リンゴーン
家主――アメリカの性格にしてはごくごく普通の音のドアホーンをイギリスは鳴らした。
リンゴーン...リンゴーン...
よくゲームのセーブをしている、奥の部屋で漫画に夢中になっている等で出てこない事があるので念のため再度鳴らしたが、アメリカが居そうな気配はしない。
「平日の昼間だからなあ。やっぱり仕事か」
イギリスはネガティブな彼には珍しく、残念そうな表情を見せず、何故か照れてドアを凝視した。そして、上下左右に目線を彷徨わせながら、誰か通りすがったら警察に通報されたかもしれない不審振りを見せた。
1分は扉の前に居ただろうか。意を決めて、イギリスは鞄を開けるとキーホルダーを取り出した。
「ふうううぅぅ。大丈夫だ落ち着け俺。倒れるなよ」
初めてアメリカの家の合い鍵を使います!!!
イギリスは思いきって鍵穴に鍵を突っ込んだ。
カチャ。
「………ふああぁぁぁ、開いたぁ」
感動して、鍵穴に鍵を差し入れたまま再び立ち尽くしたイギリスが不審者として通報されなかったのは、神様の助けがあったからであろう。
今日はイギリスがアメリカと付き合い初めて1周年になる記念日である。
お祝い大好き(+イギリス大好き愛してる)のアメリカは例に漏れずに一緒にお祝いをしようと言った。だが無情にも、去年は休日であった日も今年は平日であった。
アメリカは盛大に駄々をこねて休むと言ったが、イギリスが怒った為したかなくその前の休日に二人でお祝いをした。普段のイギリスなら休日をずらせないかと言うので、周りも驚いていた。
イギリスはアメリカがごねて困っていると連絡を受けた時に思いついた事があったのだ。
「お祝いしたはずの付き合って一周年の当日に押し掛けてサプライズアニバーサリーだ。何時もアメリカのサプライズに驚かされてるからな。今度は俺が驚かせてやるぜ」
単に当日アメリカに内緒でアメリカの家に行って、留守の隙にケーキを用意するだけの話であるが、イギリスにとっては、初めての仕事よりもわがままを優先させる、勇気ある大冒険であった。
そしてこれをしようと思ったら、合い鍵を使うという仕事が待っている。
アメリカの家の合い鍵は、付き合った翌月にもらったが、使った事はない。イギリスには踏み込んだら後戻りする道が一本消える恐ろしい行為だった。アメリカの急な仕事で玄関先で5時間待たされても、使う事はしなかったのだ。
それをアメリカが非常に不満にしているのは知っている。何時か使いたいとイギリスも思っているのだ。
アメリカの家に自由に踏み込める権利を使い、自ら付き合っている事を祝うのは、普段沢山の「好き」を言ってくれるアメリカに返せる最高の行動じゃないかとイギリスは考えた。
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「お、お邪魔します」
イギリスは小さな声で言いながら扉からするりと中に入った。しんと静まった家の様子にドキドキして、唾を飲み込み鍵を閉める。
リビングに来たイギリスは、旅行鞄をリビングの隅に、材料の入った袋を机に置き、上着を脱ぐと深呼吸をした。
とても悪い事をしているような気がしてならない。だがアメリカを喜ばせる為にはどうしても必要なのだ。普段、アメリカに振り回されてばかりなのだから、可愛らしい恋人のサプライズは許させるはずだ。と、鼓舞して力一杯頷いた。
「付き合って一年になるの記念日だもんな。うへへ、アメリカ絶対に喜ぶぞぉ」
感動したアメリカにハグをされる光景を思い浮かべて、イギリスは鼻の下を伸ばした。デレデレしながらエプロンを身に付け、腕まくりをした。
「まずは、ケーキ作りだよなっ」
拳を作ってガッツポーズをしたイギリスは、「おケーキを冒涜しないでえええええ」と懇願するフランスに作らせたレインボーケーキのレシピと材料を持って、キッチンに移動した。
(注)レインボーケーキとは、ごく普通のスポンジケーキの生地を7つに分け、七色の合成着色料を混ぜて、その生地を純に丸形に入れて焼き、好きな色の合成着色料入りクリームを塗って完成!のアメリカン・バースディ・ケーキである。
「んと、3時過ぎだから…4時頃までにケーキを焼き上げて、夕飯のローストビーフを作れば完璧だな」
イギリスはフランスに渡された材料一式を袋からとりだして、机に並べ始めた。(フランスは聡明な事に、イギリスが材料を量らないと考え、分量分の粉などをパックして渡している)
「セルフレイジングフラワー、着色料、砂糖、無塩バター、グラニュー糖、卵2個は“アメリカの家のを貰らえ”か。あれ…髭、牛乳まで入れてやがる。こんなものアメリカからいただきゃいいのによ」
「あと、これだと砂糖が少ねえな。アメリカはもっと甘い方が好きだし2倍ぐらいに増やすか」
お前絶対に適当に入れるでしょ、とフランスが叫び出す事を言いながらイギリスは材料を確認した。
勝手知ったる他人の家。砂糖を戸棚から取り出して適当に追加すると、最期の卵を貰おうと冷蔵庫を開け…
「あ、卵ねえぞ。ったく、相変わらずメタボ生活だなぁ。仕方がねえ奴。明日の朝は俺がちゃんとしたもの…作れるか?」
予定では感動したアメリカと情熱的なハグをした後、ケーキを「あーん」で食べさせ(日本にカップルの理想だと言われた為)、ベッドでアメリカのお願いを聞いてやり、熱い夜を過ごすのだ。
「ん…まあ、今回だけはデリバリーで良いか…」
ついこの前のベッドの情事を思い出して真っ赤になったイギリスは、そそくさと冷蔵庫の扉を閉めた。アメリカに本気を出されると抱き潰されて、次の朝は動けた例しがない。明日は休みを取っている。
「無いものは仕方がねえ。スーパーに行く時間もないし、卵ぐらい無くても困らねえだろ。良しっ」
イギリスは扉を閉めて腕まくりをした。
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同時刻パリにて...フランスは弟分二人の為に頑張ったのが無駄になったと直感した。
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チンッ
「お、焼けた、焼けた」
イギリスにしては非常に珍しく、キッチンに焦げ臭い匂いがしないので、イギリスはウキウキしてオーブンの扉を開けた。慎重に取り出して、型から外すと、焦げ目のない表面が現れて、イギリスは感嘆の声をあげた。
「おおぉ。俺も料理の腕がちっと上がったのか? 良い匂いだし、アメリカの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」
『ワォ!。イギリス、君ってばなんてパーフェクトな恋人なんだ!』と言ったアメリカにキスをされる妄想を一通りして、イギリスは満足すると、生クリームを泡立てた。
これは迷いに迷って、蛍光ピンクである。アメリカがパーティで出すケーキに好んでよく使う色は蛍光ブルーであるが、ラブラブな感じを出す為だ。
「電気も暗くしたリビングでソファに並んで食べあうっ。い〜なあ」
かき混ぜすぎてすっかり硬くなった生クリームをスポンジに乗せると、フランスに手伝ってもらったチョコレートプレートやチョコスプレー等でデコレーションをすると、不格好ながらも、愛情のこもったケーキが完成した。
「いよぉっし、完璧!」
ケーキの出来映えに荒い鼻息でイギリスは叫んだ。
「後は、ローストビーフとかか」
これはすぐに出来るな。と時計を確認すると午後5時前。
もうすぐアメリカの仕事が終わる時間だ。アメリカに今日は早めに帰るからスカイプをしよう、と言われたので、ロンドンとの時差からしてもう仕事を終わらせてもおかしくない。
「まあ、出来上がる時間に丁度良いかな」
帰ってきたらすぐに玄関に行けるように早くオーブンに入れよう。イギリスは少し慌てて肉を取り出した。
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「灯りが点いていない…イギリス?」
アメリカは門までくると、灯りが点いていない真っ暗な家の様子に焦って玄関まで走った。
実は、アメリカもイギリスと同じ事を考えて、ロンドンへ向かったのだ。
イギリスは仕事があると自分で言ったくせに、当日お祝いできなかった事を悩んでいるはず。家で悶々している間抜け面をからかって、特注したお揃いのマグカップを渡して、一晩過ごそう。
イギリスは最高に可愛らしくて綺麗な笑顔になるに違いないぞ。アメリカは期待に胸を膨らませて飛行機の中でろくに寝付けなかった。
ワクワクウキウキしてヒースローに到着したアメリカは、イギリスの秘書・ハワードの携帯に(イギリスのスケジュールを確認する為に脅して聞き出した)コールした。
イギリスのオフィスと自宅は車で15分である。準備中に帰ってこられたらたまったものじゃない。アメリカが連絡を入れてから帰るようにして貰わおう。今の時期は忙しくないはずだから大丈夫だろうと思っていた。が、
『―――――はあっ、イギリスが俺の家に行ったぁ!?』
『はい。サプライズをしてやるんだと、朝一の飛行機でワシントンに…』
『ちょ、ちょ、何でもいいから、一番速い飛行機!』
『了解いたしました!』
イギリスが泣くかもしれないという事態に、アメリカは空港から出ることなくロンドンの地を離れた。
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現在時刻は午後10時45分頃。
イギリスが寝ていてもおかしくないが、イギリスは絶対に夜遅くまで自分を待っているだろう。仕事があると思っていれば、連絡を入れないで健気にずっと一人で。
アメリカは手が滑ってうまく鍵がささらず、舌打ちした。ようやく開いた。イギリスに早く逢いたくてリビングに走る。自棄酒をしているではと思ったがアルコール臭は全くなく、シンッした空間がアメリカを迎えた。
澱んだような感覚がする部屋は、長時間この部屋では何も動いていないと分かる。リビングをぐるりと見渡して、誰も居ない事に肩を落とした。イギリスは帰ったのか。そう思ってのろのろとソファへ腰掛けに行った。
部屋の灯りを付ける気も起きなかった。
「はぁ…―――あれ、机に何か。ローストビーフ?」
暗がりで分かりづらかったが、ローストビーやサラダらしき物が机に並んでいる。そのままにして帰るのはイギリスらしくないと思った時、呻き声のような物が聞こえた。
「ぅ…んん」
やりかけの刺繍を膝に載せたイギリスがソファにもたれて寝ていた。
入り口からは背を向けている位置にいたから分からなかっただけか。アメリカは安堵と嬉しさでへたっとしゃがみ込んだ。
(…イギリス、待っててくれたんだ)
帰るとか、先に寝てしまうとか、そんな事を考えない本当にアメリカを好きすぎるバカな人で。イギリスの寝顔が愛おしくて、アメリカはイギリスの額にかかった前髪をすいた。
そのまま起こそうかと思ったが、ふと目に付いた食卓に、思い出した。
(そう言えば、イギリスがフランスにケーキの作り方を教えてもらっているって、ハワードが言っていたよな)
イギリスを起こす前に見てみたくなった。が、きっとイギリスは自分で取り出して俺に見せたいだろうと、ぐっと我慢して、イギリスの肩を揺すった。
「イギリス。イギリス」
「ん、ぅ……んあ、あめりか」
「遅くなってごめんね。ただいま」
「ん〜、いや…あっわ、寝ちまった」
目をこすって体を起こしたイギリスから、怒りなど一欠片も感じないのが切ない程愛おしかった。
「DDDDD。気にしないでくれよっ。それより、付き合って1周年記念日パーティを早くやろうじゃないか?折角作ってくれた夕ご飯、冷め切っちゃったけどさ」
「ななっ何で知ってんだよお前」
「まあ、ちょっとねー。ケーキも作ってくれたんだろ。早く見たいな」
ぼんっ。夜目にも真っ赤になったイギリスにのほっぺたをツンツンして、アメリカは笑った。
イギリスは「う゛ぁあ」と変な声をあげて狼狽えると、一呼吸置いて、アメリカの袖を握って俯いた。
「お前にいつも先を越される。ずるい。今日も、俺が驚かせるはずだったのに、結局俺が吃驚してるし」
普段言えない好きを目一杯表そうと頑張ったのに。口に出ないイギリスの声を聞いたアメリカはイギリスの飛び付いてキスを顔にふらせた。
「わ、あぅ、やぁ」
「君って可愛い。可愛すぎる。俺の心臓を爆発させる気かい」
アメリカは感極まって可愛いと連呼した。今日だけでも素直にと言いきかせでもしたのか、イギリスは恥ずかしさにぷるぷる震えながらも手を出さずにじっとしていた。それどころか顔をアメリカの肩にすり寄せて背中に腕を回したので、アメリカは頭が沸騰するかと思った。元々、アメリカとくっつくのが大好きな人なので当然幸せ一杯の笑顔で。
(な、なんだいこのデレ。だめだぞ。滅茶苦茶可愛すぎるぞっ)
素直じゃないイギリスでも何を感じているのか分かり易くて、アメリカはその天の邪鬼っぷりが可愛いと思う。が、この自分の気持ちを出してくるイギリスは規格外だ。今日だけじゃないと、俺は萌え死しちゃうぞ。あと、今すぐ寝室に連れていきたい。ヘトヘトのくにゃくやになるまで喘がせたい。
(落ち着け落ち着け。ヒーローだろ、俺。イギリスのご飯とケーキを食べてあげないと駄目なんだぞ)
「ハァーハァー……うん」
「アメリカ? どうした」
見上げないでくれよ。理性さんがっ。精神的にも苦行であるが、イギリスの愛であるご飯を食べる為に、アメリカは下半身の衝動を拳を握って耐えると言った。
「夕ご飯食べよう」
「お前、もう食べたんじゃないのか」
「まだだぞ。夕飯どころじゃなくってね。でも明日はお休み貰ったから、一緒にのんびり過ごそうよ」
「うん」
「あと、大好きだぞイギリス。ずっとずっと愛しているよ」
重なっているアメリカの手をイギリスは握り直して、ぎゅうっと力を込めた。同じ思いが伝わるよう願うと、アメリカは更に微笑みを深めた。
「俺も、愛している」
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翌日、七色のスポンジに蛍光ピンクのクリームが塗られた視覚破壊のケーキに胃を痛め、肩を抱き寄せ合っているバカップルに辟易しながら、フランスはどんなからかいメールを送ってやろうか考えた。
一周年記念に古城さんから頂きましたー!
リクエスト一つでこんな素敵な小説が釣れるなら僕いくらでもリクエスト受けつけますよ!
快く転載許可をくださったことに感謝です。