あくまで個人の解釈です。実際の歴史、国とはまったく関係ありません。
その瞬間を、フランスは見たわけではない。
伝令兵が伝えた、イギリスの敗北。アメリカの独立。
驚きはしなかった。
先の海上戦でイギリスを手酷く叩いたこともあったが、何よりも。
その結末を、誰もが望んでいたからだ。
僅かな疼きを、感傷とも呼べるであろうそれを抱えて、フランスは瞳を閉じた。
アメリカと彼が率いていた兵士達が野営地に戻ってきたのは、それかしばらくたってからだった。
ボロボロの体を引き摺りながらも誇らしげな顔をした兵たちが凱旋する。
先頭になったアメリカは自国の民に、高らかに自由を獲得したことを宣言する。
湧き上がる民衆に囲まれて笑う若き国に、出会ったころの幼さなど、あるわけもなく。
これが淋しさと呼ばれるものだろうかと、フランスは一歩身を引いてそれらを眺めていた。
かの国の成長と独立に、このフランスが、拍手を送ろう。
独立したといっても、正式な文書作りや、国としてのシステム構築までも瞬時にできるわけがない。
アメリカは現在それらの作成の真っただ中だ。国民たちと額を突き合わせ、よりよい国をつくろうと。
そんな大切な会議に助言という名の口出しをしようと、フランスはアメリカの家を訪れていた。
アメリカ側に付いたのはイギリスをボコリたかったという理由が大きいが、アメリカの独立後もこのように口出しをできるポジションを確立するためという理由も、なかったわけではない。
それを、新しい国を裏から操ろうとする行為に見られることは承知の上。
もう少しの間、お兄さんに保護者面させてよ、なんて。
云ったところで誰も信じないだろうから、別に誤解を受けたままで構わない。フランス自身の意思はともかくとして、フランスの上司や家の人にとっての目的は前者であろうから。
「アメリカー、いるー?」
おざなりに扉をノックすると、返事を待たずにフランスは扉を開けた。
床に直接座り、何やら作業をしていたらしいアメリカが大袈裟に眉をひそめて見せた。
「人の部屋に勝手に入らないでくれるかい?」
「お、もしかしてイイコトしてる最中だっ、だぁ!」
軽口を叩こうとした瞬間に飛んできたそれを、フランスはギリギリで避けた。ダン、と鈍い音を立ててそれが扉に突き刺さる。
ビィーンと震えを残すそれは、先端部にスパイクを装着させたマスケットだった。
「ちょ、いきなり何すんの!危ないだろ!!」
「君の思考回路の方がよっぽど危ないよ……」
呆れたように溜め息をついて、アメリカが視線を再び手元に落とした。その手にはもう一丁マスケットが握られている。こちらにもスパイクが装着されていた。ギラリ、とスパイクが凶悪な光を反射する。
それがいつ飛んでくるものかとハラハラしているフランスを一瞥して、アメリカはもう一度溜め息をついた。
「そんなとこに突っ立てないで、それ抜いてこっちに持ってきてくれるかい?」
「はいはい」
ここは大人しく従おうと、フランスが扉に刺さったマスケットに手をかける。相当強い力で投げられたのか、重厚な扉にがっちりと食い込んだそれを抜くのは、国であるフランスでも骨が折れた。
「ほらよ」
立ち上げる気配を見せないアメリカにマスケットを差し出す。礼も言わずにそれを受け取ったアメリカは、傷が付いていないか確かめるようにそれをぐるりと回転させた。
そこでフランスは、アメリカが持っているマスケットと、今自分が渡したマスケットのデザインが異なっていることに気付いた。
しかも、アメリカが抱えている方のマスケットはボディの部分に大きな亀裂が走っていて、とてもじゃないが実戦で使える代物には見えなかった。
そんなものをなんで持っているのかと疑問に思ったフランスだったが、それはアメリカが再度作業に戻ったことにより解決した。
アメリカはマスケットの亀裂に入りこんでしまった泥を取り除いて、他にも汚れが詰まっていそうな溝や接合部分を丁寧に検分して、汚れを落としていく。銃身を磨いて、泥に汚れた金属部分にもとの輝きを取り戻していく。
「それは?」
そう聞いたのは単なる好奇心だった。別に答えが返ってこなくても構わない。
そう思っていたのに、アメリカはフランスの声にピタリと作業の手を止め、フランスを見上げた。
その目があまりにも青くて、フランスはそっと目を逸らした。
逸らしたことを非難するわけでもなく、アメリカはマスケットを撫でた。
「あの人の形見」
ぽつりと落とされた言葉に、フランスはなんと返せば分からなくなった。
この場面でこの青年があの人と呼ぶのは、ただ一人だろう。
アメリカの元宗主国、イギリス。
「坊ちゃん、勝手に殺すと怒るよ」
「知ってるよ、そんなこと」
あっさりと返されてしまって、言葉が続かない。
そんなフランスを無視して、アメリカはマスケットを撫で続けている。
ああ、その傷が。
アメリカとイギリスの最後の戦いは伝令兵や、その場に居合わせた兵士たちから聞いている。
アメリカの一瞬のすきを突いて襲いかかってきたイギリスのマスケットを、かろうじて受け止めてできた、それ。
アメリカの持つマスケットが独立戦争時のものだとするならば、もう一方は、もしやイギリスの使っていたものではないだろうか。
アメリカはあの戦場からこの二丁のマスケットを持ち帰って来ていたらしい。
「あの人の癖、知ってるかい?」
何の脈略もなく、アメリカが口を開いた。
「癖?酔うと脱ぎだしたりとか、そんなこと?」
「そんなことしてるのかい、あの人……」
眉をひそめたアメリカに、フランスは片眉をあげて見せた。
「あれ?知らなかった?」
「あんまり俺の前ではお酒は飲まなかったからね」
まあ、あれを見せたら保護者の威厳なんてあったもんじゃないからねぇ。
「で、お前のいう癖って?」
「あの人、物を定期的に捨てるんだよね」
まるで、過去をすべて切り捨てるかのように、容赦なく。
その光景は、フランスも何度か見たことがある。
「懐古主義のくせして、懐古するための≪物≫は残したがらないんだよ」
酷くつまらなそうな顔をしたアメリカが、マスケットを肩口に押し当てるようにして構えて見せた。睥睨する瞳に映っているのは、きっとあの日の光景だ。
「それとも、≪物≫がないからなおさら昔を振り返りたがるのかな?」
どう思う?と瞳だけ動かしたアメリカに問われたフランスは誤魔化すように眉根を下げて見せた。何も言わないフランスに、アメリカが目をもとの位置に戻す。
その間体はピクリとも動かなくて、青い眼だけがやたらと意思を代弁していた。
「それって、裏を返せば懐古しなくなれば、思い出すきっかけなんてないってことだと思わないかい?」
ああ、そういうこと。
何となく、アメリカの思考が読めた。
「痛みに敏感な人だと思うよ。多分、忘れたがってると思う。弟に裏切られたことなんて、さ。でも、忘れさせてなんてあげない。こっちの決意を、無かったことになんてさせてあげない」
≪もの≫さえあれば、いくらだって思い出させてあげられるだろ。
そう淡々と語ったアメリカは、やけに軽い動作でマスケットを下した。
「で、君は何しに来たわけ?」
くるりと振り向いたアメリカの顔は、どこか幼さを残していた。一人前の国と呼ぶには、まだ少し遠い。
「イギリスとの独立の条件交渉についてなんだけど」
フランスがそう言うと、アメリカは情けなく眉を下げた。
その様子がどことなく打ち捨てられた子犬のようで、なんというか、これは…………クる!
生唾を飲み込んだフランスに気付かずに、アメリカは口を開いた。
「そちらの件に関しては、貴国に頼らずとも解決できると我が国は判断した」
台詞をなぞるような形式ばった口調だ。
つくづく、このような言い回しはアメリカには似合わないと思った。こいつは、いつだって傍若無人がいい。
「ごめん、フランス。これはあの人と二人だけで進めたいんだ」
瞳を伏せて、普段の威勢のよさはどこへやら、殊勝な表情を作るアメリカに、フランスは鼻息が荒くなるのを感じた。って、違う違う。
あくまで今回は保護者面を、っと。
「一度だけ聞くけどな、アメリカ」
年長者として威厳のある声を出そうと、フランスは真面目な表情を取り繕った。
「今回の独立を、最善と考えるか?俺にはどうも、お前が民意に振り回されたような気がしてならないよ」
アメリカの家の中でも、イギリスへの反感は募っていた。けれど、それは一国を動かすには比較的小規模なものであった気がした。
国としての性質を反映する限り、民意には逆らえない。
それはフランスとてそうだ。その胸に降り積もっていく思いは、いつか弾ける。その蓄積の速度は、アメリカの独立に伴い加速を続けていた。
間もなくフランスの家でも革命が起こるだろう。抗えない民意の波が、時代を変革していく。
だが、やはりアメリカの場合を考えると、少々決定打に欠けているように見えるのだ。
民意は大切だ。だが、民意に振り回されては国は成り立たない。
ころころと変化し、一定の像を世界に結ばない存在を、人は国と呼ばない。
「民意、ね。別に、民意に押し流されてたわけじゃないよ。いつか来るべき変革だった。イギリスへの反感が強まっていた今を、チャンスだと俺は考えただけ。今回は、イギリスの態度に民衆が動いたけれど、もしそうじゃなかったとしても、あの人が何をしたとしても、俺は遅かれ早かれ独立したよ。俺の意思で」
たとえ、真綿のような庇護が続いていたとしても、決別は訪れたと、アメリカは語った。
「これだけは、君の介入を許すわけにはいかない。けじめくらい、俺一人でつけたいんだ」
揺らぎのない瞳に、フランスは大袈裟に溜め息をついた。
やっぱり育ての親が悪かったのだろう、こんなところばかりが似てしまった。
そんな意地っ張りなところ、似なければもっと可愛げがあるのに。
黙っていれば端整なその横顔を眺めながら、フランスは諦めをにじませた言葉を発する。
「わかったよ。こんな大勢を巻き込んだ兄弟喧嘩の決着を、しっかりとつけてこい」
「兄弟喧嘩、ね。今回が最初で最後。そう考えると、貴重な経験だったのかな」
「最初はともかく、なんで最後?」
「俺はもう彼の弟でも何でもないからね。この喧嘩が終わったとしても、もう、兄弟じゃいられない。もう、兄弟ごっこはおしまいなんだ」
兄弟ごっこ。
何とも的を射た表現のような気がした。
お互いがお互いの良き兄弟であろうとして、けれどお互いにお互いが兄弟であることを厭って。
最初にそんな関係を望んだのは、どちらだったのだろう。
兄だと宣言したイギリスか。彼を兄と呼んだアメリカか。
流れる時間と、移ろう感情が、その関係を歪ませた。
アメリカの言うとおり、遅かれ早かれ、破綻は訪れたのだろう。
「じゃあ、彼にも伝えておいて。もう一度、あの人と向き合う時間がほしい」
「了解。アメリカが淋しがってるって伝えとくよ」
「……次は、当たりやすいように腹を狙おうか」
磨き上げたマスケットを振りかざして、アメリカが目を細める。ギラリと光った銃身と瞳に、フランスはぶんぶんと頭を横に振った。
「ちょ、それはマジで危ないから!お兄さん死んじゃうから!」
流石にその発言は大袈裟だったかもしれないが、アメリカの腕力を考えればマスケットで扉に標本の蝶よろしく縫いとめられるのは必須だった。フランスは慌てて部屋から出て扉の陰に隠れた。
そっと、扉の陰から顔をのぞかせる。
呆れ顔のアルフレッドがこちらを見ていた。本気でマスケット構えておいてそんな目すんな!
「ちゃんと、伝えてくれよ」
「もちろん」
そう笑みを作って、フランスはアメリカの家を後にした。
この一件の結末がどうなるのか。決着はつくのか、それは何時になるのか。
そんなこと、一介の国であるフランシスには分からないのだが。
それまでは、それからも、あの似た者兄弟に振り回されることを予感しながら。
ひとまずは、若き国の誕生と、その成長を心の奥底でひそかに祝おうか。
米サイドは書くつもりはなかったんですが、
Finders keepers, Losers weepers.
の後半が「彼ノ人〜」っぽいな〜と思ったので、ならば前半でも一本書かねば!ということで。
マザーグースの一節より
Finders keepers, みつけたひと もちぬし
Losers weepers. なくしたひと なきむし(09/02)