ごはんをたべたひ

2日目

目覚めたのは昼過ぎだった。

昨晩イギリスが用意してくれた寝床が思いのほか快適で、日が昇ったことに気づいてはいても、まどろみの中に いることを選んだ結果、今に至る。
カゴから出ると身体が強張っていることがありありと分かった。大きく欠伸をしながら、ぐぐ、と背をしならせる。そ ういえばよく猫がこんな風に背伸びをしているなぁと思って、自分が今猫であることを思い出した。

もう少しの間ふかふかとしたクッションに埋もれて夢現をさ迷っていたいところなのだが、空腹を訴える本能には 逆らえなかった。

ぐぐぅ〜と胃袋がしつこく空腹を訴えた。

「にゃー」
「お腹空いたんだぞ……」
思い出してみれば、昨夜はほとんど何も食べていないのだ。
なにせイギリスが夕食にと残飯を差し出してくるのだから。敏感になった嗅覚はそれを危険物と認識したらしく、く らりと一瞬意識が遠のいた。
ごめんイギリス、君の料理を犬のえさ、猫の餌呼ばわりしてきたけど撤回するよ。この料理は絶対に動物のえさ 以下だ。むしろ同列にしたらえさに失礼なレベルで。

そんなやりとりにイギリスも機嫌を損ね、結局何も食べれないまま不貞寝に近い状態で寝床に入ったのだった。
普段三食おやつに夜食まで食べている自分にとって、この丸一日の絶食はかなりこたえる。

「なぅー」
「ご飯ー」
誰にも聞かれることがないと分かっていても呻かずにはいられなかった。



今イギリスは家にいない。
買い物に行ってくると言い残して出かけていった。

どうせあの人のことだからペットグッズでも買いに行ったんだろうなあ

昨日のリボンは結局届かない所に仕舞われてしまったようだし、今度は何を買ってくるつもりなのだろう。
猫じゃらしに鈴付きの首輪、散歩用のリード……
考えれば考えるほど不安になってくる。

猫用の服なんて買ってきた日には家出してやるんだぞ。

そう心に誓い、食料探しを始めた。
イギリスが何か買って来てくれるかもしれないが、それが食べられるものかは五分五分だ。ちなみに、「食べられ るもの」が「食べても安全なもの」である保証はない。

たったっ、と軽快な足音をたててキッチンに向かう。
しかし、そこそこに広いキッチンで猫の視点からでは何があるのかすら確認できなかった。
どこか高いところへ、とダイニングテーブルに飛び乗った。テーブルの上には一輪挿しの薔薇が生けられている。
それ以外何もなかった。

果物くらいないのかい!?

キョロキョロとキッチンを見回しても、めぼしいものはない。
あるといえばシンクに置かれたままの、ラップをかけられた石くらいだろうか。

さて、このままでは本当に飢え死にしてしまう。

まさか食料が確保できないとは思わなかったんだぞ……
イギリスに飼われることに抵抗はなかった。むしろ、彼は長く想い続けた人だったから。そんな人のプライベートエ リアに入り込めることに喜びを感じる下心さえあった。
だが、

食べ物のことなんて考えてなかったんだぞ……
これはこれからの生活において大きな障害だ。
むむむとキッチンのダイニングテーブルの上で悩みこんでいると、

ガチャリと玄関が開く音がした。

「ただいま」

イギリスが帰ってきたようだ。そんなことよりも、漂ってくるこの匂いは……!!
ダイニングテーブルから床にダイブして、玄関へと走る。

玄関には紙袋を抱えたイギリスがいた。

「お、出迎えに来てくれたのか?」

そう言って表情を緩ませる。いつもなら滅多に見ることのできないそれに見惚れてしまうところなのだが、今はそ れどころではなかった。

「にゃうにゃう!」
「お腹空いたんだぞ!」
「はいはい、分かったよ。色々買ってきてやったから……」

そう言ってガサガサと紙袋をあさる。ほら、と彼が誇らしげに差し出してきたのは、

「にゃぅ……」
「猫缶……」
毛足の長い猫がパッケージを飾る猫用の缶詰だった。
なんだか、それを食べたら人(国だけど、しかも今は猫だけど)として大切なものをなくしちゃう気がするんだぞ…… 失望に耳としっぽがだらんとヘタった。

「気に入らない? 高かったんだぞ、これ」

恨めしそうな顔でイギリスがこちらを睨む。
だからって、猫缶……。
まあ、カリカリとイギリスの料理よりはまだましかも知れないけれど……

「にゃーにゃー!!」
「そんなものより、はやく袋の中身をくれよ!」
袋の中にはまだ食べ物が入っている。これは、猫でなくたって気づくだろう。匂いは猫缶でもカリカリのものでもな い。肉と、トマトケチャップと、マスタードと、そんな慣れ親しんだ匂い。

これは、ホットドックの匂いだ!! ぐう〜〜ぅとお腹が鳴る。
催促するようにイギリスの足にすり寄った。

「おい、危ないだろ。これはお前は食べちゃだめだって」

イギリスの抱える紙袋に猫の体では届くはずもないのに、イギリスは紙袋を遠ざけるように高くかがげた。

「なぅ〜、にぃにぃ」
「イギリス―。一口でいいから分けてくれよ〜」
紙袋を抱えてリビングに行こうとするイギリスの足になおもすり寄りながら、おこぼれをもらおうと名前を呼びかけ 続けた。

イギリスがダイニングテーブルに紙袋をおいて中から目当てのものを取り出す。
やっぱりホットドックだ!!
ケチャップとマスタードがたっぷりかけられたそれは、見ているだけで食欲を誘う。

「お前にはやれないからな!」

「なぁー」
「ケチくさいんだぞ!」
「そんな顔をしてもだめだからな」

そう言い切られた後も、どうしてもあきらめがつかなくて、いすに腰掛けたイギリスの足元に座って彼の食事を眺 めていた。
ああ、おいしそう……。

何度目かの哀れな腹の虫が鳴った後、イギリスが大きくため息をついた。

「仕方ねぇなあ……」

「にゃ!」
「くれるのかい?!」
「少しだけだからな」

そう言って差し出されたのはパンのかけらだった。ケチャップの付いた部分は丁寧にちぎられている。
これじゃただのパンじゃないか!

「にゃぅ〜」
「俺、ソーセージが食べたいんだぞ」
抗議するような目で見上げると、イギリスが気まずそうに目をそらした。あとひと押しだ!

「にゃあ」
「頼むよイギリス〜」
「し、仕方ねえな……!」

あ、結構ちょろいぞこの人。
そんな不謹慎なことを思いつつ、イギリスからのおこぼれを待った。

そのイギリスと言えば、ソーセージをどう分けようか悩んでいるようだった。パンの様にはちぎれないし、わざわざ 分けるために包丁を持ってくるのも面倒だ、なんて考えているんだろう。

残ったのを丸々俺にくれればすべて解決なのにな。

期待にひょこひょこと耳を動かしながらイギリスを眺めていると、イギリスががぶりとホットドックにかみついた。今 までは驚くほど小さくしか口を開けずに食べていたのにいったいどうしたのだろう。驚いてみていると、イギリスは 一度口に含んだそれを掌の上に吐き出した。

「ほら」

その手を目の前に差し出される。
ほら、って君ねぇ……!

関節キスなんてもんじゃないんだぞ。
なんせ彼は一度口の中に含んでしまっているから。ソーセージをはさんだパンに残る歯型が生々しい。
彼にとって自分はただの飼い猫にすぎないからこんな行動に出れるのだろう。自分にとって彼は飼い主なんて柔 らかで、どこかくすぐったいものなんかではないのに。

「ほら、食べないのかよ」

イギリスの催促の声に恐る恐るそれに口をつけた。何の変哲もないホットドックだ。
一度食べ始めると一気に空腹感が襲ってきて、がつがつとそれを食べた。イギリスの手から直接食べているとい う事実に気づくまでに少し時間がかかった。
最後の一口を食べるときに、偶然を装ってイギリスの掌をなめた。

「にゃあ」
「好きだよ」
ごちそうさま、と告げるような気軽さでそう言うと、イギリスがまたあの驚いたような顔をした。






2日目です。1日目は長すぎたかな、と反省したはずなのに1日目より長いですなんででしょうね

どうしてもアメリカ猫の鳴き声がワンパターンになってしまいがちなので悩みます。
あとイギリスのツン捜索中。ホントどこ行った。 (07/05)