描写はありませんが、無理矢理表現あり。
アルフレッドはジョージに対して、アーサーを学校の友人だと告げた。
その日も、アルフレッドはジョージの話を聞く以外に、行動を起こそうとはしなかった。
そんな状態が、4日続いた。
アーサーが寝ている朝から昼にかけて、アルフレッドが何をしているのかはいまだに不明だった。それを調べればアルフレッドの目的もわかるのだろうが、人間の平均以下に落とされた身体機能ではアルフレッドの追跡は不可能で。
悪魔。世界のことわりを乱すもの。
概念ばかりが伝えられる悪魔像はアルフレッドに重なるようで重ならなくて、それが余計にアーサーを困惑させていた。
この悪魔の隣は居心地がよくって仕方がない。職務を放棄して現状に甘んじていることを、アーサーは自覚していた。アーサーの仕事は魂の回収。それに伴うトラブルを解決するのも、彼の仕事のうちだ。
アルフレッドが何を目的としていようとも、対象者の寿命を一時的に止めるのは立派な妨害行為の一つ。ならば、それ相応の対処を取らなくてはなるまい。
これ以上、ぬるま湯につかっているわけにはいかないのだ。
とにかく、他の天使と連絡が取れればいい。仕事を完遂することにある種の矜持を持ったアーサーにとって増援を呼ぶことは屈辱的なことではあったが、今のアーサーにできることはないのだから、仕方ない。
心を決めたアーサーは、アルフレッドの部屋の窓を開け放った。
時刻は正午をわずかに回ったころ。ここ数日を顧みる限り、アルフレッドは昼下がりになるまでは帰ってこないから、逃げるなら今のうちだ。
瘴気によって毒された体はひどく重い。
この状態では元の姿に戻ることすら難しいと、初めて体感した時に感じた。
けれど、それは難しいだけであり、決して不可能ではない。
大きく精神力を削られることを覚悟しつつ、アーサーは深く息を吐いた。
ばさりと、その背に白い翼が顕現する。
窓枠にかけた足をこのまま思い切り蹴り出せば、この部屋から飛び立てる。悪魔の監視など振り切って、増援を呼ぶなり魂を回収するなり、自由になれる。
理由が明確としない名残惜しさのようなものに駆られて一瞬だけアーサーは窓枠を握る手に力を込めた。
それをかき消して、窓の桟を蹴ろうとした、その瞬間に。
不可視の腕に絡みとられたように、体が動きを止めた。
覚えのある感覚。瘴気が全身に回って、その機能を片っ端から止めていく。
今にも倒れ込みそうな体を必死で支えているのは、何度も無様に倒れ込むのを防ぎたかったからではない。
まるで、刑台の上で絞首刑に処されている気分だった。少しでも体勢を崩そうものなら、荒縄が首に食い込んで死にいたる。ナイフのように鋭利なものではない。あくまでジワリジワリと締め付けるような、刻一刻と焦燥を募らせる重たい荒縄。
恐怖に身を固くしていると、が、と背後から首を掴まれた。視界がぐるりと回転して、いつの間にかベッドに縫い付けられている。シーツに押さえつけられた腕が、鈍く軋んだ。
怒りに瞳を青く燃やしたアルフレッドが、目前にいる。
「あれほど俺の邪魔をしないでって言ったのに」
低く低く、アルフレッドが告げる。
その瞳の奥に、なぜだろう、酷く焦燥のにじんだ色が浮かんでいた。
けれどそれはすぐに滾々とあふれ出る憤怒に塗りつぶされて、純度を高めた青だけがアーサーを睨みつけていた。
「悪いけど、2,3日動けなくなってもらうよ」
アルフレッドの手が服にかかる。
それが指し示す事柄に絶望しながら、アーサーは固く目を閉じた。
その後は、手酷く犯された事しか覚えていない。
翌朝、昼前に目を覚ましたアーサーは痛みと倦怠感を訴える体に鞭打って身を起こした。
確認したデジタル時計で、今が次の朝などではなく、己が3日間眠り続けていたことを知る。それほどの時間が経過しても、体は思うように動かなかった。
部屋に人の気配はない。またどこかに出かけているのか、それとも。
ああ、できるだけ後者は考えたくない。それは、アルフレッドは目的を達成にどこかに去っていってしまっている可能性。
ジョージ・アダムスの魂は、今どうなっている?
どうしようもない焦燥が、アーサーの胸を打った。
身体が動かないなどと言っている場合ではないのだ。未だに回復しない体力を気力で補って、アーサーは立ちあがった。
病院へ、あの小高い丘へ、急がなくてはならない。
今にも崩れ落ちそうな体を支えて、アーサーはやっとのこと病院へとたどり着いた。
看護師の制止を振り切り、病室へと向かう。
開け放った扉の向こうには、眠るように目を閉じたジョージ・アダムスがいた。一見すると、それは穏やかな寝顔で、けれど、その体にもう彼の魂がないことを、アーサーは感じ取ってしまった。
力の入らない体を動かしていた気力の糸が、音を立てて切れた。
がくんとその場に崩れ落ちたアーサーに、室内にいた医者が慌てて駆け寄ってくる。その顔色の悪さを知人の死によるショックととった医者はなるだけ穏やかにアーサーにジョージの死に際を伝えた。
それは本当に、眠るような最期だったと。
付け加えるように、アルフレッドがつい先ほどまでいたことを告げる。アルフレッドとアーサーが一緒に行動しているのを何度か見ていたのだろう。屋上に行ったようだったから、と促すように言われる。
それに従うように立ちあがって、アーサーは部屋にもう一人人がいたことに気付いた。
年老いた女性が、アダムスの手にすがって泣いている。それが誰かは、わからなかった。
かん、かん、と酷く緩慢な動作で、アーサーは屋上へと続く階段を上った。
この先にアルフレッドがいるはずがないのだ。ジョージ・アダムスが死んだ今、あの悪魔が求めるものはもう何もない。
それを理解していながらも足は止まらなくて、遂にたどり着いてしまった屋上には、
屋上の真ん中で金髪を風に遊ばせながら立ちつくす、アルフレッドの姿があった。
その事実に、どうしようもない安堵を感じて、アーサーは屋上の入り口で立ち止まった。
気配を感じてか、アルフレッドがこちらを見る。その瞳は、最後に見た激情を感じさせない穏やかさを帯びていた。
「動けたんだ。まぁ、俺はもう終わったからいいけど」
その言葉に、やはり手遅れだったのかと唇をかんだ。その場を動こうとしないアーサーにアルフレッドが近寄ってくる。刻みつけられた恐怖に、足がすくんだ。
そんなアーサーを気にかけることなく、アルフレッドは何かを包み込むように重ねた手を差し出してみせた。
「はい」
「なんだ、これ」
「ジョージ・アダムスの、魂」
「は?」
驚きだとかいろいろな感情が混ざり合い過ぎて、どう反応して良いものか分からなくなる。
「手、出して」
アルフレッドに促されるままに差し出された手の上に、アルフレッドは自分の手の中身を落とした。
ふわり、と燐光を放つ球体がゆっくりとアーサーの掌に落ちた。真っ白で、けがれ一つない光。
「どうして……」
「どうしても何も、魂を回収するのが君たちの仕事だろ」
さも当たり前のように言われて、ますます頭が混乱する。
この悪魔の目的が魂でないとするならば、その目的は、
「お前は、何をした?」
口をついた言葉は、意図したものよりもきつく、深刻な響きを伴っていた。
そんなアーサーにアルフレッドは困ったように髪を掻きあげて、空を仰いだ。
「君は、アダムスさんの病室で女性に会ったかい?」
「60代くらいのなら、見かけたけど」
「ミーサ・アダムス。先の大戦の混乱で離ればなれになっていたアダムスさんの娘さんだよ。アダムスさんが自分の死期を悟って会いたいと願ったのが彼女だった。だから、俺は彼女を探し出して、この場に連れてきた」
「そのために、人に与えられた寿命をお前は曲げたのか」
彼女を連れてくるまでの時間稼ぎのためとはいえ、延命行為とも取れるその行為はご法度だ。人には、与えられた天命がある。
「だいたい、悪魔が何でそんなことを、」
「悪魔だから彼の望みを叶えたわけじゃない。悪魔でないと、彼の望みは叶えられないんだ」
言葉遊びを楽しむように、どこか軽い響きを持った声色で告げながら、アルフレッドは屋上の中央へと歩いた。その様子はどこか、アーサーから距離をおこうとしているように見えた。
「どういう意味だ」
「神様は、平等だからね」
「それは前にも聞いた」
「うん、前にも言ったね。神様は平等だ。それゆえに」
人の願いを叶えてくれるのは悪魔だけだ。
そう言って、アルフレッドはまた悪魔の顔を見せた。
告げられた答えは、やはりどこか言葉遊びのような。
誰かの願いを叶えてしまった時点で、神はその平等性を欠く。平等であるという絶対条件を失えば、神はその称号を剥奪される。つまりは、神に人の願いは叶えられない。
「平等とかね、そんなのどうでもいいと俺は思うよ。自分の手で救える人がいるなら救いたいと、そう思うのは間違ってるのかな?」
目の前で苦しむ人を見過ごせなかった青年は、そう言って問いかけるように首をかしげた。
平等を振りかざして傍観を正当化するよりも、一人でも多くの人の手を取ることを、彼は選んだ。それに伴うリスクを知りながらもなお、強く。
ばさりとアルフレッドの背に黒い翼が広がる。
けれどそれは宗教画に描かれるような蝙蝠や翼竜に似た禍々しいものではなくて。
それは人間の渇望に引き裂かれた、
それは人間の欲望を吸って黒ずんだ、
見る者に胸の奥に痛みと哀しみを齎すような、痛ましく傷つけられた翼。
もとは美しい純白だった羽毛は見る影もなく、ただ汚水に浸したような淀んだ黒と傷口から流れだす鮮血の赤色に汚れ、幾度も骨を叩き潰された翼はどこか歪だった。
その痛みを背負うことすら、彼は厭わなかったから。
「ごめん。あの人のためとはいえ、あんな事すべきじゃなかったよね。躍起になってたんだ。これが多分、最後だから」
「最後、って、」
どんな表情を作ればよいか考えあぐねたのか、泣き笑いのような歪んだ顔でアルフレッドは俯いた。
残された力では寿命の消耗を止めることだけで精一杯で、ジョージの娘探しはほとんど自分の足で行った。当時の書類を読み漁って、目ぼしい所をひたすら調べ続けた。だから、こんなにも時間がかかってしまった。
無理を強い続けてきた身体がもう駄目だと悲鳴をあげているのだ。
アーサーが見ている間にも、アルフレッドの翼からははらりひらりと羽根が抜け落ちていっていた。
「消えるのか?」
「んー、それは俺にもわからないなぁ。俺の希望的観測としては、力を無くしてただの人になると思うんだけど」
「希望的観測って……」
「人生暗い方に考えてたら楽しくないからね!」
そう言ってアルフレッドは笑う間にも、羽根が抜け落ちる速度は増していく。
一枚二枚と散っていたものが、はらはらと、さながら吹雪のように。
抜け落ちた羽根は地に落ちる一瞬前に白い輝きを取り戻して溶けていく。そんな様子でさえ、雪のようだった。
「やりたいことをやった結果だから、後悔はしてないよ」
自分よりも泣きそうな表情をしているアーサーに、アルフレッドが手を伸ばした。躊躇う様に伸ばされる手は、なかなかその距離を縮めない。
「最後に君と会えて、楽しかった。ありがとう。それから、こんな言葉で足りるとは思わないけど、本当に、ごめん」
そしてアルフレッドの手がアーサーの頬に触れる一瞬前に、最後の羽根が抜け落ちて。
徒人の瞳から天使の姿がかき消えた。
バーガーショップの窓に面したカウンター席で、足を揺らしながら大量のハンバーガーを頬張る青年がいた。
蜂蜜色の髪から一房だけ飛び出した触角が足に合わせてひょこひょこと揺れる。
「隣、いいか?」
「ん、もちろんなんだぞ」
ふいに声を掛けられて、青年が顔を上げる。立っていたのはプレートを持った、青年と同い年くらいの男だった。何も青年の隣に座らずとも、昼下がりの微妙な時間帯のため空席は多かったが、青年は笑って承諾した。
青年の隣で男がチーズバーガーの包みを空ける。窓越しの景色を眺めながら、青年が独り言のようにつぶやいた。
「随分遅かったね」
「一体何を基準にその発言をしてるんだ」
「俺の体内時計」
「あー、お前はそう言う奴だったよ」
「で、何しでかして追い出されてきたの」
「疑問形ですらねぇのかよ。問題なんて起こしてねぇ。無事任期終了だ」
「定年ってやつだね」
「誰が年寄りだ、ばかぁ」
「間違ったことは言ってないんだぞ」
「だいたいお前なあ!」
同じく外の景色を眺めていた男が青年の方に身体を向ける。横目で男を見た青年と目があった。
どちらからともなく笑い合う。
これからの時間は有限だけど。
きっと美しい未来が描ける気がした。
はい、終わりました! 誰が何と言おうとも終わりましたよ!
結局米→英になったのか、これ? なんだか……とっても面白みのない小説を書いている自覚があります。内容的ない意味でもですが、文章能力的な意味で。無理にまとめようとしたせいでごちゃっと言うか、ぐちゃっとなった感が否めません……
最後のは蛇足かなぁとも思ったのですが、米英で終わらせたかったので。
では、リクエストありがとうございました&書き直し承ります(10/28)