嘔吐シーンがあります。
仏→英 とか 仏→米 描写がありますが、すべてはフランス兄ちゃんが世界のお兄さんだからです。キタユメ。様の血祭りとかほどではないはず……
あくまで個人の解釈です。実際の歴史、国とはまったく関係ありません。
相変わらず、他の方の思い描くものから斜め75度下を行く解釈です。
旧「彼ノ人芝居者ニツキ」
続編の執筆に伴い改題(09/02)
あの坊ちゃんも仕方ないねぇ……
フランスはお手製の洋菓子を携えて、イギリス邸を訪れた。
主の機嫌が悪いためか、屋敷全体が重苦しい空気に包まれているような気さえする。
ブザーを鳴らせば、対応したのは見ない顔のメイドだった。
少し低い鼻梁を中心に散らばったそばかすが大人と子供の間の不安定な女性を演出していて愛らしい。
ゆるくウェーブした栗毛の髪はつやがあって、きちんと手入れがなされているのが見て取れた。
「えっと、卿に何かご用でしょうか?」
戸惑う様にオリーブ色の瞳が揺れる様も魅力的。
うーん。こんなときじゃなかったら真っ先に口説きたいタイプなんだけどねぇ。
「アレの自棄酒に付き合おうと思ってね、フランシスって言えば通じると思うから」
「か、確認してまいります。少々お待ち下さい」
ペコっ、と頭を下げて小走りに屋敷に戻って行く。どこまでもツボをついてくる。おどおどした様がまるで人見知りの激しい小鹿のようで。
「追い返せ!!」
しばらくして奥から響いてきたのは、酒をかッ食らっているであろうイギリスの声。おいおい、腐れ縁相手にそれはないんじゃないの?
また小走りでメイドが戻ってくる。その目は今にも泣きだしそうだ。ああ!今すぐ抱きしめて慰めてあげたい。
と、思いはするのだが、今回慰めるべきは違う相手なのでぐっと堪える。
「主人は、誰にも会いたくないと……」
「そ、じゃあ勝手に入るね」
「こ、困ります!」
どうして良いか分からないった様子で顔をゆがめたメイドの頭にフランスは手をのせる。あやすようにとんとんと軽く叩いて、ニコリと笑って見せた。
「あいつには俺が言っておくから。ごめんね、連絡入れなかった俺も悪いし」
「いえ、申し訳ありません……ですがっ」
「だいじょぶだいじょぶ。じゃあ、ここまでありがと」
ウィンク一つ。
次来た時にでもお茶に誘おうかと思いながら、フランスは勝手知ったる他人の屋敷をヅカヅカと進んだ。
声の聞こえた方向からして、寝室で飲んでいるらしい。屋敷の奥づまった場所は、より空気が淀んでいた。
なんか、妖気が出てるよ……。
イギリスがいるであろう部屋から漂う気配は暗く重たい。
半開きの扉から覗くと、イギリスがこちらに背を向けて酒を呷っていた。
ふっとイギリスがこちらを振り向く。ギロリと睨まれた。
怖っ! お兄さんもう帰りたいんだけどっ!
やつれた頬に、土気色の肌。いつも以上にぼさぼさとした髪に、くっきりと浮かび上がった隈。濁った緑の瞳だけがやたらとギラついている。
これは重症だね……
ちょっとばかし荒療治になるかもしれないと、フランスは溜め息をついた。
「何の用だ、ひげ」
低く掠れた、地に響くような声。
「坊ちゃんの自棄酒に世界のお兄さんが付きあってやろうって言ってるんだよ」
「いらん。帰れ」
「いやん、冷たい。お兄さん傷ついちゃうよ?!」
「むしろ失血多量で死んでくれ」
またぐい、とイギリスが酒を呷る。随分ともったいない酒の飲み方をする。瓶に直接口をつけてごくごくと飲み下す様な飲み方じゃ味がわからないどころか、気持ちのいい酔い方すらできないだろうに。
尤も、今のイギリスが気持ちのいい酔い方を求めているとも思えなかったが。
「まあまあそう言わずに。お土産ももってきたからさ」
「召使たちにやってくれ。俺はいらない」
「酷いっ、折角お兄さんが丹精込めて作ったのに!」
「だからこそ気持ち悪ぃんだよ。ったく、パトリシアも追い返せって言ったのに……」
あのメイドはパトリシアちゃんっていうわけだ。思わぬところで情報ゲット!とフランスが内心でガッツポーズをした。
「にしてもすごい荒れ方だねぇ」
足の踏み場もない、と言っては誇張しすぎではあるが、それでも散乱した酒瓶の数は異常だ。割れているものも多くあるから、激情に任せてたたき割ったりしたのだろう。
予想を超える荒れっぷりに、フランスは溜め息をついた。
「そうそう、アメリカが、っ!」
アメリカの名を出した途端にイギリスの顔色が目に見えて悪化した。がらんっ、と手に持っていた瓶が落ちたかと思うと、その場にうずくまる。
「ゥ、おぇっ、ぇう……」
「ちょっ、イギリス!?」
口元を押さえた手の隙間から吐瀉物が溢れ出す。すぐに耐えきれなくなったように手を離すと、両手を床について吐き続けた。ツン、とした特有のにおいが満ちる。胃の中身をすべて吐き出すようなそれなのに、イギリスの口から吐き出されるのは黄色く濁った液体だけだ。
酒しか口にしてない……?
慌ててイギリスに近寄り、その背をさすりながらフランスは眉をひそめた。
「全部吐いちまえ、少しは楽になるから」
こんな無茶する子に育ては覚えはないんだけどなぁ……
「お前、にっ……育てられた、覚えは……ないっ、ぉえっ……」
うっかり口に出していたらしく、イギリスが吐いている最中だというのに反論してきた。
ああ、もうこの子って子は、と妙な親心に駆られる。
イギリスといい、海の向こうの若造といい、どうしてこうも不器用な子たちが多いのだろう。
結局、胃を空っぽにしてもイギリスの口から固形物が吐き出されることは一度としてなく、その重症具合にフランスは頭を抱えたくなった。
「シャワー、浴びてくる……」
真っ青な顔のままイギリスが立ち上がる。
「えっ、それは俺が覗いてもいいってこ、っぶ!?」
吐瀉物にまみれた正拳で殴られた。
独立戦争で弱っているとは思えないそれにフランスが壁まで吹っ飛ばされる。
「待ってるなら客間にいろ。飲み直す……」
「げっ、坊ちゃんまだ飲む気なの!?」
「文句あるなら帰れ」
そう言ってイギリスはふらついた足で寝室を出て行った。外で話し声が聞こえるから、ここの片づけを誰かに頼んでいるのだろう。パトリシアちゃんにここの片付けをさせるのはちょっと酷じゃない?
まあ、折角のイギリスのお誘いを無視するのもあれだからねー、とフランスは指示された客間へと向かう。
適当に引っ張りだした椅子に座って待っていると、着替えたイギリスが両手に大量の酒瓶を抱えてやってきた。シャワーを浴びてまともに髪を拭いていないのか、滴った水で肩はびしょ濡れだ。
サイドテーブルにどかどかと酒を並べ、乗り切らない分は下に転がしていく。
ちょ、この量は流石のお兄さんでも引くんだけど……!
あれだけ飲んだのにまだこんなに飲むつもりなのか。ラベルを盗み見ればそこそこの年代物のものもあった。こんな自棄酒で飲むにはもったいなさすぎる。フランスはイギリスにばれないようにそっと高い酒を隠した。
そんなことをしている間に、イギリスはすでに酒の栓を抜き、直接口をつけて呷っていた。
「イギリス―、俺の分はー?」
「知るか」
肘掛椅子に足を抱えて座り込んだイギリスがそっぽを向く。足の間に抱え込むように酒瓶を置いている。独り占めする気満々だ。
フランスは仕方なく適当な酒を選んで栓を抜いた。あくまで上品に。戸棚からグラスを取り出して酒を注ぐ。
これだって決して安酒じゃない。暗めの照明にグラスをかざしてその色合いを楽しんだ。
イギリスが鼻をすすって酒を飲む。腫れぼったい瞼の向こうの瞳は涙に潤んでいた。
その様子にフランスがため息をつく。
「イギリス、それいい加減やめない?」
「何のことだ?」
弱り切った瞳を気丈に釣り上げて、イギリスがフランスを睨む。もうっ、そんな目されたら襲いたくなるじゃないっ。
条件反射の衝動に、今日はこいつを慰めに来たんだったと思いなおす。今から自分がやろうとしていることが、果たして慰めと呼べるかは謎だったが。
「とぼけるなよ三枚舌」
始終軽さを保っていたフランスの声の質が変わり、イギリスが肩を揺らした。
「だ、だから、何のことだって……」
「んー、お兄さんの前で位芝居はやめにしない?ってこと」
「芝居……?」
本気で理解していないような顔をするイギリス。だけどねぇ、そんなことで騙されるようなお兄さんじゃないのよ。俺とお前の付き合いの長さ考えなさいって。
「別に俺の前でまで芝居しなくても、あいつに言ったりはしないし、ずっとそんな姿勢貫くのはきついでしょ?」
そんな、あいつの独立嘆くようなフリし続けるのはさ。
そう言うと、イギリスの腕からごろんと酒瓶が落ちた。まだ残っていた中身が絨毯にシミを作っていく。ああ、もったいない。フランスはぼんやりとそれを見ていた。もったいない。酒も、絨毯も。
イギリスの目がみるみる見開かれていき、その瞳が零れ落ちてしまいそうなほどになったころ、そこに怒りが燃え上がった。憎悪とすら呼べそうな焔を目に宿して、イギリスが噛みつく。
「フリってなんだよっ、俺は、本当にっ」
言いきる前にぐしゃりと表情がゆがんで、膝に顔をうずめてしまう。押し殺した嗚咽が聞こえた。
ああ、なんて白々しい。
「フリでしょ。自分から独立するように仕向けといて」
だからお前は三枚舌なんだ。
すべてを自分の掌で転がしながら、何も知らぬと云わんばかりに嘆いてみせる。
「俺が気づいてないとでも思ってたの」
表では独立を最後まで拒みながら、ワザとあいつの反感を買うような行動をして。イギリスにどんな意図があったかは知らないが、アメリカの独立にはこいつ自身の意思が含まれていた。
それを悟られないように、独立後はこうやって大袈裟に腐れて見せる。ここまで徹底的にやるイギリスの姿勢には拍手さえ送りたくなる。だけどさ、これはちょっとどうかなって思うわけよ。
「仕方ないだろ……。兄弟じゃ、いれなくなったんだ……」
お、認めた。その素直さに驚きながらも、まだうずめた顔を上げないイギリスにフランスが怪訝そうな顔を作る。
「こんなに、辛いとは思わなかったんだよ……!」
なるほどね。
独立を認めなかったことは嘘でも、それに伴う悲しみは本当だったわけだ。
いや、違うな。
「自分で仕組んだくせに、あいつが本当に独立しちまうかと思うと……、途端に嫌になって……」
つまりは、現実にならないと、理解できない苦しみもあるってこと。
「で、なんでそんなにあいつを独立させたかったわけ?」
「怖かったんだ」
なおも顔をうずめたまま、イギリスが涙にぬれた声を漏らす。
「何が?」
できるだけ優しい声色を作ってフランスが問うと、酒が口を滑らかにしているのか、いつもはあれほど頑ななイギリスはあっさりとその理由を吐き出した。
「気ぃ緩めると襲いそうで、怖い……」
それで『兄弟じゃいられない』ね。
「わかるよー。十代の若さっての?あの青臭い感じはつい襲いたくなるよねー。お前と同じで顔だけはいいしさー。ホント、なんで中身はあれなのかなー」
お兄さんも何度お前さんを襲いそうになったことか。て言うか、こんな弱いとこ見せられると現在進行形で襲いたくなるんだけど。
ホント、イギリスもアメリカも顔だけは俺好みなんだよねー、ハアハア。
「気付くとあいつに跨って腰振ってそうで……」
「うんうん。……ん?」
アレ? なんか、話噛み合ってない?
「抱いてくれって懇願しそうなんだよ……」
そんなこと言ったら絶対軽蔑される……。そうくぐもった声を出すイギリスは……。
そんなことになる前に自分から切り離そうってか?
「ああっ!もう!なんでお前達二人はこんなに面倒なのかね」
フランスはぐしゃぐしゃと髪を掻きまわした。
あー!と声を出して、切り替えるようにきびっとイギリスを指差した。
「アメリカからの伝言!」
そう言うと、イギリスがゆるゆると顔を上げた。酔いと涙で赤く染まった目元が煽情的っ。ってそうじゃなくて。
「独立の条件交渉はお前と二人でしたいってさ」
―――ごめん、フランス。これだけはあの人と二人だけで進めたいんだ。
よみがえる若い声。独立に手を貸し、いろいろな面で口を挟んでいたフランスだったが、ここだけは介入を許されなかった。
一瞬ぽかんとしたイギリスが、無理矢理表情を作った。その顔色だとか、腫れた目元を除けば完璧な、
「俺と対等に話がしたいなんて百年早いって伝えとけ」
尊大で不敵なそれは。
かつて、世界の覇権を握った、大国の笑み。
その声には、微細な震えさえも生まれない。
こんなことを言いながらも、イギリスはアメリカの要求を飲むだろう。そして、こんな風に自棄酒を飲み泣き暮れる生活を微塵も感じさせない態度でかの若い国に接するのだ。
国としての義務を、厳しさを、今まで家族の愛情で隠し続けたすべてを、教え込むように。
この三枚舌と叫びたいのをこらえて、フランスは、「伝えとく」と返した。
途端にイギリスの表情が崩れる。今にも零れそうなほどに涙をその瞳に溜めて酒を飲む。
そんな様子にフランスは溜め息をついた。
「じゃあ、とりあえず目的は果たしたからお兄さんは帰るわ」
「おーおー。帰れ帰れ」
酒瓶を持ったままイギリスが腕を振る。
「酒もほどほどにしときなさいよ?」
「俺の楽しみをとるんじゃねぇよ」
もう一度だけため息をついて、フランスは部屋を出た。
まったくもって面倒な兄弟だ。
―――あの人が何をしたとしても、俺は遅かれ早かれ独立したよ。俺の意思で。
―――もう、兄弟じゃいられない。
違う場所で、違う口から、同じ言葉を聞く。
―――けじめくらい、俺一人でつけたいんだ。
それは、優しい兄との、可愛い弟との、決別。
さて、あいつらが丸く収まるのは何時になることか。
それまでは、それからも、あの似た者兄弟に振り回されることを予感しながら。
さあ、これでやっと愛しのパトリシアちゃんを口説きに行ける。
フランスは折角用意した手づくり菓子を無駄にしないためにも足を速めた。
よく見かける独立戦争話は米が英と対等になりたくって〜って話が多いので、あえて逆で行ってみた。世論とずれていることは自覚している。や、普通のも大好物ですよ?
これを書くために独立戦争の資料調べてたら「色々フランスに手伝ってもらっていたアメリカだけど、イギリスとの交渉だけはフランス抜きで進めたがった」的なことが書いてあって、不覚にも萌えてしまったので取り入れてみました。
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(08/06)