昼寝をしていたひ

10日目

「ねこー?」

飼い猫用の食事を盛り付けた皿を持ったまま、イギリスは窓から庭を見渡した。
普段なら庭のどこかで、決してイギリスの視界からは消えない位置で昼寝なり一人遊びなりをしている愛猫は、日差しの降り注ぐそこにはいなかった。
寝床として与えたカゴの中にもいない。寝床、と言ってもあの雨の日以来、夜はイギリスが自分のベッドの中に引きづり込んでいるので、今ではもっぱら昼寝用だ。
あのもふもふは抱き枕にちょうどいい。

さて、どこへ行ったのか。

庭にいないとすれば寝室か、はたまたどこかに散歩にでも行ったのか。
それでも昼時にはふらりと帰って来て家にいるような猫であるから、多分家のどこかで寝ているのだろう。
あの猫はイギリス邸内のあちこちに別荘を作成中だ。普段は使わない部屋を掃除するとあらぬところに猫の毛が残っている。
どうやって部屋に入り込んでいるかは不明だが、あの小さな体躯を伸ばしてドアノブに前足をかけているのを想像すると思わず笑みがこぼれる。

イギリスは皿をローテーブルに置くと、本格的に猫を探すためにリビングを出た。

今まで猫の毛が見つかった、あるいは現行犯を見つけた場所はイギリスの寝室、およびそのクローゼットの中、一番奥の来客用の寝室、リネン室、階段下の物置、食料棚の中、と、この程度だろうか。
不思議と、あの猫はイギリスの書斎には近寄らない。日中の大半をイギリスはそこで過ごしているわけだが、その間、猫が訪れたことは一度としてなかった。
仕事の邪魔にならないようにか、それとも遊んでもらえないことを知っているだけか。

今までの経験や、行動予測から部屋を探して回るがなかなか見つからない。まるでかくれんぼをしているようだ。
幼い元弟との日々を思い出して、イギリスは表情を緩めた。
隠れる場所を探して駆けまわるたったっという音が今にも聞こえてきそうで、見つからないようにとひそめた息遣いが聞こえてくるような気がして……

こうやって昔のことばっか持ち出すからあいつも怒るんだろうな。

そう分かってはいても、想うことは止められない。イギリスは小さく息をついて、書斎の扉を開けた。
執務用の部屋ではない、もう一つの書斎だ。主に古い文献置き場となっているそこは、猫が来る前は割とよく使っていた。
何百と積み重ねてきた歴史が生み出した作品たちに埋もれて、日がな読書に没頭する休日はそこそこに気に入っている。

古びたインクのにおい、温められた日差しの匂い。
書斎は一週間以上出入りしていなかったせいで少し埃っぽい。
窓から差し込む光の先には使い込まれたディスク。対となる肘掛け椅子は、前回使ったときに整え忘れたのか、机には収まっておらず、光の中にその全貌を晒していた。

そこで仰向けに眠る毛玉。

こんなところにいたのか。
イギリスが意味もなく安堵のため息をつく。どうもあの雨の日以来、ふらりとどこかに行ってしまうのではないかという不安が付きまとう。
不安も何も、いつかは出て行ってしまうのに……。そうだろう?

猫を起こさないように椅子に近寄る。
椅子に置きっぱなしだったクッションと膝掛けを下敷きにして、猫は眠っている。肌触りのいいそれは結構気に入っていたのだが……これでは猫の毛が付いてしまっているだろう。
いっそこいつにあげてしまうのもいいかもしれない。そんなことを思った。

柔らかそうな腹を晒して眠るさまを見るたび、獣の末席としてそれはどうなのだろうと思ってしまう。
時折後ろ脚が何かを蹴飛ばすようにぴくぴくと動く。

一体どんな夢を見ているんだか。
椅子の前で膝を折って、イギリスは猫を眺めた。
甘いミルクティー色をした毛並みをなでる。爆睡する猫に悪戯をするように鼻先をつついた。

何度見ても大きな猫だと思う。その体躯からして普通の猫よりも一回りか二回りほど大きい。こんな巨体でタックルされた日にはじゃれあいだけでは済まなくなる。
可愛いことは認める。ものすごっく可愛いのだが、その大きさに少々身の危険を感じていることも事実だ。

首周りの毛になんとはなしに指をからめて遊ぶ。他の部分よりも色の濃いそこに、首輪はない。
この猫を飼うことになったときに買ってこようとも思ったが、結局はやめてしまった。
多分、嫌がるだろうから。
そんな理由で首輪も付けず、家に閉じ込めることもしてこなかったが、これからもそれで良いのだろうかと疑問が首をもたげてくる。
フラッシュバックするのは、あの、雨の、

ああ、いっそ今日の午後あたりにでも、似合いの首輪を買ってこようか。
何色がいいだろう。
目にあわせて青色か、毛色に合わせて焦げ茶色か、明るい色が好きなようだから、それもいいかもしれない。 だが……

赤がいいな。

猫を見たときにつけていた、あのリボンのような赤色がいい。
どこにもいくなここにいろできるならばそばにいて。
まるで呪いのようだと、己を笑った。
それに、この猫にはまだ名前すらないのだ。それなのに首輪をつけるなどと、順序がめちゃくちゃだ。

すぐにどっかに行っちまうお前が悪いんだよ。

そんな理不尽な言い訳を猫に押し付けて、イギリスは猫の顎を掻いた。
それに合わせるように猫がごろりと寝返りを打つ。一瞬、起こしてしまったかと焦った。
だがそれも杞憂だったようで、より無防備になった猫は未だにぐっすりと夢の中だ。

「みぅ……にゅぅ……」
「イギリス……好きだよ……」
寝言をむにむにと呟く猫に、愛しい思いがこみ上げる。いつまでもその寝顔を眺めていたかったが、どうやらそろそろ時間のようだ。
時計を確認したイギリスは、猫の頭を一撫でして、それでもまだ起きない猫に呆れながらも席を立った。

書斎から出る前にもう一度部屋を振り返る。
猫は変わらずにすやすやと眠っている。
イギリスの目が緩んだ。唇が、そっと言葉を紡ぐ。そこに、音は乗せない。
「知ってるよ、ばかぁ」
口の動きと吐息だけで猫に語りかけたイギリスは、緩み切った表情を作りなおして仕事場へと向かった。



しばりたくないんだよ。それは本当。
でも、失うことはもっといやなんだ。

いつからこんなに憶病になったと笑っても、不安が消えてくれるはずもない。











アメリ猫の抱き枕(できれば生)はどこに行ったら買えますか(本気)

ねこたりあ初の英サイドです!
こんなのも楽しいかな、と。米の出番少なし。 (07/26)