのを感じた。
男が今にも駆けだそうとするのを、首輪を掴んだ手が引きとめている。

兎がだいぶ遠くへ逃げたころ合いを見計らって、次の指示が出された。

「放せ」

猟犬のケージと、男を制止していた手が同時に解放される。
ガシャンっ、とけたたましい音を立ててケージが開く。飛び出した猟犬は弾丸のように兎を追いかけた。
男も手を放された瞬間に大地を蹴って駆け出していた。餓えた目で兎を睨みながら、猟犬にも匹敵するような速度で走って行く。

「さあ走れ!飯が犬に獲られちまうぞ!」

誰かが叫んだ。
その時アルフレッドは今何が行われているかを唐突に理解した。
餓えた男に獣の真似事をさせているのだ。
兎を捕らえるのは、はたして男か猟犬か。
その結果を賭けて、将校達は嗤い合う。
人を人と見ていないからこそできる行為だった。

「ああ、ジョーンズはどちらが勝つか賭けていなかったな。君はどちらだと思う?」
「いえ、俺は……」

上官が笑って賭けを勧めてくる。確かに清廉潔白な人ではなかったかもしれないが、こんなことまでしているとは。こんな男を上司と仰ぎ続けた3ヵ月間が思い出されて軽い嘔吐感を覚えた。
拒絶を示せば、興味を失ったように上官は『試合』の観戦に戻る。

兎を追いかけていた男が躓いた。
盛大に顔から地に倒れる。支えるための両手はまとめられて体の前にあるのだから当たり前だ。
その様子を見て、周囲でどっと笑いが起こった。

それでも男は体を起こすと、また走りだした。それからも何度も躓いて、バランスを崩す。それもそのはず、両手が前でまとめられている状態というのは、実は一番走りづらい体勢だ。
分かっているからこそ、あえて手枷を外さないのだろう。
無様に地を這う男を見て楽しむのがこの『試合』の目的であるのなら。

それからしぶとく男と猟犬は兎の取り合いを続けた。
しかし、その姿が闇に溶け込んでしまうほど離れることはない。どうやら、ある程度の広さで森を区切ってあるらしい。
つくづく用意周到だ。

兎がふいに茂みから飛びだした。その後を追って男が飛び出してくる。
大きく跳躍した男がついに兎をとらえた。
暴れる兎を両手で押さえつけたまま、男は兎の、首筋を、

アルフレッドはボキ、と聞こえるはずのない鈍い音を聞いた気がした。
それは兎の首を、男が噛み砕いた音だ。

身を屈め、兎の首を銜えた男は、獣そのものだった。
金色の毛並みと、緑の瞳をもった獣。月光浴びた瞳が妖しく光った気がした。

そのまま、迷うことなく獣は『食事』を始めた。
毛皮ごと兎に歯を立てる。流れ出る鮮血が白い毛皮を汚していく。
兎の生き血を啜り、肉を食み続ける男に将校の一人が近づいた。

「無様だな、カークランド?」

獣を食む人などいるものかとその脇腹を蹴りあげる。
それでも男は兎を放さなかった。無我夢中で兎の骨をしゃぶっている。
それに機嫌を損ねたのか、その将校がもう一度脇腹を蹴る。先ほどより強めに蹴ったのか、男が崩れ落ちた。 将校が満足したように嗤う。

「こいつ、犬を殺しやがった」

森に猟犬を回収に行った将校が何かをぶら下げて戻ってくる。だらりと垂れ下がった毛皮の塊は兎同様首が折られていた。

「今回はあれの勝ちか。また損をしてしまった……」
「何を言われますか、前回は独り勝ちをしていらっしゃったのに」
「カークランドが異常なだけだ。6連勝中だったんだぞ、あの犬は」
「まあ、番狂わせとしてはいいんじゃないのか」
「でも新しい犬を調達しないと……」

そんな会話がアルフレッドのすぐ隣で繰り広げられている。話を聞いていれば、どうやらこの『試合』にはカークランドと呼ばれる男以外も参加させられているらしい。

気分が悪くなって俯いていると、上官が声をかけてきた。

「どうだった、ジョーンズ。なかなかいい見せ物だろう?」
「…………」
「あの悪逆非道と恐れられるアーサー・カークランド船長がああやって地を這い蹲るわけだ。他の囚人ではああはいかない」
「…………」
「次回も参加したかったら声をかけてくれ。ああ、それともカークランドが出る回は連絡を入れることにしようか」

集まっていた将校たちはいつの間にか散り散りになっていた。
今夜の賭けはこれでお開きらしい。上官も、ひらひらと手を振りながら去っていた。
兎を食べ続けていた獣もすでにいない。誰かが牢に戻しに行ったのだろう。



この夜に起こったことが一気に逆流してくる。
途中でその機能を止めていたらしい理性が戻ってくると、吐き気はますます強くなった。

ありえない。

頭の中はそれだけでいっぱいだ。
アーサー・カークランドは海を荒す大海賊だろう?
あんな細く痩せた男であるはずがない。
生の兎を何の迷いもなく食べる獣であるはずがない。

そして、それを男に強要する将校達も。
人の命を弄んで、あまつさえそれで賭けをするなど……
かつて大陸で行われた剣奴と獣の戦いよりも、生々しく、人の尊厳を無視した見せ物。
それに嗤う将校たちが信じられなかった。

俺は何のために海軍に入った?
海を荒す海賊を退治したかったからだろう?
海軍は海の正義だと……

ぐわんと視界が揺れた。
込み上げる吐き気に、膝をついた。




その日食べた物をすべて吐き出して、アルフレッドは荒い呼吸を繰り返した。
まだぐらぐらと頭が揺れている。
けれど、今からやることだけは決まった。

あの男に会いに行こう。



看守はあっさりと牢獄にアルフレッドを入れた。先ほど上官と来ているから顔を覚えていたのだろう。
突き当りの階段を上り、記憶を探りながら、男のいる牢を目指す。

辿り着いた牢の戸には、なんと鍵が掛かっていなかった。軋む戸を押して、牢の中に入る。
そこには、初めに見たときと寸分違わぬ姿をした男がいた。あえて違いを述べるならば、その手足に裂傷が増えていることだろうか。

「アーサー・カークランド?」

呼び掛けると、男がわずかに目を開けた。それ以上の動きはない。

「君は本当にあのアーサー・カークランド船長かい?」

兎の血がこびり付いたままの唇が動く。しかし、微かに空気が漏れただけで、それが言葉として空気を震わせることはなかった。
男もそのことは分かっているのだろう、何度も声を出そうと口をパクパクと動かす。
ようやく出た声は、細く掠れがちで、とても小さかった。
それでも、なんとかその音を拾う。

「だったら……なんだ……」
「アーサー・カークランドがここにいるはずないんだよ。この前もあの海賊は港を一つ潰してる」
「それ……は、偽物、だ……」

長い髪から覗いた瞳が、怒りに染まっていた。

「俺の、名を……騙っ……た……海軍の……」
「なっ!?」

男の発言を、昔の自分ならばきっと信じなかっただろう。
あの、見せ物を見る前の自分ならば。

「何で海軍が港を襲う必要があるんだい!」
「物資、も……金、も……奪うのが、一番……楽だ……」
「それを、君達海賊のせいにしてるって言うのかい?」
「本、人は……捕縛、済み、……これほど、名……を騙りやす、い環境は……ない」

男の言い分は理にかなっていた。もしばれそうになっても、捕縛済みの船長を処刑台に引っ張りだせば、民衆の怒りの矛先はそちらに向く。その最後の瞬間までを、彼はこの牢で待たされているのだ。
男の話に納得しつつも、アルフレッドの中の何かは警鐘を鳴らしていた。相手は海賊。発言を鵜呑みにするのはまずい。
それでも、彼の話が聞きたくてここまで来たのだ。

「わかったよ。君はアーサー・カークランドだ」
「最初、から……言って、んだろ……ばか、ぁ……」
「一つ、聞いてもいいかい?」
「……何、だ……」
「あそこまでして、生きる意味は?」

あんな、獣に堕ちてまで。
そう問いかけると、アーサーが真っすぐな目でアルフレッドを見た。
静かな声で言う。


「旗の誇りを取り戻すため」


その瞳には、確かな理性があった。
この人は、まだ人を捨ててなどいない。

「俺の旗、を……穢され、たまま……死ねる、わけが、ない……」

今、アーサー・カークランドの旗は死と絶望の象徴だ。
その汚名を雪ごうと、彼はこの地獄の中で時を待っている。

「お前……名前、は……」

アーサーから初めて問いが来る。

「アルフレッド・F・ジョーンズ」
「ジョーン、ズ……今夜、のあれ、を……どう思っ、た……?」
「どうもこうも、あんなの人がする事じゃない……!」

ふっ、と彼が息を吐きだした。どうやら笑ったらしい。

「あいつら、は馬鹿……だ……。おとなし、く飼い、殺して……おけば、いいもの、を……あん、な風に……不用意……に、運動の、機会を……与え、る……。おかげ、で、体が……なまらなくて、いいけど、な……」

そう言って、アーサーは地獄さえもまだぬるいと笑うのだ。

「ねぇ、アーサー・カークランド」
「アーサー……でいい……」
「そう、じゃあ君も呼びやすいようにどうぞ。でさ、アーサー、海賊に正義はある?」
「は、は……、あるわけ、ねぇ、だろ……略奪が、俺らの……仕事、だ……」
「でも義賊とかってあるだろ?」
「少なく、とも……俺、はそうじゃ、ねぇ……。ただ……海軍、だと、か……裏、のある奴ら、の方、が……利がでかい、だけ、だ……」
「そう……」

アルフレッドの呟きを期待が外れた悔しさからくるものだと取ったアーサーが唇を歪めて笑う。海賊を象徴するような、皮肉を口の端に浮かべた笑み。瞳が妖しげな光を放つ。
くくっ、と笑えば鎖がシャリと僅かな音を立てた。

その笑みに、アルフレッドの心は決まった。
一歩、歩を進めて、アルフレッドは屈むとアーサーと目線を合わせた。訝しげにこちらを見上げたアーサーの髪を両手を使って掻き上げる。露わになった顔は端整で、中心におさめられた二対の瞳は毅い光が宿っていた。
朱を引いたような赤い唇に吸い寄せられるように咬み付く。

「っ!」

見開かれた瞳を純粋に美しいと思えた。
突然のアルフレッドの行動にアーサーが暴れる。がしゃんと鎖が音を立てた。
口の端に付いた兎の血を舐めとって、アルフレッドは唇を離した。

初めてが血の味だなんて笑えない。

「ね、これを理由にしていいからさ、」

口付けと呼ぶには乱暴すぎるそれを振りかざして、アルフレッドはアーサーの瞳を覗き込んだ。

「これから俺のする事に口を出さないでくれるかい」
「?どう……いう……」

アーサーが何か言いたげなのを無視して、アルフレッドは立ち上がった。アーサーを壁に繋ぎ留める鎖を掴む。錆びたそれは、何度も使いまわされているのか、劣化が激しかった。
これならいけるな、と思った。

アーサーを立たせて、余裕のできた鎖を壁の突起に引っ掛ける。両側を持って力任せに引っ張ると、鎖は鈍い断末魔をあげてあっさりと千切れた。

「さ、これで君は自由の身だ」

千切れた鎖を振りまわしながら、そう宣言した。

「なっ、お前、何考えて……!」

アーサーが叫んだかと思えば咳込んだ。長い間食事以外に喉を使って来なかったのだから、叫ぶなんて芸当できるわけがない。

「だから、全部あれのせいにしていいから、っと」

窓の縁を掴んで体を浮かす。景色を細切れにしている鉄格子を蹴り抜けば、こちらもあっさりと外れた。

「やっぱり。海のそばになんか作るから潮にやられちゃってる」
「こんな、こと……した、ら、お前……だっ、て……ただ、じゃ、すまな……い、ぞ……」
「かもね。でも、俺は自分が信じたことに賭けてみたいんだ」

すべての鉄格子を外し終えたアルフレッドがアーサーに手を伸ばす。

「誇りを取り戻しに行くんだろ?」
「いい、の、か……いつ後、ろか、ら……刺す……か、分からね、ぇ……ぞ……?」

差し出された手に手を伸ばしながら、アーサーが問う。

「刺されるのは痛そうだからヤだなぁ」

おそるおそるといった様子で手を伸ばしてくるアーサーに焦れて、アルフレッドはさらに手を伸ばしてその手首を掴んだ。

「俺を殺したくなったら頸を折ってよ」

あの兎みたいに。あのうつくしい瞳を、死ぬ前に見せて。

ぐい、と引っ張るっと軽い体はたやすくアルフレッドの方へと傾いだ。
その体を捉えて、膝裏に手を差し入れる。


「おい……っ」

アーサーを抱えたまま、アルフレッドは窓枠へと足をかけた。
下は波の砕ける断崖絶壁。

恐怖はなかった。

大きく窓を蹴って、空へと身を躍らせる。
声にならない悲鳴を上げるアーサーに、声をあげて笑った。


君の可能性に賭けてみたくなった、ただそれだけ。
ああ、あと、その目は結構気に入ってるんだ。

ただ、それだけ。

ただ、今はそれだけ。





褪せた金髪と緑の目を持った男が率いる海賊一味の構成員は、空色の瞳をした青年と、菫色の瞳の優男、それから、真黒い瞳の東洋人。
彼らを乗せた船が海原をかけるのは、もう少し後の話。











昨日、と言うか日付的には今日ブログで呟いた海賊パロを書いてしまいました。
今日の午後ずっとPCの前にいたダメ人間。
しかし言ってたほどダークでもない。私の文章能力じゃこんなもんです。

とっても雰囲気小説となりましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました!(07/17)