時系列的には本編の2と3の間です。









テスト明けの週末。
昼間は大学の友人と遊び倒して、次の日も休みとなればすることは決まっていた。

アルフレッドは愛用のクッションに腰かけて、いそいそとテレビをつけた。
チャンネルを合わせて、プレイ途中だったゲームの電源を入れる。
最近お気に入りのアクションゲームだ。爽快なBGMを楽しみながら、現れる敵をバッタバッタとなぎ倒していく。
協力プレイも可能であるから、今度一緒にプレイしようと友人と約束してある。かなりの玄人なので、それまでにこちらも腕をあげておかなくては。


テレビゲームをプレイしていると時間の流れ方が違うと常々思う。
気付けば日付変更線は当の昔に越えていて、そろそろ深夜2時を回ろうとしているところだった。
今頃の時間帯のことをなんというんだっけ、とアルフレッドは何となく思考を巡らせた。

ああ、確かあの日本人の友人が言っていたんだ。
あの時もこうして深夜まで、あの時は二人でゲームをしていて。
そうして何気なく時計を見た友人が、キクがこう呟いたのだ。「もうすぐウシミツドキですね」と。
なんでも、日本の古い時間の数え方らしい。動物も植物も眠る時間。そんな時間には――

その先を思い出してしまい、アルフレッドは一瞬背筋をこわばらせた。
画面の向こうで操作していたキャラクターがダウンする。

「あー、」

出した声は誰もいない空間に溶けて消える。そんな空虚さにももう慣れたと思っていたのに。
こうやって一人を実感してしまう度に、あのごちゃごちゃした寮生活が懐かしくなる。
壁越しに人の気配を感じれる。大声で叫べば誰かが様子を見に来る。何だったら友人の部屋に乗り込むことだってできた。
――たった数ヶ月前まで暮らしていたはずの空間が、こんなにも遠い。

今大声で叫んだらお隣のあの人は来てくれるだろうか?
そんな馬鹿なことを考えてみる。
いくら隣人とはいえ、朝のごみ出しで挨拶をする程度の仲だ。来るわけがない。

テレビの画面からその奥の壁へと視線を向ける。壁一枚隔てた先にいる隣人。不思議な隣人だった。
重度の夜型で、空が白むころまで部屋に明かりが灯っていることもある。
ごみ出しの時以外に外出しているのを見たことがなくて、そのくせ隣室からはまれにどさどさという音(あの音は知っている。積み上げた漫画が崩れた時の音だ)がする以外に生活音が聞こえてこない。

仕事はしてるの? 夜更かしは駄目だよ? ちゃんと3食食べてる?

顔を合わせる度にそんなことを聞きたくなってしまう。
おかしいな、向こうの方が年上のはずなのに。

なんとなく、放っては置けない人だ。


そんなことをぐだぐだと考えているうちに、背後に幽霊がいるかもしれないなんて妄執も消えて。
アルフレッドは改めてゲームのコントローラーを握った。


しかし。
ゲームにまた没頭しかけたころに、何やらガチャガチャという物音が玄関の方からした。再び背筋が凍る。
今は深夜。こんな時間に来客があるはずがなく、そもそも来客ならばチャイムを鳴らすだろう。ならば、外にいるのは――

ぎぎぎ、と鈍い動作で玄関のほうに顔を向ける。
アルフレッドのいる位置からは玄関の扉が真正面に見える。その玄関のノブが、ガチャガチャと音を立てていた。まさかそんな、いくらなんでも、幽霊なんて、ナンセンスな、

パニックに陥っている間に、ついにドアがガチャリと音を立てて開いた。

ああ、なんで鍵閉め解かなかったんだ、俺。そんな後悔ももう遅い。
ドアがキィと開いて、

「あれ? 俺鍵閉めなかったか?」

ふわふわとした、という形容詞が似合いの声がした。擦れた、男性の声。
アルフレッドは張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んで行くのを感じた。
アーサー・カークランド。アルフレッドの奇妙な隣人。

ドアを開けて入ってきたのはアーサーその人だった。とろんとした眼が眠気のためなのか酔いためなのかは判断できなかったが、正常な判断を欠いて間違ってこちらの部屋に入ってきたことは確かなようだ。

「おーい、君の部屋は、」
「あれ?」

アーサーが舌足らずな声で首を傾げた。きょとんと首を横にする仕草が何故か様になる。

「なんでお前が俺の部屋にいんだよ」

訝しげな声が落とされて、本当に彼がここを自分の部屋だと思い込んでいることを悟る。間取りこそ同じだが、内装はかなり違うと思うのだが。アルフレッドの部屋は片付いているとは言い難い。対してアーサーの部屋はどこか整然としているイメージがあった。あくまでも想像だが。

アーサーがうーんと悩む様な声をあげて、それから一瞬の間をおいてふわりと破顔した。
手放しの笑顔にアルフレッドがぎょっとしているとふらふらと近付いてきて、倒れ込むようにアルフレッドの前にぺたんと腰を下ろした。
伸びてきた手に無遠慮に頬を撫でられる。締まりのない笑顔は相変わらずだ。

「夢にしちゃよくできてんな」

ぺたぺたと検分するように頬を撫でまわしているうちにさらに気が緩んだのか、アーサーは背を伸ばしてアルフレッドに顔を近づけてくる。
薄く開いた唇からは強いアルコールのにおいがした。

「君、酔ってるだろ」
「んー?」

駄目だ、聞いてない。
上機嫌でアルフレッドを撫でまわすアーサーにアルフレッドの声は届かない。
アルフレッドは溜め息をついて随分と間近にあるアーサーの顔を見上げた。

なんというか、意外な表情だった。
朝のごみ出し出会う彼は糊のきいたシャツを着ていて、口数は少ないけれど挨拶をすれば礼儀正しく返してくれて――。
どこか紳士的な印象を持っていた彼がこんなにも相好を崩して笑うことが信じられない。もしかすると夢を見ているのはこちらの方かもしれない、とアルフレッドはぼんやりと思った。

「好きだ」

そう、だからこんな彼の発言も夢で――――待て待て待て、俺にはそんな願望はない。
アルフレッドは放心状態でアーサーを見上げた。相変わらずの酒臭さに顔を背けたくなったが、それよりも先にあまりにも幸せそうに笑う彼の表情に目を奪われた。
こんな笑い方をする人なんだと、そんな感想を抱く。薄く、表情を軽く緩めるような笑みしか知らなかった。

「好き。好きなんだ」

頬を撫でていた手がいつの間にか後頭部に回っている。もう一方の手は緩く髪を梳いていて、まずい、と本能的に思った。

アルコールが口内に吹き込まれた。ぴったりと合わせられた唇を通して。

放心した唇は半開きのままで、それを割り開くように舌が唇を撫でた。ぬるりと生温かいものが酒の風味を伴って口内に侵入してきて、

そこでようやく、我に返った。

ノリノリで舌を絡めてこようとするアーサーを力尽くで引き剥がす。その肩(やけに薄かった)を掴んでがくがくとアーサーを揺さぶった。

「君っ、何考えて……! って」

やたらと揺れるアーサーの頭部に気付いて、アルフレッドははたと手を止めた。
アーサーの様子を確かめて、脱力する。

「寝てるし……」

思わずため息が出た。いったい何なんだ。展開が速すぎてついていけない。
再度アーサーを確認すれば、くぅくぅと気持ちよさそうな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。

「ちゃんと説明してもらうからね」

もう一度、溜息をつく。はいた息は何となく酒臭いような気がした。











恋完結一周年記念。
酔ったアーサーさんはこんなことをしでかしてたよ。
ずっと書く書くと言い続けていた番外編です。構想は恋連載時からありました。放置プレイ1年……
引きこもりの恋を見守って下さった皆さんに捧ぐ(09/29)