さんぽにいったひ

5日目


イギリスの家にしては珍しくその日はうららかな日が差していた。緩やかな風に白いレースのカーテンが揺れる。
柔らかな日差しに誘われて、庭でうとうとしていると、玄関が開く音がした。ぴくり、と耳が動く。
イギリスが出掛けるらしい、余所行きの革靴の音がした。

そろそろ昼寝にも飽きてきたころだ。ぐ、と背を伸ばして、玄関へと駆けていった。

「にゃあ」
「どこか行くのかい?」
案の定、外出の支度を整えたイギリスが玄関に鍵をかけていた。こちらに気付いたイギリスが屈み込んで顔を近付けた。

「ちょっと買い物に行ってくるな」

そう笑って、頭をなでる。

「にぅ」
「また留守番かい?」
「なんなら一緒に行くか?」

「にゃん!」
「もちろんなんだぞ」
威勢良く返事をするとイギリスが形容しづらい表情をみせた。

「べ、別にお前の為に連れて行ってやる訳じゃないからな。これはお前を置いてくと何しでかすか分からねえから心配なだけで、」

なんだが久々に聞いたよ、それ。
と、外出するその前に。

「にゃぅ」
「庭先の窓が開けっ放しだけどいいのかい?」
庭のほうを持ち上げた前足で指し示す。

「ああ!閉め忘れてた」

イギリスが慌てて家に駆け戻った。しばらくすれば、他の戸締まりも確認してきたであろうイギリスが戻ってくる。

「よし、じゃあ行くか」

「にゃん!」
「出発なんだぞ!」



イギリスの街並みを猫の目線で楽しみながら、心なしか歩調を緩めて歩くイギリスの隣をせかせかと歩く。
前とは逆なんだぞ。
イギリスの横顔を見上げて、そんなことを思った。

いつだったか彼と並んで歩いたときには、彼にあわせてゆっくり歩いたのは自分だったし、横を見れば見えたのはこんな下からのアングルではなかった。
今までのように、散歩中の彼にちょっかいを出せないのはつまらないなと思った。隣を歩く彼の頬は突くのにとてもちょうどいい位置にあった。

イギリスが向かったのはビルに入った大型デパートではなく、一本メインストリートから外れた専門店だった。細い路地にひっそりと佇む、創業のとても古そうな店。
確かに君の好きそうな店だね。時に取り残されたような店を見て感じたのはそんなことだった。

長い年月を経て生まれる亜麻色の光沢を持った木製のノブをひけば、からんと静寂に美しく響くドアベルがなった。
さほど広くはない店内を、窓から差し込む日がやわらかに照らしてた。
壁に整然と並べられた何種類もの缶は色も形もデザインも、そこに表示されている言語さえもまちまちだった。

ここは紅茶の茶葉の店だ。

猫の嗅覚がそれを告げる。さまざまな種類の紅茶の入り混じった、この店に似合いの―――重厚と言っては少々堅苦しいが―――形容するならどこか厚みのある、歴史を重ねた香りがした。

さて。いくら茶葉とはいえ食品を扱う店に猫の自分が入ってもよいものなのだろうか。前脚を持ち上げたまま考え込む。
それに気づいたイギリスもドアを支えたまま困ったような顔をしていた。

やっぱり外で待ってるべきかな。そう思って足を下げかけたとき、店の奥から店と同じくらい年を重ねていそうな老人が現れた。

「いらっしゃいませ、卿。本日は随分と可愛らしいご友人をお連れの様ですね」

「ああ、マスター。家で飼ってる猫なんだが、店に入れても大丈夫だろうか」

「かまいませんよ。さて、小さなご友人には何をお出ししましょうか……」

許可が下りたので、下ろしかけた前足を再度持ち上げて敷居をまたいだ。
店内には、一組の小さなテーブルといすが置かれていた。紅茶と軽食でも出すのだろうかとも思ったが、それにしては規模が小さすぎる。
休憩用だろうか、と自分なりに結論付けてイギリスに目を向けてみれば、夢中で壁の茶葉を眺めていた。
自分はと言えば、特にすることもないので出入り口のそばに座っていつもの3割増しくらいに生き生きとしたイギリスを眺めていた。


「お待たせしました」

いつの間にか姿を消していた店主がいつの間にか戻って来ていた。その手には紅茶のポットとカップの乗ったお盆。

「どうぞ、おかけください」

イギリスをテーブルに促して、店主が紅茶をカップに注いだ。それをぼんやり見ていると、こちらを向いた店主と目があった。目元をほころばせて、店主が笑う。
年寄りとはみんなこうなのだろうか、日本といいこの店主といい、笑みの本質が見えにくい。

「ご友人も、どうぞこちらへ」

そう言って、店主は平皿をテーブルの足元に置いた。甘い香りに誘われてちょこちょことテーブルに近づく。
平皿には乳白色の液体が入っていた。匂いからするとミルクの様だが、それ以外にも何か香るものがある。クンクンと匂いを嗅いでみると、はちみつと紅茶の匂いがした。

「ハニーミルクか?」

同じく紅茶の匂いを嗅いでいたイギリスが店主に問う。

「ええ、お勧めはミルクティーですが、その前にぜひストレートでご賞味ください」

「というと、今回もいい茶葉が見つかったんだな」

「入手ルートは、企業秘密ということで一つ」

店主が唇に立てた人差し指を当てて、好々爺然と笑った。
イギリスがカップを優雅に口に運ぶ。
ついで隣に立つ店主を見上げると、促すように微笑まれた。だから、その笑い方は苦手なんだって!

おそるおそる平皿に口をつけると、はちみつの甘さが口内に広がった。
適温に冷まされたミルクからほんのりと立ち上る、紅茶の匂い。


甘いミルクと紅茶とはちみつは、嵐の夜の匂いだ。
嵐に怯える幼い自分をあやすために、イギリスが入れた紅茶。それははちみつとミルクのたっぷり入ったあまいあまいミルクティーだった。
雷鳴と風が吹き荒れる嵐に閉ざされた空間で、暖炉を囲んだ彼との時間だけが暖かかった。

ああ、だから紅茶はきらいなんだよ。

鮮明に蘇る記憶に眉をひそめたくなった。
紅茶は何よりもあの頃の“彼”に結びつくものだから。
紅茶を愛した彼との思い出は、そのひとつひとつにほの甘い紅茶の香りを持っている。

はあ、とため息をつくと髭がふるりと震えた。

「じゃあ、これといつものを頼む」

いつの間にか紅茶を飲み終えたていたイギリスが店主に注文をする。

「かしこまりました」

店の奥へと戻って行く店主の後ろ姿を見送っていたイギリスが、ふとこちらに目を向けた。やわらかに緩んだ目元、語られる言葉はひどくおだやかだ。

「帰るか」

「にゃぁ」
「イギリス……」
彼に向かうこの感情は、
胸からこみあげるこの愛しさは、

幾度言葉にのせれば届きますか。


長い時をかけて紅茶の香がこの店に染みついていったように、この想いも少しずつでいい、彼の心に焼きついていけばいい。
そんな願いを抱えつつも、今はただ穏やかに、

「にゃう」
「好きだよ。イギリス」

伸ばされた彼の手にすり寄った。




猫に紅茶とはちみつを与えても大丈夫かは不明です。
めりかならだいじょうぶだよねいぎりすのすこーんたべれるし。そんなのりです。

あんまり茶葉とか詳しくないんですが、紅茶は好きです。
基本的に、米と英とその他もろもろへの愛だけで書いてるので矛盾点は多いです……。(07/12)