恋<1>

火曜午前7時

無機質な目覚ましの音が部屋に響く。
雑誌や本が散らばったベッドの上に作られた羽毛布団の巣から、異様に白い腕がにゅっと伸びた。
手探りで目覚ましを探す手。
だがそれは、全く見当違いの場所に伸ばされていた。

いつまでも見つからない目覚ましと徐々にスピードの速くなるその音に焦れたのか、布団の巣が崩れる。中からひょっこりとぼさぼさの金髪が現れた。
きょろきょろとベットの上を見回して、散らばった本や布団や毛布を手当たり次第にひっくり返していく。音を頼りになんとか枕の下から存在を主張していた目覚ましを見つけ出した。

カチリと目覚ましを止める。
火曜午前7時5分。

今日は燃えないゴミの回収日。



乱雑なベットの上で大きく伸びをしてアーサーはうまく開かない目をこすった。
さて、今からやるべきことは何だ。

昨日は帰ってきてすぐにベッドにダイブしてしまったから、とりあえずシャワーを浴びよう。
それから寝癖のひどい髪を何とかして……ああ、シャワーを浴びるなら関係ないか。
アイロンかけてあるシャツあったかな。あ、昨日あのまま寝たせいでスラックスがしわだらけだ。確か換えが一本クローゼットにあったよな。
それから、この前思わず買ってしまった新しい香水をつけて、それから、

ああ、肝心のゴミをまとめないと。
燃えないゴミってどれだっけ?
地区のゴミ出し表捨てたかも。とりあえずプラスチックなら燃えないか?
確か、この前一応分別してまとめておいたのがキッチンに置いてあったはず……

少し温度を下げたシャワーを浴びると、まだ半分眠っていた頭が醒めた。
クローゼットを空けるとアイロンをかけたシャツが辛うじて一枚入っていた。
シャツにスラックスを着て、ベストとネクタイは……着けなくてもいいか。下手にかっちりした服装だと逆に違和感があるから。

キッチンにまとめてあったゴミをまとめなおして時計を見れば、すでに7時半を回っていた。 もうそろそろだ。
ゴミを抱えて、玄関前で待機。
7時44分。あと少し。
ドアノブに手をかけて、アーサーは深呼吸をした。

鍵穴の音に耳を澄ます。

ドアノブを回す指を感じて。

ガチャリとドアの開く音がする。

1秒、2秒、3秒、

ゆっくりと心の中でカウントするとカンカンと階段を下りていく音が聞こえてくる。
それを確認してアーサーは自分の部屋のドアノブを回した。
燃えないゴミを抱えて、階段を下りる。

何食わぬ様子を取り繕って。

でも視線は少し先をゆく人影に釘付けだ。
朝日を浴びてキラキラと輝く金髪。
アーサーの3秒先を歩くのはパーカーにジーンズ姿の青年だ。
右肩に掛けたブルーのレターバッグ、左手には燃えないゴミの指定袋。

10秒間だけの。
ゴミ捨て場までの。

このマンション用のゴミ捨て場についてしまうまではあっという間。
すぐに青年が足を止める。思わずアーサーも立ち止まってしまいそうになるが、わずかな緊張感を抱えて足を踏み出した。

ゴミ捨て場に掛けられたカラス除けのネットを退けていた青年が、近づく足音に気付いて目を上げた。
スカイブルーの瞳と目があって、アーサーは足を止める。
アーサーを見止めた青年は屈託のない笑みを浮かべた。

「おはよう」
「あ、おはよぅ」

語尾がついつい掠れる。これじゃ駄目だとアーサーは内心で唇を噛んで、何か言葉を探した。
ふと視界に入った空は晴天。

「今日は晴れたな」
「うん、いいバスケ日和だ」

そう笑って、青年・アルフレッドはレターバッグを肩に掛け直した。
会話が、続かない。

「ごみ、捨てないのかい?」
「あ、ああ、そうだったな」
「はい、よこして」

ゴミ袋をアーサーの手から取って、アルフレッドはそれをゴミ捨て場に放り込んだ。カラス除けネットをかけ直してゴミ捨ては終了だ。
次にアーサーがとるべき行動は、回れ右をして部屋に戻ること。
なのに、足が動かない。何のことはない、ゴミ袋を取られたときに手と手が触れ合ってしまって、脳が許容量を超えてしまっただけ。

「っと、そろそろ行かないと遅れちゃうや」

時計を確認したアルフレッドが声を上げる。

「じゃ、行ってきます」
「おぅ、いってらっしゃい」

たったっと軽やかな足取りでアルフレッドが去っていく。
その背を見送って、アーサーは今度こそ回れ右をした。
朝特有の、ある種の鋭さを持って降り注ぐ太陽が目に痛い。夜型のアーサーはとことん朝に弱かった。

眠気がぶり返してきて、ふらつく足で部屋まで戻った。
玄関を開けて、ふと靴棚の上に置かれた封筒が目に入った。
間違ってきた請求書。ああ、今日にでも届けようと思っていたのに、忘れていた。
ポストに入れておけばそれで済む話だってことは、分かっているけれど。

アーサーはふらふらとベッドに倒れ込んだ。
今更のように頬が熱い。火照った顔を冷ますように目を閉じるが、瞼の裏にアルフレッドの笑顔が浮かんできてしまってだめだった。

自分はいつまでこんな行為を続けるつもりなんだろう。

10秒間だけの。
週に2日だけの。

そんな逢瀬、いまどき女子高生だってはしゃがない。

「このままじゃ駄目だ」

分かってます

こんな引き籠りがちな恋、卒業すべきだってわかってるけれど。
せめて自分が女だったら、なんて、変えようのない事実を振りかざして目をそらす。
どうやったって、お前に似合う“女”にはなれないから。
そうやって、現状維持の日々。


「このままじゃ駄目だ」

分かってます

分かってます


アルフレッド・F・ジョーンズ。
俺の隣人。
真面目な大学生。

先々月越してきた奴。










同名の楽曲より妄想。
すごくストーカー臭い英になってしまいました。
でも預かっていたペリカン便配達しようとドキドキする英は可愛いと思う。(09/16)