青い海には白鯨が泳ぐ

 季節に応じて様々な表情を見せるアメリクスの海が最も華やぐのはどの季節であるか。
 そんな質問に、多くの人は夏の初め、とりわけジュノーの月であると答えるだろう。さらにその理由を問われたならば、ある者はその季節が一番獲れる魚の種類が豊富だからと答えるだろうし、またある者は季節風の流れが変わり南の陽気な異国文化が持ち込まれる時期だからと答えるかもしれない。だがやはり大半の者は口をそろえてこう言うはずだ。

『アメリクスの海が最も華やぐのは、夏の初め、イングレーズの婚礼祭がおこなわれる頃だ』


 『イングレーズの婚礼祭』もしくは『海との婚礼祭』と呼ばれる祭事は、その名の通り、水の都イングレーズと海との婚礼の儀式のことを指す。婚礼を通し、海洋国家としてアメリクスの海を囲む諸都市を統治するイングレーズが永久に海洋とともにあることを祈念する儀式であり、その歴史ははるか昔、イングレーズが小さな港を有するだけの都市国家であったころにまでさかのぼる。イングレーズが栄えたからこそ海の伴侶たる座を勝ち取ったのか、それとも海の伴侶となったからこそ海洋国家として名を成したのか。その始まりを知る者はもはやないが、今日のイングレーズの繁栄がアメリクスの海の伴侶たるにふさわしいものであろうことは紛れもない事実だ。
 祭は十日間にわたって催され、その繁栄を一目見ようと各地から多くの人が訪れる。
 その盛り上がりが最高潮に達するのは何と言っても祭の五日目、婚礼を約束する指輪を海へと投げ入れる儀式の日だろう。海に捧げる純金の指輪を掲げながら絢爛豪華な行列が街中を練り歩き、祭りの創始の時から形を変えていないという伝統衣装に身を包んだ男が、船の上から指輪を海に沈めながらこう宣言する。
「我らが海よ、汝と結婚する、未来永劫に渡って統治する印として」
 海に沈められた指輪は翌日、若者たちが海にもぐり、我こそはとその行方を探す。そうして指輪を見つけた者は、とある特別な人物への拝顔を許され、その者に指輪を手渡す名誉と、丸一年は遊んで暮らせるだけの褒美を得る。
 こちらも十日間の祭りの中で盛大な盛り上がりを見せる催しの一つだ。
 海に潜ることが許されるのは太陽が天頂を越えてからだが、毎年のようにそれを破り午前の内や夜が明ける前に海に潜る者がいる。だが不思議なことに、決められた時刻より前にどんなに探そうとも指輪は絶対に見つからないそうだ。


 今年の婚礼祭も、イングレーズの港町は多くの人でにぎわっていた。
 今日は祭りの五日目。指輪の儀式が執り行われる日だ。
 人々が押し合いへし合い眺めようとする大通りには、海へと向かう儀式の列が続く。華やかな音楽が奏でられ、着飾った少女たちが花のごとく舞う。その行列の中心を往く輿には古く豪奢な婚礼の衣装を身にまとった人物が乗っている。この人物こそが海へと指輪を投げ入れ、海を娶る大役を任せられた男だ。緻密な刺繍の施された布を頭から被いているため、その顔をうかがうことはできず、実際は、年齢はおろか、性別さえも定かではないが、海を妻として娶るというからには男性なのだろうという意見が観客の大半を占める。
 海を娶る男の素性を知る者はいない。ある者はイングレーズの若衆からこっそりと選ばれた代表がその役を執り行っているのだと主張し、ある者は自分がその役を務めたことがあると吹聴する。きっと真実はそんなところなのだろう。誰もがそう思っている。けれどその一方で、多くの者が古い伝承こそが真実であればと夢想する。
海を娶る男。彼は、イングレーズその人だ。

『我らが愛おしき故郷、美しき水の都イングレーズは、化身として人の姿を有し、時には市井に交じり我々を見守ってくれている。彼≠ヘ誰よりも民を慈しみ、民の危機とあらば誰よりも早く剣を握りて立つだろう。その髪はアメリクスの海にかかる月のごとく、その瞳は碧く澄んだ海のようで、イングレーズの美しさを体現した姿に民は平伏し、愛を乞わずにはいられない』

 そんな伝承は、イングレーズがまだアメリクスの海に漕ぎ出したばかりの小国であったころからあるという。我らが美しき国の現身はいかなる姿をしているのか。その姿を厚い布を介してでも拝顔したいという一心で、祭りには多くの人が集う。
 行列は海へと続き、一行は飾り立てられた船へと乗り込んでいく。海へと漕ぎ出した船は陸からそう離れることなく儀式は執り行われる。 婚礼衣装の男が歩み出て指輪を示すように掲げるのを人々は対岸から息をのんで見守った。

「我らが海よ、汝と結婚する、未来永劫に渡って統治する印として」

よく通る凛とした男の声がそう告げた。何百年と変わらぬ口上とともに、指輪が海へと舞う。金の輝きを海がまるで迎え入れるように呑み込むのと同時に、岸からは大きな歓声が上がった。結婚を祝うためにまた新たな酒が開けられる。
 祭はこれからが本番だ。


「お疲れ様でございます、イングレーズ」
「ああ、下がっていい」

 長い帰路の後、ようやく自室にたどり着いた青年はやや億劫そうに付き人をさがらせた。もう日が暮れようとしている時分だが、遠くにはまだ祭の賑わいが響いている。むしろ祭りが盛り上がるのはまだまだこれからだろう。大きくとられた窓から港の様子を眺めた青年はその様子に慈しむように微笑んだ。
 美しい街だ。白い漆喰と黒塗りの柱を備えた、伝統的な街並み。その奥には青い海と空が水平線で交わるまで続いている。夕日が沈んでいこうとするこの時間帯は、街並みも海も空もすべてが茜色に染まっていて、それはそれは美しい眺めだった。街は年を経るごとに大きくなっていくが、広がる海と空の色は変わらない。何百年とここから人の営みを眺め続けてきたが、不思議とそれに飽きることはなかった。
 人の営みのなんと逞しく、美しいことか。そんな人の命の灯が何よりも輝くこの日に、街に降りてその様子を肌で感じることができないことを、いつも寂しく思う。
 ひとしきり窓から景色を眺めていた青年は、ふぅとため息をついて窓に背を向けた。そろそろ時間だ。気が重いが、時間に遅れるわけにはいかない。
 青年は祭の衣装そのままで、重い足を引きずって屋敷の地下へと向かった。海に面した崖の上に立つ屋敷の地下は、崖の内部を深く掘り進み、海の底にまで達している。海の底へと向かう長い長い回廊は、長い年月のうちに少しずつ擦り減ってしまっていて、磯の匂いを含んだ湿気と相まってひどく滑りやすくなっている。この道を使うのは年に一度きりだというのにすっかり摩耗してしまった階段に、どれだけの歳月が流れたのかを知る。
 一段階段を下りるたびに胸にずしりと重しが落ちてくる。
 一歩一歩ふみ下ろす足は地獄へとつながっている。この先に待ち受けるものを地獄と言わずして何と呼ぼうか。たった一晩のことであるというのに、この階段を降りるときはいつももう二度と太陽を見ることは叶わないのではないかという恐怖に駆られる。地下に下れば下るほど視線が足元へと落ちていくのは、決して被いた布の重さのせいだけではない。
 最後の一段を降り、青年は大きな扉の前に立った。手入れをする者がいない扉は、完成当時の輝きを知っているだけにひどく寂れて見えた。石造りの扉は重たい。本来ならば大の男が数人がかりでなければ開かないだろう。だが青年は扉に掌を当てると、ことも無げにその扉を押した。さほど力を入れているようにも見えないのに、ずずっ、と重たい音を立てて扉が開く。開いた隙間から暖かな光が漏れだし、青年の浮かない顔を照らした。
 扉の内は、扉の大きさに比べそれほどの広さはない。とはいえ大きな寝台と寝椅子、背の低いテーブルが悠々と配置されている程度には広い部屋だ。壁一面には本棚がすえつけられ、ずらりと本が並んでいる。たいまつによって明かりは確保されているものの、地下ゆえに窓のない部屋には、やはり重たい空気が漂っていた。

「やあ、イギリス。遅かったね」

 そんな中で青年に投げかけられた声は、場違いに思えるほどに軽く、明るかった。少し高い、ようやく少年の域を出、青年に差し掛かった年頃の声だ。声の主は寝椅子ではなくわざわざ寝台の縁に腰かけ、青年を待っていた。その容姿は声を聴いた時の印象を裏切らない。柔らかそうな金髪に、青い目。整った顔立ちは人好きのする笑みを浮かべている。

「……祭りの行列が長引いた」
「嘘。屋敷の窓からずっと外眺めてたくせに。あんなのいつでも見れるんだから、今日くらい俺の相手をしてよ」

 軽やかな動作で寝台から立ち上がった男はつかつかと青年に近づいた。身長はわずかに青年のほうが低く、おまけ青年がうつむきがちであるために、自然と男に見下ろされるような形になる。言いようのない威圧感に青年はますます視線を下に下げる。震えを抑えるように、被いた布を強く握りしめた。そんな青年に、男が左手の甲を差し出す。その薬指には、青年が海に投げ込んだはずの純金の指輪がはめられていた。

「愛してるって言ってよ、イングレーズ。ねぇ、イギリス」

 有無を言わせぬ声に、青年は恐る恐る被いた布から指を離し、男の左手を取った。その場で跪き、男の左手の薬指、金の結婚指輪に恭しく口づける。

「愛を、誓おう。アメリカ、どうかイングレーズに加護を」

 みっともなく震える愛の宣誓に、男はその場の空気に似合わぬ爽やかな笑みを浮かべた。そのまま腕を引かれて、寝台の上に導かれる。婚礼を終えた二人が初めての夜に寝台に上がる理由など一つに決まっている。
 初夜とは名ばかりの夜を、幾度繰り返しただろうか。娶ったはずの海に組み敷かれる滑稽さを腹の底で笑う。おのれの上に覆いかぶさる体に腕を伸ばすことはしない。
 松明に彩られた深い水底で交わるのは、国を騙る獣と海の名を与えられた獣。


 この世に国の化身などは存在しない。
 イギリスの本性は、はるか昔、大陸での覇権争いに敗れ、海を渡ってイングレーズの地に逃げ延びてきた金色の毛並みを持つ獣だ。その当時イングレーズはようやく都市としての様相を取り始めたばかりで、街の掟を定めたちょうどその日に港に流れ着いた不思議な容姿の青年を、街の人々はこの街の化身に違いないとあがめたてた。イギリスという名が、彼らの街の名と響きが似ていたことも、その勘違いを深める要因の一つになったのだろう。ゆくあてのなかったイギリスにとっても、痩せ細った土地とはいえ縄張りと呼べる場所が持てるのは都合がよかった。人が勝手に供物を供えてくれるのもいい。そうしてイギリスは新たな土地で力を蓄え、気まぐれに人の願いを叶えて日々を過ごした。大陸を追われたとはいえ、イギリスは強い力を持った魔物だった。大抵の人の願いは叶えることができた。豊作も好天も、土地を荒らす魔物退治も。けれどそんなイギリスでさえ意のままにすることができなかったのが、アメリクスの海だった。
 アメリクスの海は、今でこそ数々の帆船が行き交う穏やかで美しい海だが、かつては海の魔物たちが争いを繰り返す荒れた海だった。荒ぶる海の怒りは時に津波になって港に押し寄せ、そのたびにイングレーズは甚大な被害を受けた。大津波は容赦なく人の命と蓄えた財を奪っていく。イングレーズに限ったことではない。港に生きるということは、常に海の機嫌を伺いながら生きるということと同義だった。
 そんなアメリクスの海にイギリスと同様ふらりと現れたのが、大海を回遊する巨大なクジラ――ケートスである。本来ならば大海原を好む性質を持つはずの大クジラが内海であるアメリクスの海にやってきたのはほんの気まぐれだったのだろう。もしかすると行路に迷っただけだったのかもしれない。だが、その力は圧倒的だった。アメリクスの海に巣くう怪物の多くは、外海を知らない小物ばかりで、たとえ外の世界を知っていたとしても、彼に敵うようなものは誰一人としていなかった。そうして彼はアメリクスの海を訪れてすぐに、その海の王者として君臨したのである。
 海の覇権争いがいよいよ終結したことをいち早く察知したイギリスは、これを利用しない手はないと考えた。海を統べる魔物と盟約を結ぶことができれば、海に面した土地すべてを支配することも不可能ではない。イングレーズは強大な海洋国家になるだろう。そのときすでにイギリスには小さな都市をアメリクスの海を囲む巨大な国家にのし上げる道筋が見えていた。
 しかし、内海とはいえ一つの海と、未だ小さな港を有するだけの都市、それぞれを縄張りとする魔物の関係は誰が見ても対等ではなかった。だからこそ、海に面した土地を縄張りとするほかの魔物たちは沈黙を貫いたのだ。確かに相手は自分よりも何倍も格上だろう。だがイギリスには何よりも弁に自信があった。舌先だけの言葉で相手を翻弄し、自分が有利になるよう事を進める才があった。だからこそ、勝負に出た。
 クジラはイギリスが考えていた以上に無垢で道理を知らなかった。その力ゆえに誰もが道を譲ってきたのだろう。それは広い海を悠々と泳ぐことしか知らぬ生き物だった。名前すら持たない、この世の理の中で生きることを知らぬ生き物だった。そしてなによりも、ひどく、うつくしい生き物だった。
 イギリスはまだまだ幼いそのクジラを、騙し、惑わし、利用した。
 名前を与えた。彼の統べる海から取って、“アメリカ”と。イギリスがその巧みな弁舌を発揮する必要もなく、アメリカはイギリスの言葉に従った。力ばかりが強い幼子は愛さえ知らなかったから、彼は初めて抱きしめてくれた人の愛に応えようと必死だったのだ。
 イングレーズに押し寄せる荒波を防ぐようにと、その巨体をイングレーズの沖にうずめさせた。海を荒らす魔物が現れないようにと、広い海をつぶさに見張らせた。海の恵みが満ちるようにと、その力を海とそこに暮らす生き物に注がせた。化身たる幼子は、水底深くに掘った牢獄へと押し込めた。無邪気な子供は、その場所が自分を守る砦だと信じて疑わなかった。
 指輪を与え婚姻を結んだのは、それが一番強い契約だったからだ。クジラはいつまでも幼いわけではない。成長し知恵をつけて己の置かれた立場を理解しても、契約が破棄されないようにしなければならなかった。魔物の契約は人のそれ等よりずっと厳格だ。口約束でさえ魂を拘束する力を持つ。それでもなお不安が残ったからこそ、指輪を与えたのだ。ただの指輪ではない。イギリスの魂の一部を埋め込んだ指輪だ。よって指輪を渡すということは、相手に心臓を握らせるにも等しい。だから、アメリカに指輪の所持を許したのは一年のうち一日だけだった。
 自分は忙しい身だけれど、一年のうち一日は必ずお前にやると約束しよう。
 そんなだれの目から見てもいびつな契約も、時の流れの感覚すら持たない幼子にとっては破格の待遇に思えたのだろう。契約は結ばれた。
 こうしてイギリスは海の覇権を手に入れた。イングレーズはイギリスの思い描いた通り大きく成長した。大洋へと貿易に乗りだし莫大な財を得、アメリクスの海を囲む港を次々に呑みこんでいった。やがてイングレーズの勢力は大陸へと延び、イギリスはかつて追われた土地さえもその手中に収めた。一大海洋国家の誕生である。
 『イングレーズの婚礼祭』が形作られていったのは、こうしたイングレーズが急成長を遂げる過程の中のことだった。イギリスがアメリカのもとを訪ねる合図にと海に指輪を投げ込んでいるのを偶然目にした民が『イングレーズの繁栄はやはり海と深い関係にあったからなのだ』と勝手に騒ぎ立てたのをきっかけに、やがて港を巻き込んだ儀式が成立していった。
 人よりもずっと長い時を生きる彼らにとっても長いと感じるほどの時が流れた。イギリスが恐れたとおり、アメリカは大きく成長した。あれほどがんじがらめに縛ったはずの契約でさえ、力ずくで振りほどいて大海に泳いでいけるほどに。アメリカに体を求められたのはそんな時だ。つがいならば当たり前だろうと求められる行為を拒めなかった。そもそもアメリカが指輪を持っている限りイギリスの支配権は彼にあり、イギリスに拒否権などありはしないのだが。拒むならば指輪を取り上げなければならない。だがそれは契約の破棄を意味する。きっとアメリカもイギリスの身体よりもそちらが目的だったのだろう。到底のめない条件を吹っかけるのは契約を破棄させようとする際の常套手段だ。
 だがどんなことを求められようとも、イギリスは契約を破棄できない。イングレーズはアメリカの存在なくしては成り立たないのだから。もしアメリカを開放してしまえばどうなる。海は再び魔物の巣窟となり、高波は容易に気付きあげたすべてをさらうだろう。縄張りを失う屈辱よりも、人の命が失われる恐怖が勝った。イングレーズの化身として生きてどれだけの時が流れたか。情が移るには十分すぎる。たとえイギリスがイングレーズの化身ではなくとも、イングレーズに生きる民は確かにイギリスの民だった。
 愛した民を守るためならば何だって捧げよう。そんな思いはあれど、現実にイングレーズに一番尽くしているのはイギリスではない。
 何よりの献身を、アメリカに強いている。


 アメリカとの性交はイギリスには負担が大きい。三度目の逐情に音をあげて寝台に倒れ込んでいると、アメリカがじゃれつくようにのしかかってくる。

「いーぎーりーすー」
「……重い、乗るな」
「疲れた? 耳と尻尾出ちゃってるぞ」

 イギリスの頭からひょこりと飛び出した耳をアメリカがたわむれに引っ張る。

「……ひっぱんな」
「君の本性ってみたことないな。ねぇ、見せてよ」
「人に見せるようなものじゃない」
「えー」

 不満そうな声を上げながらも、アメリカがそれ以上ねだることはなかった。最近はいつもそうだ。イギリスが一度拒めば、それ以上は求めない。二度目にそれを口にすればどんな無茶な要求でも通ることに勘付いたのだろう。望めば叶うというのに、アメリカはそれを口にしない。まるでイギリスの意思を尊重しているようで、それがどうしようもなくイギリスの自尊心を傷つける。望めばいいのだ、なんでも。我儘に、横暴に、王者のごとく。同情の余地もない支配者であればいい。そうすればイギリスも深々と頭を下げて媚びへつらう振りをしながら、その力を利用することができたのだ。こんなふうに、妙な罪悪感に苛まれることもない。
 時折、彼の本性たる大クジラが大海を優雅に泳ぐ姿を想像することがある。その美しさに思いをはせて、そうして水底で苔むしていく現実との差に苦しむのだ。

「なぁ、もう一回」

 アメリカの方に腕を回し、行為の続きをねだる。惨めになりたかった。背負う罪は重すぎて、罰を与えられなければ容易く押しつぶされてしまいそうだ。

「? 君から言い出すなんて珍しいね」

 少し不思議そうな顔をしながらも、アメリカは特に言及することなくイギリスと唇を重ねた。

「なぁ、何が欲しい? 俺が持ってるものならなんだってくれてやる」
「欲しいもの? うーん、突然言われても思い浮かばないな」
「なんでもいいぞ?」
「じゃあ来年こそは地上で婚礼祭を見たいな」

 アメリカの言葉にイギリスは表情を曇らせた。その反応も想定内だったのだろう、アメリカは特に落胆する様子も見せずに苦笑した。

「冗談だよ」
「……そんなに上に出たいか?」
「お祭りが見てみたいんだよ。海からでも視れるけど、やっぱり生身で感じてみたい。見守ることしかできなくても、彼らは俺の大事な子供たちだ」

 ああ、聞くべきことではなかった。身勝手な献身で一時は和らいだはずの罪悪感が再び頭をもたげる。これ以上会話を続けるのはよくない。イギリスは噛みつくようにアメリカの唇を奪って、強引に会話を終わらせた。イギリスがイングレーズの民を最優先する限り、アメリカに自由を与えてやることなどできないのだ。ならば精々、これ以上情が移らないようにするしかない。

 愛していると胸の内だけで呟いた。嗚呼、横暴なのはどちらだ。











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