酔った時のことは、だいたい忘れていることの方が多い。
それでもアーサーが自分の酒癖の悪さを自覚しているのは、翌日の部屋の状況であったり、とばっちりを食らった者たちの体験談を聞かされるためだ。
だからそんなときの状態は、間違っても好きな奴に見せるもんじゃないだろうと、分かってはいたのだ。分かっては。
「ああ、酔って間違って俺の部屋に入って来ちゃったみたいだね。びっくりしたけど、君、突然寝ちゃうし、一晩泊めることにしたんだけど」
けれど、現実はこれ。アーサーは激しい自己嫌悪に襲われた。
「君の昨日のアレさ、」
「わるい!」
アルフレッドが何かを続けようとしたのを、アーサーは謝罪を叫ぶことで遮った。アルフレッドがびっくりした顔を作ってアーサーを見る。
「あれ」が正確には何を指すかは分からなかったが、碌なことであるはずがないのだ。その後に続くであろう言葉を、アルフレッドの口からは聞きたくなかった。
「昨日の、アレは、あの……、他の奴と間違えちまって、その……、ホントに、わるかった……」
このパターンで一番確率が高いのは、フランシスと間違えて殴ってしまうこと。昨日飲んでいたのはフランシスとだったし、あいつを殴った記憶がぼんやりとあるから、多分、その予想は間違っていないだろう。
間違ったとはいえ、アルフレッドを殴ってしまったこと、しいては迷惑をかけてしまったことに、アーサーはひどく憂鬱になった。やっと数言とはいえ会話ができるようになったというのに、この一件のせいでアルフレッドのアーサーに対する評価はガタ落ちだ。
うぅ、と小さく呻いて、アーサーはコーヒーの黒い水面を見下ろした。情けない顔をした自分がそこにいた。
「間違った?」
「あの、その……、酔うと、少し、自制が利かなくなる、というか……」
「そう……」
「うぅ、本当に、悪い……」
アルフレッドの静かな声に胸が痛い。ともすれば声をあげて泣き出してしまいそうで、アーサーは震える喉にコーヒーを流し込んだ。息ができない。喉が詰まる。胸が震えた。
その震えが腕に伝わらないようにと、指が白くなるほど強くコーヒーカップを握りしめて、アーサーは熱くなる目の奥を鎮める様に目を閉じた。
「ああいうのは、」
アルフレッドが口を開く。大好きな声なのに、大好きな声だから、なおさらに心を締め付けて、アーサーは目を開けられないままにその声を聞いていた。
「酔ってたとしても、あんまり人にやらない方がいいよ」
全くその通り。
ふぅ、とアルフレッドがため息をついたのが聞こえて、アーサーはぴくり、と肩を揺らした。
あああああああああああ、軽蔑された、呆れられた、嫌われたっ!
しにたいしにたいと心の中で繰り返しながら、アーサーはより身を丸めた。その震える喉から嗚咽が漏れるまでは、時間の問題だった。
だが、
「ところで、きみお昼ご飯はどうするつもりだい?」
アルフレッドは今までとは打って変わって明るい声でそう言った。
その声にびっくりして、思わず顔を上げる。すぐに、今の自分の表情に思い至ってすぐに俯いたが。
こんなぐしゃぐしゃの顔は見られたくない。今更見られたとしても、アーサーの評価はどん底なのだから、変わらないだろうけど。
「もうお昼だし、1人分増やすくらいならどうってことないから、もしよかったら準備するけど」
その言葉を理解するのに、アーサーは数秒の時間を要した。
えっと……、昼飯を誘われてる……?
「や、その、昨日も迷惑かけたし、そこまでしてもらうのも、あの、」
「別に俺は構わないんだぞ」
そうあの明るい声で断言されてしまうと、どうしても否定の言葉が紡げない。
厚かましいと分かっているのに、その誘いが嬉しくてたまらない。
ウジウジと悩んでいると焦れたようにアルフレッドが声を上げた。
「ああ、もう!いいから食べていきなよ。反対意見は認めないんだぞ!」
ビシッ、と指をさされて、その勢いに気圧されたようにアーサーは首を縦に振った。
昼御飯を用意する間に顔洗ってきなよとタオルを渡されて、アーサーはふらつく足取りで洗面台へと向かった。間取りは同じだから、案内はいらない。
いざ鏡の前に立って見れば、目は充血してるし、目元は腫れぼったい。涙の跡は残っていないが、泣いたりでもしたのだろうか。前例もあるせいで否定しづらい。酒を飲むと感情の振り幅が大きくなってしまうから、簡単なことで泣いてしまう。今だって、みっともない泣き顔をアルフレッドに見られたかと思うと涙が溢れそうになった。
他にも顔もむくんでいるし、頬にはシーツの跡が残って、こんな顔でアルフレッドと会話をしていたかと思うと……うぅ、しにたい。
アルフレッドと会う朝はしっかりと身だしなみを整えていたのに、今までの努力がすべて水の泡だ。
ばしゃばしゃと顔を洗って、柔軟剤のきいたタオルに顔をうずめる。タオルケットと同じ香りを胸一杯に吸い込んだ。それは普段アルフレッドと会ったときに香る匂いで、感情が飽和してまた涙が出てきた。
ごめん、ごめん、でも、すきなんだ、ごめん。
「ありあわせのもので悪いんだけど、」
そう言って食卓に並べられたのは、シーザー風サラダとミートスパゲッティの大皿だった。
ありあわせ……?
「自炊、よくするんだな」
「んー、やっぱり外食ばっかりはしてられないからね」
そう言いながらアルフレッドがスパゲッティを小皿に取り分けた。それをアーサーに手渡しながら、いたずらっぽく笑う。
「実は使った挽肉とトマト缶の賞味期限が危なくてさ。お腹壊したらごめんね」
「あ、いや、大丈夫だ」
一体何が大丈夫なのかアーサー自身分からない。朝の短い会話しかしたことがなかったのに、この距離感は……まずい、いろいろと。
誤魔化すようにフォークをとったアーサーだったが、
「いただきます」
アルフレッドの落とした言葉にその手を止めた。
「いただきます?」
「あ、そっか、こっちにはない文化だっけ。日本ではご飯を食べる前にこう言って、作ってくれた人とか、食材とかに感謝するらしいんだぞ」
変わった文化だよね、とアルフレッドが笑う。
「日本に行ったことでもあるのか」
「ううん、行ったことはないよ。大学によくご飯食べさせてくれた日本人の先輩がいたから、その人の癖がうつっちゃってさ」
「そっか。じゃあ、いただきます」
なんだか気恥かしくて、もごもごとこもった声になってしまったけれど。久々に食べた人の作った料理は、暖かかった。
今日の朝は散々だったけれど、もしかしたらこれが最後になるかもしれないけれど。
笑って食卓を囲めたことが、ただただ嬉しかった。
心置きなく鬱イギのターン。後半が蛇足のような気がしてならない。あと兄さん涙目。
米が米っぽくないのは英フィルターがかかっているからだと言い張りたい。
食への飽くなき探求は人を料理上手にするという思い込みにより、料理上手仕様な米でした(09/23)